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第七話 幸せにする魔法が欲しくて



 両親の事故死を聞いたサラは、後悔から逃げるように勉学へ没頭していた。

 その張り詰めた背中を、ディアはずっと気にかけている。


「仲直りのチャンスが急に消えたのもそうだけど……喧嘩別れのまま死別なんて、あんまりよ!」


 ディアが拳をぎゅっと握る。

 その胸の痛みは、隣にいるリリィも同じだった。


「……友達には、いつも幸せでいてほしいわ。私たちが幸せにできる魔法を使えたらいいのに」


 その言葉に、ディアの目がきらりと光る。


「そのアイデア、いただき!!」

「声っ! ここ図書室! 走るな! しーっ!」


 リリィの制止も聞かず、ディアは彼女の手を引いて走り出した。

 目指すは地下第二実験室。


「ちょ、ちょっとディア! 引っ張らないで!」


 階段を駆け下り、扉を勢いよく開ける。


 魔法陣を眺めながらコーヒーを飲んでいたのは、フィオ・グランベルだった。


「ディアちゃん? どうしたの?」

「サラの両親を蘇らせたいんです! 先生なら何か知ってるんじゃ――」

「それは無理だよ」


 フィオは申し訳なさそうに眉を下げた。


「死者蘇生は禁忌。仮にあったとしても、術者の寿命を対価にする。しかも王国は公式に『そんな魔法は存在しない』と謳っている。私は研究者だけど……その領域には触れられない」


 ディアの肩が、目に見えて落ちる。


「でも……サラが辛すぎます。両親に謝ることもできないなんて……何か、別の救いはないんですか?」


 フィオはくるりとそっぽを向いた。

 怒らせた――と思った、その時。


「王国の東門の先に、商業都市がある」


 ぼそり、と低い声。

 フィオは魔法陣を見つめたまま、こちらを見ない。


「私は教師。生徒を危険な場所へ行かせるわけがない。だからこれは独り言。両親を亡くした生徒が、死者と話せたらと願う話を聞いて……ふと思い出しただけの独り言」


 さらに声を落として続ける。


「闇市場の競りに……霊話のオーブが出ている」

「「独り言下手すぎ!」」


 ディアとリリィの声が、ぴたりと重なった。

 フィオの耳がほんのり赤くなる。


「闇市場には悪い魔術士、犯罪者も集まる。……まあ、独り言だけどね」

「先生! それです! それならサラを救えるかもしれない!」

「だから独り言だってば!」

「……その話、本当なの?」


 かすれた声が、背後から落ちた。


 三人が同時に振り返る。

 そこに立っていたのはサラだった。


 いつから聞いていたのか分からない。

 水色の髪の隙間から覗く瞳は、必死に縋るように揺れている。


「サラ……」


 ディアが名前を呼ぶと、サラは一歩、また一歩と近づいてきた。


「死者と……話せる、オーブ……?」


 今にも壊れそうな声。

 フィオは一瞬だけサラを見て、すぐに視線を逸らす。


「……独り言だよ」

「独り言でもいいんです」


 サラは唇を噛みしめ、深く息を吸った。


「お願い。……連れて行って」


 ディアとリリィは言葉を失う。


「私、両親と喧嘩したまま……謝れないまま……もう一度でいい。声を聞きたいの」


 震える手を、胸の前で握りしめる。


「両親の遺産があるの。全部じゃないけど……報奨金は払う。だから……ディア。私を守ってほしい」


 沈黙。


「……いくら?」


 恐る恐る聞いたディアに、サラは小さく金額を告げた。


「ひぇっ!?!?」


 悲鳴が地下に響く。


「む、無理無理無理無理! え、ちょ、ちょっと待って!?」


 足ががくがく震え、ディアは天井を見上げた。


 お皿が……

 家族の食事の皿が……全部……!


「……やります!!」

「即決!?」

「家族のためなら命も張ります!!」

「命は大事にしなさい!!」


 リリィのツッコミ。

 フィオは額を押さえて深くため息をついた。


「……本当に、私は何も言ってないからね」

「独り言ですもんね!」

「そう! 独り言!」


―――


 数日後。


 変装した一行は、商業都市の裏路地にあった建物へと足を踏み入れた。

 空気が、重い。

 欲と悪意が澱のように漂っている。

 フィオとマークランドは別行動で、会場を見渡していた。

 マークランドの手は、いつでも杖を抜ける位置にある。


「……次の商品だ」


 司会者の声と共に、布が外される。

 淡い光を放つ球体。


「死者と語らう、霊話のオーブ」


 その瞬間、サラの指がディアの袖を掴んだ。

 冷たい。

 驚くほど冷たい手だった。


「……大丈夫」


 ディアは小さく囁き、そっと手を握り返す。

 競りは進み――乾いた音が響いた。


「落札」


 その一言で、すべてが決まった。


「行くよ」


 ディアは即座にサラを促し、三人は人知れず会場を後にした。


―――


 夜風の吹く、静かな路地。

 サラはオーブを胸に抱きしめ、ゆっくりと膝をついた。


「……お願い」


 オーブが、淡く光る。


『……サラ』


 その声を聞いた瞬間。

 サラの喉が震え、声にならない嗚咽が漏れた。


『ごめんね』

『あなたの夢を……認めてあげられなかった』


 涙が、ぽろぽろと零れ落ちる。


「私も……ごめんなさい……酷いこと、言ったままで……」

『誇らしい娘よ』

『魔術師になりなさい』


 その言葉は、何よりも優しかった。

 光が、静かに消える。

 しばらく誰も、何も言えなかった。


「……私、宮廷魔術師になる」


 サラは顔を上げる。

 涙で濡れた瞳は、それでも真っ直ぐだった。


「死んだ両親に顔向けできるように。必ず」


 その背中は、確かに誇らしかった。


「よ、よかったぁぁぁ……!」


 最初に崩れたのはディアだった。


「サラぁぁ……!」

「ひっく……!」


 リリィも耐えきれず、二人して号泣する。

 鼻水も、涙も、止まらない。

 サラは一瞬驚いたあと、くすっと笑って、そして――同じように泣いた。


 夜の路地に、三人の泣き声だけが、いつまでも響いていた。


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