侵入者
「こ……こいつは!」
カグヤの部屋を力なく漂うこの者は、明らかにこの船の人間ではない。少なくとも、アリゾナ宇宙港を離陸したときにはいなかった人間だ。
……何だ? 微かに何か匂うな。
部屋に、僅かだが何かツンと鼻をつく不自然な匂いが漂っている。さっきは気づかなかった匂いだ。がしかし、とりあえず今は。
「……カグヤ様、お怪我は?」
ただですら色素の薄い肌が、余計に白くなっている気がする。ガタガタと小刻みに震えて、息が荒い。
「は、はい……大丈夫です……」
ふらりと離した手から、波動銃が宙に流れる。
《クロードさん! 大丈夫ですか!》
そこへ、援軍として派遣されてきたNo18とNo19のビーストが現れた。
「ああ、何とかな。で……とりあえず、『侵入者』は気絶している。済まないが捕縛して隔離してくれないか」
『波動銃』は、超低周波の『音波』を対象にぶつけることで相手を戦闘不能に陥らせる接近戦用の武器だ。焦点を絞って直撃させれば相手を失神させるほどの威力があるが、バッテリー容量の問題があって連射はできない。
拳銃と違っておおまかに方向が合っていれば効果があるので、素人にも使える武器といえるだろう。それに音だから、火器と違って周囲の機器類を破壊したりしないという利点もある。
《了解です》
ビースト2体が手際よく『侵入者』を捕縛用テープで絡めていく。口に呼吸維持用のボールを咥えさせるのは叫んだりして暴れるのを防止するのと……舌を噛みちぎって自殺するのを防ぐためだ。
「……」
運ばれてゆく物言わぬ侵入者は、カグヤと同じくらいの歳の若い女だ。
少し、意外というかな。テロリストというと、もっとヤバそうな男というイメージがあったが。
クロードはその後ろ姿をじっと見送った。
《クロード、聞こえますか。未認識ビーストの排除が終わりました。ただしNo5スラスターは銃撃戦によって大きく破損、作動させることができない状態です》
テラがビースト側の状況を教えてくれる。
「ああ、それでいい。何、垂直スラスターの1つやそこら、無くてもどうにかコントロールしてみせるさ」
答える『ノープロブレム』。だが、1つ動作しなくなった分だけ船体の左右バランスは取りにくくなるし重力の調整も難易度が増す。AIコントロールを超えた人力の勘が問われることにはなるのだが。
「さっきの女は、突然に部屋へ?」
クロードがカグヤの方に振り返る。
「はい……ドアの鍵から変な音がして。警報音というか、ブザーような。それで慌ててクロードさんに連絡を」
「ん? あれか?」
部屋の隅に、何か小さなカードのようなものが漂っている。
「これだな」
掴んでじっくりと確認する。
「……何ですか? それは」
カグヤが覗き込んできた。
「電波を送って電子錠を強制的に開けちまうって類のヤツでさぁね。キーキャンセラーって呼んでますがね」
重要な証拠だから、壊すわけにはいくまい。大事にポケットへと仕舞う。
「一瞬にして何百通りとか何千通りとかのパターンで電波を試してね。それでちょうど合う周波数を見つけると、それでロックを外しちまうって厄介なヤツなんですよ」
「そうなんですか……」
カグヤはまだ半放心状態のようだ。
「で……さっき出ていかれた女の人が、侵入者なのでしょうか?」
「ああ、多分ね。敵が乗り付けてきた救命ボートは2人乗りだった。救命ボートってのは『押し込んだら3人入る』とかいった類のモンじゃないから、あいつとスラスター機関室で破壊されたビーストで数は合うってことだろう」
……何か、引っかかる気もしないでもないが。
「あの……あの女の人は何者なのでしょうか。私と同年代くらいにも見えましたが。何だか……あまりテロリストらしくないというか」
「分からないね。恐らく月世界自由同盟の連中じゃないかなとは思うが、それにしてはやり口が生ぬるい。もしかすると別の連中かも知れん」
クロードは身に染みて知っているのだ。ヤツらがどれだけ危険な連中なのかを。
「別の方たちですか?」
不思議そうにカグヤが聞き返した。
「ああ、月の反政府組織も色々あって一枚岩ってわけじゃあない。月世界自由同盟みたいな暴力的な連中もいれば、ゼグラス独立党なんてのを名乗っている穏健派もいたりするらしい。ま……オレには関係ない話ですがね」
