表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/10

第2話:荒れ果てた王宮とメイドの決意

アルセイン王国の王宮。

それは、私が想像したよりも、

ずっと荒れ果てていた。

かつての公爵令嬢としての記憶。

煌びやかな王都の宮殿とは、

比べ物にならない。


壁は剥がれ、家具は埃まみれ。

窓ガラスは割れたままで、

隙間風が吹き込む。

庭は雑草に覆われ、

手入れされた形跡もない。

宮殿全体が、

ゆっくりと朽ちていくようだ。


メイドの仕事は、苛酷だった。

朝は日の出と共に起き、

夜は蝋燭の尽きるまで働く。

洗濯、掃除、食事の準備。

貴族としての教養も、

魔法の知識も、

ここでは何の役にも立たない。


「おい、リディア!

ぼさっとしてないで、

さっさと水を運べ!」

先輩メイドの怒声が飛ぶ。

屈辱だった。

かつては多くの侍女が私に仕え、

指一本動かすこともなかった。


慣れない重労働に、

手が荒れ、足は棒のようだ。

夜、誰もいない自室で、

そっと涙がこぼれる。

このまま、こんな場所で、

私の人生は終わるのか。

絶望が、心を支配しそうになる。


しかし、諦めるわけにはいかない。

私には、誓ったことがある。

私を追放した者たちへの、

そして、理解されなかった私自身の、

静かなる宣戦布告。

そのためには、

ここで生き抜かなければ。


私は公爵令嬢として、

幼い頃から帝国の歴史や、

他国の情勢を学んできた。

もちろん、貴族の義務として、

内政や経済の知識も詰め込まれた。

それは、私を悪役にした者たちが、

決して奪えない私の財産だ。


王宮の隅々まで掃除をする中で、

私はアルセイン王国の現状を、

嫌というほど理解していく。

食料は不足し、民は痩せている。

魔導具は古く、ろくに機能しない。

軍備は脆弱で、隣国からの侵攻に、

いつ怯えてもおかしくない。


これは、国の衰退ではない。

完全に、機能不全だ。

その原因は、明らかだった。

資源は乏しく、魔力も枯渇気味。

そして、何よりも、

民を導く指導力が足りない。


ある日、古い書庫の掃除を命じられた。

埃だらけの棚に、

古びた農業書を見つける。

それは、前世で私が学んだ、

『輪作』や『品種改良』の、

基本的な理論に近かった。

この国でも、試みる価値はある。


夜な夜な、書庫で本を読み漁る。

メイドの休憩時間も惜しんで、

国の隅々を見て回る。

庭の荒れ果てた土地。

王宮の裏手にある小さな畑。

どれもこれも、非効率の極みだ。


私の頭の中で、

前世の農学知識と、

この世界の魔法が結びつく。

土壌を活性化させる魔法陣。

水の循環を促す魔導具。

私の魔力では、

小さな畑一つが限界だ。

それでも、やらないよりはましだ。


私は、王宮の裏手にあった、

荒れ果てた小さな畑を借りた。

「メイドが何をしているんだ」

冷たい視線を浴びながら、

私は黙々と作業を始めた。

土を耕し、魔法陣を描く。

自身の魔力を流し込む。


じんわりと、魔力が畑に染み渡る。

わずかながら、土の色が変わり、

生命の息吹を感じた。

小さな種を撒く。

この小さな一歩が、

いつか、この国を変える。


私の魔法陣構築の才能は、

公爵家でも一目置かれていた。

だが、その魔力量は平均的。

大きな魔法は、私一人では無理だ。

だからこそ、私はかつての国で、

アルフレッド王子を案じた。

彼の膨大な魔力があれば、

私の魔法は無限の力を得ると。


今、私の傍には、

あのアルフレッド王子はいない。

だが、この国には、

もう一人の王子がいる。

制御不能の魔力を持つ、

孤独な王子。


……レオニス王子。


私はまだ、彼と、

直接言葉を交わしたことはない。

ただ、遠くから、

王宮の片隅で、

静かに佇む彼を見ただけだ。

人々が彼を恐れているのも知っている。


けれど、もし、もしもだ。

彼の魔力を、私が制御できれば。

私の魔法と、彼の魔力が融合すれば。

この荒れ果てた弱小国を、

救えるかもしれない。

それは、かすかな希望。

そして、私に残された、

唯一の、勝つための道。


私はメイド服の袖を捲り、

決意を新たに立ち上がった。

この手で、この知識で、

この魔法で。

私は必ず、這い上がってみせる。

そして、かつての全てを、

私から奪った者たちに、

私の存在を、思い知らせてやる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