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第1話:悪役令嬢、追放される理由

私、リディア・アルベール公爵令嬢は、

あの瞬間まで信じていた。

私の言葉が、正しいと。

それが、王子の未来を守ると。


前世の記憶が、私にはあった。

平凡な日本の大学生だった日々。

農学を学び、研究に没頭した。

目が覚めれば、

私はこの異世界の公爵令嬢。

幼い頃から、

その記憶に戸惑いながらも、

貴族としての義務を学んだ。


アルフレッド・シュトラウス王子。

この王国の第二王子。

たった十歳の、幼い少年。

けれど彼の身には、

途方もない魔力が宿っていた。


生まれながらにして、

制御不能な超魔力。

それは祝福ではなく、呪い。

力の暴走は、国を滅ぼしかねない。

事実、小さな事故は、

既に幾度も起きていた。


人々は恐れた。

「あの王子は化け物だ」

「いつか国を滅ぼす災厄だ」

ひそひそと囁かれる陰口。

王子は孤独だった。

誰も彼に近づこうとしない。


私だけだった。

魔力を恐れず、

真正面から向き合ったのは。

なぜなら、私は知っていたから。

彼の力の危険性を。

そして、その奥に秘められた、

計り知れない可能性を。


「王子、その力は危険です」

「無闇に使わないでください」

「力を制御できるようになるまで、

決して人前で使ってはなりません」

私の言葉は、常に厳しかった。

それは、彼の身を案じてのこと。

彼の未来を想っての忠告。

前世で培った論理的思考が、

そうすべきだと告げていた。


だが、幼い王子には、

私の真意は届かなかっただろう。

彼は寂しそうに、俯いた。

その瞳の奥には、

私への微かな畏れと、

そして、理解されない悲しみ。


周囲の大人たちは、

私の言葉を喜んで利用した。

「見ろ、あの公爵令嬢を」

「王子の才能を嫉妬し、

虐げている悪女だ」

彼らは私を悪役に仕立て上げた。

王子の魔力を私物化したい者たち。

王子の力を利用したい者たち。

彼らにとって、

私の存在は邪魔だったのだ。


そして、その日は来た。

雷鳴のような国王の声。

大勢の貴族が居並ぶ中、

私は玉座の間に立たされていた。


「公爵令嬢リディア・アルベールは、

王子の成長を妨げ、

その心に深い傷を与えた罪により、

本日をもって国外追放とする!」


呆然と立ち尽くす私。

傍らには、アルフレッド王子。

以前より少しだけ成長した彼が、

潤んだ蒼い瞳で、私を見上げていた。

その小さな手が、私のドレスの裾を掴む。

震える声で、必死に訴える。


「リディア…行かないで…!」


私を恐れる者ばかりの中で、

唯一、私に縋る彼の姿。

胸が締め付けられる。

喉の奥が熱く、言葉にならない。

だが、私は知っていた。

彼と離れることこそが、

彼を守る唯一の方法だと。

そして、この国の政治に、

私が巻き込まれないための、

唯一の選択肢なのだと。


私は心を鬼にした。

王子を突き放すことが、

彼の、そして私の、

生きる道なのだと。

感情を押し殺し、

無表情を装う。


「申し訳ありません、王子」

私の声は、ひどく冷たかった。

「私のような無能な者、

貴方の傍には不要でしょう」

彼の小さな手が、

私のドレスから滑り落ちた。

彼は、一層泣き崩れた。

その光景は、

私の心にも、深く、深く、

鋭利な刃を突き立てた。


私は王宮を後にした。

公爵令嬢としての地位も、

財産も、全てを失い。

着飾るドレスは、

すぐに粗末な旅装に変わった。

護衛も従者もいない。

ただ一人、あてどなく、

国境を越える。


行き先など、決めていなかった。

ただ、この国から遠く、遠く。

人々の視線から逃れるように、

ひたすら歩き続けた。

飢えと疲労が、体を蝕む。

公爵令嬢だった私が、

こんなにも無力だとは。


数日後、辿り着いたのは、

名の知れぬ小さな町。

壁には、古びた張り紙。

「メイド募集。アルセイン王宮」

アルセイン王国。

かつて、私が公爵令嬢として、

見下していた、貧しい弱小国。

まさか、こんな場所で、

こんな張り紙を目にするとは。


プライドが、悲鳴を上げた。

メイド?私が?

そんなこと、ありえない。

だが、このままでは、

野垂れ死にするだけだ。

生きるためには、選べない。


私は、張り紙を剥がした。

震える手で、王宮の門を叩く。

面接は、簡素だった。

身分を隠し、ただの平民と偽る。

幸い、貴族の作法が、

かえって真面目な印象を与えたらしい。

その場で採用が決まった。


こうして私は、

弱小国アルセイン王国の王宮で、

メイドとして働き始めることになった。

屈辱と、絶望。

だが、この絶望の中で、

新たな決意が芽生えていた。


私を悪役にした者たち。

私を不当に追放した者たち。

そして、私の真意を、

理解しようとしなかった彼ら。


この体一つで、

この追放された地で、

生き抜いてみせる。

前世の知識と、

まだ未熟な魔法の力で、

この弱小国を、

何としてでも、立て直す。


そして、いつか。

私が本当に悪役だったのか、

彼らに、思い知らせてやる。

私は必ず、這い上がってみせる。

これは、私への、

そして彼らへの、

静かなる宣戦布告だった。


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