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第四話 白衣の女教師には近付くな

 

 王立魔法学園には、生徒の間で密かに共有されている常識がある。


 白衣の女教師には近付くな。

 理由は単純だ。

 彼女の授業は、だいたい想定外で終わる。


 そして今日――ディアは、その白衣を真正面から見てしまった。


 「ディア! ちょうど良かった!」


 廊下に響く、やけに明るい声。

 振り返った瞬間、ディアの中で警鐘が鳴る。


 (……逃げた方がいい)


 だが、その判断は一歩遅かった。


 「少し、実験を手伝ってもらえる?」


 白衣の女教師――フィオ・グランベルが、満面の笑みで言った。


 「だ、大丈夫な実験ですか?」

 「ええ! 理論上では!」


 (ダメだ……)


 その横で、リリィが一歩下がる。


 「ねぇディア。今の理論上って、すごく嫌な響きしない?」

 「……する」

 「でしょ!?だから帰ろう!」

 「君も来るのよ」

 「なんでですか!?」


こうして二人は、仲良く(強制的に)連行された。



 連れてこられたのは、地下第二実験室だった。


 分厚い扉。

 床や壁に刻まれた、数えきれない魔法陣。

 空気が、どこか重い。


 「今日は魔力の反応観測よ」


 フィオは黒板に魔法陣を書きながら、止まらない。


 「高魔力量の個体が存在した時、世界がどう応えるか――ああ、興味深いわ」


 その目は、生徒を見るものではなかった。

 完全に研究者の目だ。


 「……私は何をすれば?」

 「真ん中に立つだけ!」

 「聞いた? だけ、だって」

 「リリィ、声が震えてる」


 嫌な予感は、当たるものだ。

 次の瞬間、床の魔法陣が光り出した。

 ゴォ……と低い音が響く。


 「わっ!?」


 気づけば、ディアの体は宙に浮いていた。


 「きゃあ!? 私も浮いてるんだけど!?」

 「大丈夫、重力干渉が――」

 「専門用語いらないです!!」


 机も椅子も、次々と浮かび始める。

 実験室は、無重力の空間になった。


 「いいわね! 魔力がとても素直!」

 「先生! 生徒が浮いてます!」

 「ええ、見てるわ!」

 「見てるだけで済ませないで!」


 その時――空気が、きしんだ。



 『……ちがう……』


 かすかな声が、耳に届いた。


 (……え?)


 『……そのまま……こわれる……』


 胸の奥が、ざわつく。

 理由は分からない。

 でも、確信だけはあった。


 (このままじゃ、ダメだ)


 ディアは周囲を見回した。

 魔力は強い。

 綺麗で、素直で――行き場がない。


 『……いたい……』


 世界が、悲鳴を上げている。


 「ディア……やばいよ、これ」

 「……うん」


 リリィの声は震えていたが、逃げなかった。


 「でも……ディアが何かするなら、信じる」


 その一言で、決まった。


 「先生!」


 ディアは叫んだ。


 「この魔法、支えが無いです!」


 フィオの手が止まる。


 「支え?」

 「魔力が受け止められてません! このままだと、世界にぶつかります!」


 空間が、ぎしりと軋んだ。

 魔力の声は、答えを教えてくれない。

 ただ、方向だけを示している。


 『……そこ……』


 (……作るしかない)


 「……追加します!」

 「出来るの?」


 フィオが問う。

 ディアは頷いた。


 「うまく説明できませんけど……支えればとまります!」


 ディアは空中に手を伸ばした。

 考えるより先に、体が動く。

 暴れないように。

 壊さないように。


 ――支えるための、魔法。


 次の瞬間。

 すべてが静まった。

 机も椅子も床に戻り、ディアは無事に着地する。

 一瞬の、静寂。

 フィオが、ぽつりと言った。


 「……美しい」


 その直後だった。

 ゴゴゴゴ……。

 嫌な音が、頭上から響く。


 「……先生?」


 フィオは、ゆっくりと上を見た。


 「……あ」


 ドサァァ!

 瓦礫が、実験室の端に落ちた。



 「天井、落ちてきました!!」

 「……本当ね」

 「本当ねじゃないです!!」


 フィオは少し考えてから、にこりと笑った。


 「でも安心して。魔法の部分は、全部成功よ」

 「そこですか!?」


---


 後日、学園内に貼り出された掲示。


 【連絡】

 地下第二実験室は当面の間、立入禁止とする

 (※天井復旧まで)


 それを見上げて、リリィは腕を組んだ。


 「ねえディア」

 「なに?」

 「次、実験に呼ばれたら……逃げよう」

 「全力でね」


 ディアは小さく笑った。


 「……魔法学園って、大変」


 でも、その表情は――どこか誇らしげだった。


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