第八話 それでも、私は評価を落とさない
学園の掲示板の前で、ディアは足を止めた。
《一年生合同模擬戦。本試験成績は、宮廷魔術士推薦の参考とする》
その一文が、胸に深く突き刺さる。
「……本試験……」
黒パンと、薄い野菜スープ。
それを囲んで笑う家族の光景が、脳裏に浮かんだ。
父と兄は朝から働き、母は家計簿とにらめっこしながらも、いつもこう言う。
「無理はしなくていいのよ。でもね、ディア……頑張ってるの、ちゃんと分かってる」
妹は無邪気に笑って、「お姉ちゃんすごい!」と抱きついてくる。
机の上には、数字の並んだ紙。
節約した食費、後回しにした服代。
それでも残る、学園にかかる費用。
――みんなが、私の未来に賭けている。
「……落とせない……」
「ディア!」
振り返ると、サラとリリィが人混みをかき分けてきた。
「見た? 模擬戦!」
「しかも本試験扱いだって!」
「うん……」
そのとき、背後から控えめな声がした。
「……あの……」
短い髪の一年生。
ボーイッシュな制服姿に、妙にきっちりした立ち方。
「……ディアさん、ですよね?」
「え? うん、そうだけど……」
「……同じチームみたいで……」
差し出された紙には、
《ディア・サラ・リリィ・カイル》
「カイル・ルイザです……よろしくお願いします」
「カイルちゃん? 可愛い名前!」
リリィが笑うと、カイルは少しだけ頬を赤らめた。
「……よく、言われます……」
そのとき、近くの上級生の声が聞こえた。
「なあ、あの子……元・王国魔法部隊の志願兵らしいぞ」
「一年生で? まじかよ……」
ディアは思わずカイルを見る。
「……え?」
「……少しだけ……いました……」
その言い方は逃げるようで、
でも背筋は兵士のようにまっすぐだった。
――この人、ただの一年生じゃない。
⸻
結界が張られた訓練場。
観覧席には教官たちが並び、宮廷魔術士の推薦権を持つ教師の姿もある。
――見られている。
「模擬戦、開始!」
敵チームが動く。
「来る!」
リリィが叫ぶ。
ディアは即座に防御魔法を展開した。
魔力の流れは正確で、仲間の位置を完璧に守る。
観覧席の何人かの教師が、こちらを見た。
――今のは……見られた。
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
だが次の瞬間。
「下がれ!!」
カイルの声が、訓練場に響いた。
彼の魔力が、異常な速度で膨れ上がる。
「カイル、待っ――」
高火力の攻撃魔法が放たれ、敵チームの結界を吹き飛ばした。
「ちょっと!? 模擬戦だよ!」
リリィが叫ぶ。
観覧席がざわつく。
教師たちの視線が、一斉にカイルへ向いた。
――まずい。
「来るな……来るな……」
カイルの目は、もう学園を見ていなかった。
「敵は……全部、排除しないと……!」
ディアの脳裏に、家族の食卓がよぎる。
ここで……試験を壊されたら…。
観覧席の教師たち。
さっきの自分の防御魔法を、確かに見ていた視線。
――でも。
今ここで、チームが崩れれば。
あの視線は、一瞬で冷たくなる。
それでも――カイルの震える背中から、目を逸らせなかった。
「……カイル!」
ディアは前に出た。
次の高火力魔法が放たれる直前、全力で結界を張る。
正面から、受け止めた。
衝撃で、膝が震える。
観覧席がどよめいた。
「ここは戦場じゃない!」
ディアは叫ぶ。
「あなたの敵は、ここにはいない!」
カイルの目が揺れる。
「……また……失う……」
「失わせない!」
サラが叫ぶ。
「カイルちゃん……!」
リリィの声が震える。
カイルの魔力が、少しずつ落ちていく。
「……私は……守れなかった……」
「今は守れてる」
ディアは、はっきり言った。
「私たちが、ここにいる」
カイルは崩れるように膝をついた。
「……ごめんなさい……」
ディアは、そっと手を差し出す。
教師たちの視線を背中に感じながら。
――評価され続けている。
――それでも。
「一緒に、最後までやろう」
カイルは、その手を取った。
模擬戦のカウントは、まだ続いている。
ディアは前を向いた。
家族の未来も。
この仲間も。
――両方、手放さないために。




