第三章 初対面の伯爵
マスダーレン城に到着した夜、クレスティアナは謁見の間に通された。
扉が開かれると、伯爵が目の前に現れる。
「──お初にお目にかかります、クレスティアナ嬢」
声は低く、落ち着いていて、どこか疲れた響きがある。
そして──
現れたのは、噂通りの男だった。
黒い短髪に、深い琥珀色の瞳。
とても年齢など三十代後半とはとても思えない。
「……あなたが、ヒデリコ・マスダーレン伯爵?」
「はい。貴女がクレスティアナ・スカーレット・リィーフィ嬢ですね」
彼はわずかに頭を下げた。
その仕草には、威圧感と優雅さが同居している。
クレスティアナは思わず息を呑んだ。
本当に理想の男性。
完璧。
知的で落ち着いていて、けれど見た目は若々しい。
しかも、国家を支える実力者。
クレスティアナの心が、急速に溶けていく。
「私は、貴女が皇太子の婚約者だったこと、そして冤罪でここに来られたことも知っています。心の準備はできていますか?」
「はい。私はここで新たな人生を歩みます」
「ならば、私は貴女を妻として扱います。ただし政治的利用はしません。私の領地は私の手で守ります」
この人、本当にすごい人かも。
クレスティアナは転生者であることを隠すと決めていた。
でもこの人の前では、正直に生きたいと、つい思ってしまう。
そんな魅力があった。