侵入
貨物室を出て、暫く辺りをふんわりと漂う。特に何処かへ行きたいという訳ではなく、単に時間が潰れればそれでいいという。
《よぉ! 何をしてんだ? こんなところで》
途中で話しかけてきたのは『No12』、アンリだった。
「やぁ、アンリ。別に、大したことじゃあねぇよ。単に暇つぶしさ」
本来の目的を口にすることはできない。
《そうなのか? 今回は色々と妙なことが多いから、何かあンのかと勘ぐっちまうがな》
「そうか? 何か気になることとかあるのか?」
この船に積まれたとんでもない『荷物』について、悟られるわけにはいかない。
《そうだな。まず、船に搭載されているビーストの数がいつもの倍もある。25体体制なんて記憶にないぜ。まあ、そのお陰でさっきのデブリ修理も迅速にできたんだけどな》
「……よほど大事な荷物でも積んでんだろ。オレには関係ねーがな」
実際には『無い』どころの騒ぎではないのだが。
《荷物? 俺はてっきり『人間』だと思ったがな。まあ、どっちにしろ稼働するビーストの数が増えれば仕事が楽になるんで俺的には助かるがね》
「人間だと思った? そりゃどうしてだ?」
何か、余計な情報を与える要素があったのか。クロードの問いかけにアンリが踵を返そうとして、ふと立ち止まる。
《いや、別に大したことじゃあない。緊急脱出用の救命ボートが『2隻』あったからな。誰か余分に人間が乗ってンのかなと思ってよ》
「2隻……?」
何だか妙な胸騒ぎがする。
出港時における船の搭載重量はスラスターの出力に関係するから、とても重要だ。スラスターの制御は操舵手である自分の担当だから、何をどれだけ積んでいるのかは常にリストで確認を取っている。たまに『人権を失った人』を乗せる場合があって、そういう時には救命ボートを余分に積むこともあるが、普段は1隻のみだ。
……今回、そこに変更があった記憶はない。
思い返すも、『2隻』という記述を見た覚えはない。仮に2隻とあれば『誰か余分に乗るのか?』と気づくはずだ。
「アンリ、その『2隻目』を調べてみたいんだが。近寄れるか?」
本当にただの『思い違い』なのかどうか、この目で確かめて見ないと。
《え? ああ、いいだろう。着いてきな、船外活動ユニット(※宇宙服)の装着を手伝ってやる》
アンリを伴って、メンテナンス予備室へと入る。ここで船外活動をするための船外活動ユニットを装着するのだ。宇宙空間はマイナス270度もの極低温下だから保温が非常に重要であるし、その他にも強い紫外線や微小な粒子から身体を守るために何重にもなったスーツが必要になる。
また、体温が上昇しすぎないように冷却水を循環させるシステムもついている。背中に搭載するバッテリーも含め、とても一人で着込めるものではない。
《よし、行こう》
装着を終えて、クロードがアンリとともに船外へと出ていく。
アンリのNo12は機械の身体だが、外の環境に対応させるために簡易型の防御・断熱スーツを着込んでいる。
《ここだ》
メンテハッチのすぐ外に、黄色い救命ボートが係留されている。係留ポートは全部で4つ用意されているが、そのBポートに見覚えのない『2隻目』がいた。
『何だろうな、こいつ』
慎重に、クロードがその救命ボードに近寄る。その後ろからアンリもやって来た。
《うん? この救命ボート、何処かで見たタイプだな。貨物船用の4人乗りじゃあねぇぜ。もっと小型の……2人乗り用だな。これは……》
暫く考えてから、アンリが《思い出した》と続けた。
《こいつぁ、アレだぜ。掃除屋の船に搭載されているヤツだ。今でこそデブリの掃除なんてビーストが主体だが、人間がやる場合もあるんでな。そういう船には今でも救命ボートが搭載されてんだよ》
『……いつの間にか、これが『横付け』されたってことか?』
《レーダーに察知されねぇ、特殊塗料が施されてるんかもな》
だとすると、メアリーのレーダーに捕捉されずに接近された可能性もある。
『まずい……!』
もしその推測が事実なら、只事ではない。
『船内に戻るぞ、アンリ! テロリストの侵入を許したかも知れん!』
