第8話:旧王国、庇護を乞う屈辱
アルセイン王国の名声は、
瞬く間に大陸中に轟いた。
潤沢な食料、最先端の魔導技術。
そして何より、
その圧倒的な軍事力。
かつての弱小国は、
誰もが恐れる存在へと変貌していた。
周辺国は、もはや私たちを、
侮ることはできなかった。
むしろ、その強大な力に、
怯えるばかりだった。
そして、彼らは一つの結論に至った。
アルセイン王国に、
「庇護」を求める、という屈辱的な結論に。
ある日、アルセイン王宮に、
使者が次々と訪れるようになった。
彼らは皆、かつては、
私たちを見下していた国の貴族たち。
その顔には、傲慢さの代わりに、
怯えと、焦りが浮かんでいた。
「どうか、アルセイン王国様。
我々の国を、貴国の庇護下に…」
彼らは頭を下げ、
必死に懇願してきた。
その中には、
かつて私が公爵令嬢だった頃、
私を嘲笑った者たちの姿もあった。
彼らが私に頭を下げている。
その光景に、私は静かな満足を覚えた。
そして、その日、
最も予想外の使者が現れた。
私の故郷。
私を不当に追放した、元の王国の使者だ。
彼らが、アルセイン王宮の門を叩いた。
その姿を見た瞬間、
私の心臓が、強く脈打った。
かつての私を悪役に仕立て上げ、
「王子の成長を妨げた罪」で、
私を追放した国。
その使者が、今、
私とレオニス王子が築き上げた国に、
助けを求めてくる。
これ以上の皮肉があるだろうか。
彼らの代表は、
かつて私を厳しく糾弾した、
宰相の補佐を務めていた男だった。
彼は震える声で、
国王陛下の親書を差し出した。
親書には、
「周辺国の脅威に晒され、
国が存亡の危機にある」
と、切々と助けを求める文面が記されていた。
そして、最後にこうあった。
「どうか、アルセイン王国の庇護を賜りたく…」
私は静かに、その親書を受け取った。
私の隣には、レオニス王子がいる。
彼は私の腰を抱き寄せたまま、
冷たい瞳で使者を見下ろしていた。
その表情には、
一切の慈悲がない。
かつて、孤独に怯え、
私に縋り付いていた幼い王子は、
もうどこにもいなかった。
そこにいるのは、
全てを支配しようとする、
若き支配者。
レオニス王子の魔力が、
私の体を伝って、
彼の怒りと、復讐の感情を伝えてくる。
その感情は、私自身の感情と重なった。
私を追放した者たちへの怒り。
レオニス王子を恐れ、
彼を孤独にした者たちへの憤り。
使者たちは、私たちの前で、
必死に言葉を紡ぎ続けている。
「…どうか、お慈悲を…」
「陛下も、心から後悔されており…」
その言葉は、
かつての彼らの傲慢さを知る私には、
空虚な響きにしか聞こえなかった。
私は、使者の言葉を遮った。
「お言葉ですが、そちらの国は、
私を悪役と断罪し、追放しました。
その私が、今、貴国を救うと?」
私の声は、低く、冷たかった。
使者の顔が、恐怖に引きつる。
レオニス王子は、
私の発言に、満足げに口角を上げた。
彼の目が、さらに鋭くなる。
「君たちに、僕の魔力を使う慈悲など、
あると思うか?」
その言葉は、
氷のように冷たく、
使者の心を貫いた。
彼らは、震えながら、
ひざまずいた。
「レオニス王子!どうか…
かつては申し訳ございません…!」
「リディア様…!
全ては我々の誤解で…!」
彼らは必死に命乞いを始めた。
かつての私を「悪役」と断罪し、
蔑んだ者たちの、醜い姿。
私は、その光景を、
冷めた瞳で見つめていた。
レオニス王子は、
私の手を強く握りしめた。
彼の魔力が、
私の心に、確かな力を与える。
私たちの力で、
この国をここまで築き上げた。
私たちは、もう誰の庇護も、
必要とはしない。
そして、彼らのような、
過去の過ちを繰り返す者たちに、
慈悲など与える必要もない。
ざまぁの舞台は、整った。
私たちは、この瞬間を待っていたのだ。