『関係ない話』。そう、少なくとも自分やその周りを巻き込まない限りはだが。
クロードはカグヤの部屋を出てから、戦闘のあったNo5スラスターエンジンの場所へと向かった。
「やぁ、どうも」
エンジンルームの入口付近で宙に舞った細かい部品を集めているビーストの1体を捕まえる。胸には『10』のマークが。
《あ、クロードさんですか。お疲れ様です。とりあえず、侵入者は排除しましたので》
「ご苦労さん。敵さんは?」
No10のビーストに話し掛ける。中身が誰かは分からないが、恐らく対テロ用の訓練を受けた軍人だろう。こうした事態を予め想定して、船内のビーストも数が増やしてあったに違いない。
《敵はそこに。迎撃で破壊したので、部品を集めてあります》
指し示した先に、鉄くずと化した手足や胴体のパーツが1箇所にまとめられていた。もう原型は残っていない。
「『普通の』ビーストだった?」
軍用や特殊警察用など戦闘に特化したタイプであれば、手足に銃撃のオプションが着いていたりするが。
《はい。普及型のノーマルタイプです。このタイプは生産数が多く、宇宙用だけでなく市販もされています。なので敵の居場所を特定するのは難しいかも知れません。どうせ識別Noは消してあるでしょうし》
ビーストは宇宙だけでなく、鉱山や火災現場での消火活動など危険を伴う場所での利用も盛んに行われている。しかもその信号伝達に使われるのは量子テレポーテーションシステムだから電波を使っていない。通信元を特定することは事実上不可能だ。
「……ま、そういう『捜査』ってのはオレの仕事じゃあねぇ」
『鉄くず』を後にして、エンジンルームの奥へと入っていく。蒸せかえる焦げた油の匂いがするのは銃撃戦で出火した炎が潤滑油などを焼いたせいだろう。
「ん? この匂いは……」
焦げた匂いに混ざって、ツンと鼻を突く匂いがする。多分、鎮火のために使った科学消火薬剤か何かの匂いだと思うが、何処かで嗅いだような。
「さっきの『侵入者の女』の辺りから似たような匂いがしていたな……」
気の所為か、何処か似た感じがする。だが、それはそうとして。
「……随分と派手にやってくれたモンだな、こりゃ」
エンジンルームの惨状に思わずため息が出る。
泡状になった消火剤にまみれているからその全容は分からないが、配管類には穴が開いてブラブラと垂れ下がっているし、そこら一面に細かい部品が浮遊している。保温材やセンサー類、配線やら鋼板の一部やら。
《気をつけてくださいね。内部はまだ掃除が終わっていません。鋭い破片などが散らばっているかも知れませんので》
『9』と書かれたビーストがクロードを呼び止める。
「『チズルロケットガン』かい? 鎮圧に使ったのは」
ビーストはロボット体だから、当然だが銃器の類はあまり意味がない。それに単純な銃器は発射反動が大きいから発射の衝撃で射撃手そのものが後方に飛ばされてしまう。
《そうです。我々が9発。敵方が6発を使いましたので、計15発。うち、敵ビーストを直撃したものが3発ですので、12発はエンジンの何処かに着弾しています》
『チズルロケット』はその名前の通り、先端がチズル(※タガネのこと)状になっている対ビースト鎮圧用の小型ロケット弾だ。着弾すると先端の刃で相手の外板を割り裂き、内部で爆裂する仕組みになってる。
「やれやれ……。壊したっていうスラスター、何とかして使えかねーかと思ってきたがこの惨状じゃあ流石に無理だな。地球に戻ってから『載せ替え』って話だな、こりゃ」
そこへ。
「ふむ……やっぱりダメになったか」
やって来たのはパブロだった。特に感慨もなさそうに、じっと壊れたエンジンを眺めている。
「手塩に掛けていたエンジンが壊れちまって残念だったな、爺さん」
クロードがそう言葉をかけるが、パブロはゆっくりと首を横に振った。
「いや。どうせ戦闘になるなら『ここでやれ』と指示したのはワシだからな。どの道、No5スラスターはもっとも稼働時間が長くて更新寸前だったし」
そうは言っても割り切れない想いもあるだろう。その少し寂しげな顔がその心情を物語っているか。
「それにNo5は地球重力を振り切るための垂直スラスターだ。貨物が満載でなければ全部揃っている必要ない……。うちの『腕のいい操舵手』なら、何の問題もあるまい?」
ジロリと振り返った視線に、クロードは「はは、まぁな」と苦笑いを浮かべた。