第4話:国を潤す魔力、深まる絆の始まり
私とレオニス王子は、
温室での奇跡以来、
密かに魔力伝達を繰り返した。
メイドの仕事の合間を縫って、
人目を忍び、温室へ向かう。
王子はいつも、そこで私を待っていた。
彼の魔力は、本当に無限のようだった。
私の組み上げた魔法陣に、
彼の魔力が注ぎ込まれる。
すると、私の魔法は、
それまで見たこともない力を発揮する。
まるで、枯れた水源に、
巨大なポンプが設置されたようだった。
最初に力を入れたのは、
やはり農業だった。
王宮の裏手にある小さな畑。
私はそこに、前世の知識を注ぎ込んだ。
輪作、土壌改良、品種改良。
そして、そこにレオニス王子の魔力を、
私の魔法で流し込む。
「王子、ここに魔力を」
私が指し示す場所に、
王子は小さな手を置いた。
じわりと、温かい魔力が流れ込む。
私の体を通し、畑の土へと浸透する。
すると、土壌の色が鮮やかに変わる。
栄養が満ちた証拠だった。
畑の作物は、驚くべき成長を見せた。
通常よりも早く芽吹き、
実りも豊かだった。
初収穫の日は、
メイドたちも目を丸くした。
「リディア、すごいじゃないか!」
「こんな立派な作物は初めて見たよ」
褒め言葉が、素直に嬉しかった。
私はその成功を足掛かりに、
小さな畑から、
少しずつ規模を広げていった。
王宮の敷地内にある、
荒れ果てた土地。
そこを魔法で開墾し、
新たな農地へと変えていく。
この作業には、
大量の魔力が必要だった。
私の魔力だけでは、
すぐに枯渇してしまう。
だから、レオニス王子は、
欠かせない存在だった。
彼は私の言葉に従い、
素直に魔力を供給してくれた。
彼の魔力を感じ取るたび、
私は驚きと、同時に複雑な感情を抱いた。
かつて、アルフレッド王子の魔力を、
危険視し、遠ざけた私。
今、私は別の王子に、
その強大な魔力を求めている。
皮肉な運命だった。
レオニス王子は、
最初はただ、私が触れてくれることに、
安堵しているようだった。
彼の魔力が暴走せず、
誰かの役に立つことに、
純粋な喜びを感じているようだった。
その無垢な瞳を見るたび、
私の胸はチクリと痛んだ。
私が彼を利用している、という事実。
だが、王子の魔力は、
本当に全てを変えた。
作物の収穫量は飛躍的に増大し、
アルセイン王国は、
慢性的な食料不足を克服し始めた。
余剰分を近隣の町に売りに出すと、
金貨が王宮に舞い込むようになった。
小さな町は、活気を取り戻し始めた。
人々は笑顔を取り戻し、
王宮にも少しずつ賑わいが戻ってきた。
私のメイドとしての地位も、
いつの間にか向上していた。
優秀なメイドとして、
周囲から認められるようになったのだ。
ある日のことだった。
大規模な灌漑魔法を試みる際、
私はレオニス王子に、
少し強く腕を掴んでもらった。
手と比べて、
触れる面積が広い。
すると、驚くほど、
大量の魔力が流れ込んできたのだ。
「え…っ!?」
思わず声が漏れる。
その瞬間、私の頭の中で、
前世の記憶が閃いた。
まるで電気回路のようだった。
触れる場所によって、
「流量」が変わる。
その後の実験で、それは確信に変わった。
手は少量。腕は中量。
そして、肩や背中、腰といった、
より密着する部位では、
さらに多量の魔力が流れ込む。
私はこの現象を、
心の中で「魔力伝達効率システム」と名付けた。
この発見は、革命的だった。
レオニス王子の膨大な魔力を、
効率的に、そして目的に合わせて、
「引き出す」ことができる。
私の魔法陣構築の才能が、
このシステムと組み合わされば、
どんな魔法でも可能になる。
「王子…!やはりここです!
この場所だと、魔力が、
まるで意思を持っているかのように、
私の中を流れていきます!」
興奮を隠しきれない私に、
レオニス王子は、
少し首を傾げた。
「そう、なんだね…?」
彼はまだ、その現象の持つ意味を、
完全に理解していないようだった。
ただ、私が喜んでいることに、
満足げな表情を見せている。
しかし、その小さな瞳の奥に、
微かな好奇心が宿っているのを、
私は見逃さなかった。
彼もまた、自身の魔力が、
私の体を通して、
これほどまでに安定し、
大きな力となることに、
何かを感じ始めている。
私たちは、王宮の奥で、
密かに、そして着実に、
この国の運命を変え始めていた。
アルセイン王国は、
少しずつ、その姿を変えていく。
そして、私とレオニス王子の絆もまた、
魔力伝達という甘美な行為を通じて、
ゆっくりと、しかし確実に、
深まっていくのだった。