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パブロ

「よお。爺さん、元気かい?」


 部屋に入り、ドアをロックする。中にいた乱れた白髪頭の小柄な男が、渋い顔をしてクロードたちを睨んだ。『機関室の妖怪』、パブロである。


「……ったく、何の騒ぎだ」

 コントロールパネルに視線を向けたまま、面倒くさげにパブロが溜め息を吐く。


《侵入者だよ、パブロ爺さん》


「口のきき方を知らんヤツだな……その『No12』はアンリか?」

 パブロが、そのシルバーメタリックの胸に記されたナンバーを指差した。


《ああ、そうだ。トンだ災難だぜ! こんなことなら2交替目に回ればよかった。気が滅入るぜ、まったく》


 避けようがなかったとは言え、その場に居合わせ、まして『船中に入るハッチを開けてしまった』という失態は後々まで突つかれると見て間違いあるまい。


《あ、あの、その! ……それで? その『侵入者』はど、どうしたんでしょうか?》

 パブロの奥から、一体のビーストがおずおずと顔を出してきた。ボディはオレンジ掛かった黄色で、胸のナンバーは『6』とある。


「あ? お前が、カミーユとやらか。テラから居残りを命じられたって話の」


 いざというときを考えると、原子炉の管理者が一人は必要になる。パブロだけでは手が足らなくなることもあるからだ。


「こんなガキでもいないよりゃマシということだ」

 パブロはにべもなく吐き捨てる。


「相変わらず口の悪いこったな。だが、そんなことはどうでもいい。テロリストより先にこられてよかったぜ」

 先に突入されていれば、船全体を掌握される危険もある。電源を奪われれば、如何な大型船といえど立ち往生をしてしまう。


「で……機関は順調かい?」

 何も緊張する様子がないパブロに、クロードが背後から近寄る。


「ああ、順調だ。そんなことより」

 ジロリと、パブロが皺の寄った目尻でクロードを睨む。


「何を慌てておるんだ? お前は」


「何をって……そりゃ、テロリストからこの船を守るためさ。テロリストは少数、多くても2名なんだ。だったら急所になるリアクターコントロールルームは絶好の的だろ?」


「ふん」

 パブロがひとつ、鼻でせせら笑った。


「敵が侵入してきたのはさっきのデブリ騒ぎのときだろ? だとすれば、もうかなりの時間が経っとる」

 パブロの言う通り、衝撃騒ぎがあってからすでに1時間近くは経過しているのだ。


「もしも敵の狙いがこのリアクターコントロールルームだとすれば、とっくの昔に占拠されとるわ。だが今もって敵は来とらんし、機関の数値はどれも順調。つまり、敵の狙いは別に……」


 そう言いかけた途中だった。


《全船に告ぐ、全船に告ぐ》

 ヘッドセットにテラの声が入る。


《船体後部、V-8ブロックにてナンバーを識別できないビーストを発見。ビーストNo1からNo5、及びNo7からNo11は直ちに当該ブロックへ向かってください。繰り返します……》


 ナンバーを識別できないということは、『外部からやってきた候補者』ということだ。


「来てやがったか……!」

 やはり、敵は侵入していたのだ。


《まぁ、そう血色ばんなよ。……ビーストの相手はビーストに任せておけばいい。どうせ、月世界自由同盟の連中だろ? あいつらは地球人なんてゴミクズだと思ってやがるから、お前が出ていけば狙われるのがオチだ》


