ーーー人 。ー?〆^の場合
ーー運がいい者ーー
僕が空間の歪みに呑まれ、異世界へと連れていかれてから、長い時が経った。
どれほどの時間をこの世界で過ごしたのか、正確な数はもう分からない。
ただ一つ確かなのは、僕が「帰るため」に生き延び続けてきたという事実だけだ。
帰るための術を確立するため、あらゆる努力を重ねた。
自分の種族の寿命を考えると残された時間があと三十年ほどしかないと知った時、僕はすぐに動き出した。
寿命を伸ばす術を探し、禁じられていた古い魔法体系にも手を伸ばした。
結果的に、運が良かったのだと思う。
寿命を引き延ばす術は完全ではないが、確かに存在していた。
さらに、この世界は大陸一つ分ほどの小さな世界で、世界そのものへの干渉が比較的容易だった。
世界の縁には歪みがあり、その先へと繋がる可能性があった。
僕はそれを出口だと信じ、長い年月をかけて異世界へ渡る方法を編み上げた。
そして今日、他の世界へと渡る。
儀式の準備を終え、術式を起動する。
淡い光が体全体を包み込み、身体は徐々に透明になっていく。
やがて強い光がすべてを覆い、意識が途切れた。
目を覚ますと、そこは故郷ではなかった。
だが、確かに別の世界だった。
帰ることはできなかった。
それでも、渡ることには成功した。
これから帰れる未来がある。
そう思うだけで、胸の奥に静かな喜びが湧き上がる。
世界の繋がりが変わるまで、少し見て回りながら待つとしよう。
時間なら、まだあるのだから。
ーー普通の者ーー
僕が空間の歪みに呑まれ、異世界へと連れていかれてから、長い時が経った。
どれほどの時間をこの世界で過ごしたのか、正確な数はもう分からない。
ただ一つ確かなのは、僕が「帰るため」に生き延び続けてきたという事実だけだ。
帰るための術を確立するため、できる限りのことをした。
だが、三十年しかない寿命はあまりにも短く、時間は無情にも削られていった。
僕は選択を迫られた。
そして、死者の肉体と魂を操る闇魔術に手を出した。
この体を不死者として作り替え、世界への依存度を高めることで、ようやく生き延びることができた。
人であることを捨てた代償は大きかったが、それでも歩みを止めるわけにはいかなかった。
長い時間をかけ、ついに異世界へ渡る術を完成させた時、胸に込み上げるものがあった。
長い旅が、ようやく終わる。
そう思った。
だが、まだ終わりではなかった。
この世界への依存度を下げなければ、渡った先で存在できない。
焦りを抑え、世界への繋がりを削ぎ落とす作業を続けた。
それは術を見つけるよりも長い時間を要したが、渡る手段をすでに知っているという事実が、僕をこの世界に繋ぎ止めていた。
そして今日、異世界へと渡る。
術式を組み上げ、光が体を包む。
次の瞬間、僕は異界に立っていた。
理解したのは一瞬だった。
この世界は、法則が違う。
その瞬間、体が崩壊した。
世界に適合できない存在として、僕は拒絶された。
意識が溶け、胸に残ったのは、言葉にできない後悔だけだった。
僕は、音もなく弾けるように消えた。
ーー運が悪い者ーー
僕が空間の歪みに呑まれ、異世界へと連れていかれてから、長い時が経った。
僕は「帰るため」に、生き延び続けてきた。
帰るための術を確立するため、あらゆる努力をした。
だが、寿命を伸ばす術は見つからず、スケルトンやゾンビを生み出す黒魔術すら発見できなかった。
生きて帰ることは、ほぼ絶望的だった。
それでも、僕は諦めなかった。
あらゆる実験を行い、多くの人を犠牲にし、自分の命すら軽く扱った。
そして、身体中に亀裂が走り、余命が幾ばくもないと悟ったその時――
僕は、世界と繋がることに成功した。
その瞬間、理解した。
不老の術。
闇魔術。
異世界へ渡る術。
それらが、すべて存在していること。
そして、この世界が無数の確率の重なりによって成立していること。
生き延びた僕がいる。
渡ることに成功した僕がいる。
何も知る事もできずに消えた僕もいる。
それらはすべて、僕だった。
今までの人生で、僕は間違いなく運が悪かった。
だが、この瞬間だけは、そうは思わなかった。
すべてを知ったのは、この僕だ。
成功した僕でも、生き延びた僕でもない。
今日、世界と繋がることに成功した僕は、この中で一番運がいい。
そう思った、その瞬間――身体が崩れ始めた。
限界だった。
この体では知らながら存在し続けることは出来ないと。
叫んだ。
知ってしまったのに。
辿り着いたのに。
そして、身体のすべてが崩れ去る。
僕は、世界そのものに溶けるように消えた。
運がいい者しか生きていない事を伝えたくてこの話を作りました。