《ビィィィィ!》
船内全域に再びの緊急事態を知らせる警報が鳴り響く。
《緊急事態発生 緊急事態発生 全圧力隔壁閉鎖 繰り返す 緊急事態発生……》
自動音声とともに、船内を細かく仕切る圧力隔壁が次々と閉鎖されていく。『侵入者』を今いる場所から移動させないための処置だ。
「つまりだ!」
クロードがアンリとともに通路を飛び進みながらヘッドセットでローラに説明を続けている。
「何者かは知らねーが、侵入者は掃除屋の救命ボートでこの貨物船・アウルに接近、勝手に係留しやがったんだ! その上でなるべく被害が少なくて済む船首付近にとりついて、電動ドリルで船体に穴ぁ開けやがったんだ!」
恐らくそれはデブリを解体するのに使う、長軸型の超硬ドリルだったのだろう。だから『綺麗な穴が空いていた』と。
「船体に穴が空いたら修理をしに誰かが外に出てくる! ご丁寧に船外ハッチを開けてくれてな! そこを狙って、メンテナンス予備室から侵入したに違いねぇ!」
《まんまと誘導されたってわけね》
普段は冷静なローラも、焦りが声に滲む。
「まったく! 間抜けもいいところだぜ! そういうケースを考えてなかった。……入ってきたのが人間なのかビーストなのか分からんが、とにかく敵は最大で2体だ! 何とかしてそいつを捕縛しないと!」
どんな装備を持ち込んでいるかも分からないのだ。爆弾でも使われれば、少々の装甲板ではとても耐えられまい。ならば絶対にカグヤの部屋に近寄せるわけにはいかない。
そして、《《だからこそ》》今向かうべき場所は。
「オレとアンリは原子炉制御室へ向かう! 必要なルートの確保を頼む、船長!」
《了解! 緊急用のメンテホールを使って頂戴!》
圧力隔壁は閉鎖と開放にどうしても時間が掛かってしまう。そこで、緊急用に人一人分だけが通れるようなメンテホールが随所にあるのだ。これはブリッジからの信号で開閉が可能だ。
《原子炉制御室でいいのか? 何だその……『大事な荷物』とやらは護らなくても?》
ハンドブースターを吹かせ、クロードの後からアンリが必死に追走してくる。メンテナンスホールを潜り抜けるルートは迷路のようだ。
「ああ、いい。というかオレらが下手に動くと『貨物の場所』を侵入者に教えることになりかねん! 今は圧力隔壁での閉じ込めと時間稼ぎを図った方がいい」
侵入者からすれば、隠密のうちにカグヤの排除ができればそれが一番仕事が早いはず。それでそのまま乗ってきた救命ボードで脱出すればいいのだから。だが、こうして『見つかった』となると話は別だ。
小刻みに噴射させるブースターが今日に限ってもどかしい。
「仮にお前が侵入者側だったとして、途中で見つかった場合の『プランB』は何だと思う? 速やかに目的を達しなかった場合のだ」
用意周到な相手というものは、第一の策が通用しなかった場合の『次善の策』を用意しているものだ。
《プランB? そりゃあ貨物船乗っ取りだろう。それで脅迫して船員に要求を飲ませると。俺ならそうするな。だが、ビーストと人間で合わせて29人を相手に2人は厳しくねぇか?》
テロは装備もそうだが、人数が物を言う。まして……。
《こちらテラ。緊急配備体制が整いました》
テラと地球側の対応も早かった。
《25体のビーストのうち、アンリと原子炉管理技術者のカミーユを除く23体全員を警備担当者と交代。ブリッジ及び主要設備の警戒と、船内の捜索に入ります》
これがビーストを使う利点のひとつだ。『中の人間』を入れ替えることで、状況に即応した体制を採ることが可能になる。
今だけは清掃員も点検屋も貨物室担当もいない。船体破損時に応急修理ができるアンリとカミーユを除く全員が『SP』だ。
「よし、ここだ!」
アンリと二人して、リアクターコントロールルームに辿り着く。
「敵が少人数でこの船を抑えようとするのなら、狙いは2つ……ブリッジと《《電源》》だ。だがブリッジは対テロ対策がしっかりしているからな。だとすれば、電源を担うリアクターコントロールルームだろう。……少なくとも、オレならそうする」