 アンリが部屋から出ていこうとするクロードの肩を掴んで押し止める。銃撃戦になれば、とてもではないが生身の人間の出番ではない。

 だが、とはいうものの。


「やかましい、オレを誰だと思っている。かつて……」

 例えビーストとはいえ、自分の船を蹂躙されて黙っているわけもなく。

 と、その時だった。


《クロードさん!》

 クロードのヘッドセットに悲痛な叫びが聞こえてきた。『カグヤ』だ。


「こちらクロード、どうしたんですか?!」

 慌てて問い返すと。


《助けて! 誰かが部屋のドアを外からこじ開けようとしているの!》


「すぐ行きます!」

 返事もそこそこにクロードが原子炉制御室リアクターコントロールルームを飛び出していく。


「くそ……V-8ブロックの敵ビーストは陽動作戦だったか! テラ、カグヤの元にビーストを何体か寄越してくれ!」


《了解です。No18とNo19をそっちに向かわせました。ただし、位置関係からしてクロードの方が早く到着できます》


「援軍2体かよ! もっと回せないのか?!」


 敵の装備が分からない以上、自分一人では応戦しきれない可能性もある。味方の数は多いに越したことはないが。


《現在、V-8ブロックで発見された未認識ビーストの対応に数を割いています。また、時限爆弾等のトラップを警戒して残りのビーストをブリッジ付近に配備しています。なので、そっちは送った2体とクロードで排除してください》


「……ちっ! 何てこった!」


 ブースターを細かく吹かし、壁や床を蹴って方向転換をしながら船内をものすごい速度で飛び回る。慣れと高い運動神経がなければできない、宇宙船内ならではの高速移動方法。


「カグヤ様! もう少しで到着しますんで!」

 今はただ、呼びかけるしかできない。


《お願いします! もう開きそうです!》

 悲痛な叫びが返ってくる。


 もしもこれが敵の狙いそのものなのだしたら。隠れていたビーストをあえて発見させ、排除に向かわせて手薄になった警備体制の裏を掻く……ここまで静かにしていたのは、カグヤの居場所を特定する時間を稼ぐためだったか。


 そして、単にカグヤだけを心配していればいいというものでもない。


「テラ! 敵ビーストは何処にいるんだ?」

 カグヤの保護ができても、船が破壊されれば何の意味もないのだ。


《現在、No5スラスターのエンジンルーム近辺で我々側のビーストと交戦中》


「スラスターエンジンルーム……っ! ヤなところにいやがるな」


《ワシだ。話は聞いた》

 パブロが通信に割って入る。


《最悪、スラスターエンジンのひとつくらい《《くれてやればいい》》。それよりもスラスターの燃料タンクを狙われるとまずいぞ》


 燃料タンクには大量の推進剤が封入されているから、ここでを爆破を起こされると燃料に誘爆して船全体が大爆発に巻き込まれる。そして更にいうならば、ここは宇宙空間なのだ。


《燃料が爆発を起こせばその勢いで船の方向が変わって、月への航路から外れる。スラスター燃料が無い状態でそうなれば、例え火災が鎮火しても月へ到着する術が無くなるからな》


 仮に救命ボートで外部に脱出できたとしても、その救命ボードも爆発の勢いで跳ね飛ばされているのだ。それを別の救助船で追いかけるのは容易ではない。下手をすると地球や他の惑星の重力に捕まって墜落する可能性もある。


《了解です。最悪の場合、No5スラスターを犠牲にします。パブロへ、No5スラスターの燃料回路を2重遮断してください。それから万一に備えて消火ユニットを手動動作に切り替え……》

 テラが冷静に指示を下す中、クロードがカグヤの隠れているエリアへ突入する。


「ここだ……!」

 見通しの利く通路へ出た瞬間、その光景に思いがけず背中が冷える。


「何てこった! ドアが開いてやがる!」

 『こじ開けようとしてる』というドアは突破され、部屋の中から明かりが外に伸びていた。


「間に合わなかったか!」

 戦慄が走る。あと、数秒でも早く到着できていれば……。


「カグヤ様!」

 叫びながら部屋へ突入すると、そこにあったのは。


「ク……クロードさん、わ、私……」


 ガタガタと震えるカグヤの手には、あの波動銃が握られていた。そして、その先で力なく浮かんでいる者がいる。


「こ……これは!」


「と、咄嗟に撃ってしまったの!」

 

 漂っていたのは、簡易式の宇宙服に身を包んだブラウンの髪をなびかせる若い女だった。

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