デブリ
ブリッジから狭い穴を垂直方向に降りて行き、クロードはそのまま貨物エリアへと向かっていた。
その途中でメタリックシルバーの鈍い輝きをした人型ボディが《よぉ、元気かい?》と手を上げてくる。頭部は全て黒色のカバーで覆われていて、表情に相当するものはない。必要がないからだ。
「まぁな……この時間帯で『No12』ということは、アンリか? その中身は」
クロードがその胸に大きくマーキングされている『12』の文字を指差す。
《正解。アンリ様よ。俺の番はあと6時間ほどだがね。後からピエールに代わるよ》
『それ』は一種の遠隔操作型ロボットである。
これだけの貨物船となると本来は大勢の人員が操船に関わることになるし、更に24時間体制だから3交代勤務ならば3倍の人員が必要。
しかしそうして単に人を増やすと酸素や食料の問題が膨れ上がってしまう。そこで各業務の担当者が地球にある『コクーン』と呼ばれるカプセルに入り、宇宙空間を隔てた遠隔操作で船内活動を行うのだ。
これなら、1体のロボットを複数人で使い回すことができるので無駄がないし、酸素や食料等の問題は地球で処理すればいいという高いメリットがある。しかもロボットだから船外活動も容易だ。
《今回はこのNo12を含めて25体も『ビースト』が投入されてんだとよ、この船にさ。何かよほど大事な貨物でも乗ってんのか?》
このロボットは正式名称を遠隔体というが、何故か伝統的に野獣と呼ばれている。
「さぁな。オレに聞かれても知らんよ。どうしても知りたきゃあ、船長に聞きな。ローラ様によ」
不機嫌そうにそう吐き捨て、クロードは再び貨物エリアへと向かった。
《ローラ船長? そいつぁ御免だね》
背後でアンリのゲラゲラという笑い声が聞こえる。
《あの冷たい目で睨まれると、こちとら何も言えなくなっちまうんでなぁ!》
「……」
暫くまったく無関係なエリアを無作為に移動したのち、そっとヘッドセットに問いかける。
「テラ、聞こえているかい? オレの近くに誰かいないか?」
《いません。全員の船内位置は各人のヘッドセットとビーストの位置情報で把握しています》
「……了解」
それを確かめてから「『中の人』に繋いでくれ」と言って、『件の貨物』にそっと近寄る。
「あー……聞こえてますか? クロードです。船内での生活について、簡単にご案内したいんですが、入ってもよろしいでしょうかね?」
普段は使わない敬語がちぐはぐになって具合が悪い。
《え? ああ、どうぞ。ドアロックは開けました》
ヘッドセットから聞こえてくる声は、落ち着いている様子だった。
「失礼します」
軽く胸を張り、やや緊張しながら室内へと入る。さっきは気が付かなかったが、臨時に設えたにしては調度品も随分と凝ったもので揃えてある。彫りの深い重厚感のある彫刻に、白を基調とした色使い。
「い、いいお部屋ですね」
ローラが『顔を見ていない』と言ったことが頭をよぎり、直接に顔をマジマジと見られない。話の切り出しとしては部屋の備品ぐらいしか思いつかなかった。
「ええ、古いバロック様式なんです。私が好きなもので」
少し嬉しそうな声色は、不思議と安心感を覚えるというか。
「たった4日間の旅なので別にここまで揃えて頂く必要もなかったかも知れません。ですが『少しでも不安を和らげることができるのなら』と。……ありがたいことです」
「おほん! あのー……その、4日の間の生活についてですが」
しまった、こんなことなら髪ももっとチャンとセットしてくればよかったと後悔してならない。『1時間の早起き』で、身だしなみに掛ける時間をかなり『節約』してしまったのだ。
「まず、『この部屋から出る』ことは基本的にないと思ってください。事情を知っているのはオレと船長、それに通信士のメアリーと機関士のパブロの4名だけなんで。後の連中は何も知ってはいません。次に……」
そこまで語ったときだった。
《ビィィィ!》
突如、室内に警報音が鳴り響きだした。
「な、何だぁ?!」
クロードが思わずカグヤを背中に匿う。それと同時に、ヘッドセットから緊急事態を知らせるテラの音声が飛び込んできた。
《緊急事態発生。B-12ブロックで大きな衝撃を観測。何かが外部より船体に衝突したものと判断できます。船内空気が外部に漏れ始めています》
《ビィィィィ!》
非常事態の発生を知らせる警報音は尚も鳴り続けている。
「な、何があったんですか?」
カグヤがクロードの背後で不安そうに声を絞る。
「……テロではないと思いますがね」
だが、『万が一』という可能性も捨てきれまい。
「ここにいて、絶対にドアを開けないでくださいね。それと……」
チラリと背後を見やる。見事なオッドアイが恐怖に潤んでいるのが分かる。
「何か、護身用の武器とかはお持ちで?」
「い、一応……。貸与されて常日頃から携行しているものがあります」
そう言って、カグヤが鞄の中から小さな拳銃のようなものを取り出した。
「……波動銃ですかい。なるほど、これなら宇宙船の中でも気兼ねなく使えるな」
普通の銃器は船体を破損させてしまう恐れがあるので使いにくいのだ。
「ただそうは言っても、このタイプは注意書きにもある通り『1回こっきり』しか使えない緊急用ですんでね……大事にしてください。では、私は調査と対応に行ってきますんで」
そう言い残し、クロードは通路へと飛び出した。
「テラ! 船内の状況はどうなっている?!」
ヘッドセットに呼びかける。
《続報。B-12ブロックで外部より何かが船体に直撃。3重の外装板全てに貫通穴が発生。船内の空気が漏出中。B-12ブロック内は『バルーン』で緊急対応中》
穴が開いた場所の付近は気圧が急激に低下する。それをセンサーが感知すると付近の通路にある『バルーンシステム』が起動するのだ。
バルーンとは窒素で膨らませる大小様々な大きさをした風船である。これを通路上に放出すると宇宙へ漏出する空気の流れに乗り、空いた『穴』へと勝手に誘導されていく。そして、空いた穴に『詰まらせる』ことで大まかな応急補修が可能になる。
《漏出率、大幅に低下。バルーンの効果を確認。B-12ブロック、及び隣接するB-13ブロックは圧力隔壁を遮断》
バルーンが効いたことを確認してから気密を保持するための圧力隔壁を閉じていく。緊急時に素早くバルーンを効かせるため、普段はなるべく開けてあるのだ。
「『浮遊物』か……!」
地球に近い軌道上には壊れた衛星の残骸などが長い期間漂っている場合がある。これが『浮遊物』だ。
高速で地球の周囲を周回しているこれらの破片は、時として航行する船に大きなダメージを与えることがある。これだけの大型貨物船ともなると船体の面積も大きくなるから、そのリスクは人工衛星なとどは比較にもならない。
「船内の気圧は?!」
圧力隔壁を閉めたとはいえ、ある程度の空気の漏出は避けようもない。
《0.002Mpa低下。緊急用の液体酸素ボンベでの補充を開始》
突発事故ではあったが、船全体の航行には影響しないレベルだろう。……現時点では、だが。
《何てこったい!》
いつの間にかクロードの脇に『No12』……さっきのアンリが来ていた。
《まったく! 掃除屋どもは何を仕事サボってやがんだよ!》
ビーストの黒い顔面に表情はないが、その声色にはイラつきが滲む。
「……掃除も、完全って訳じゃあないからな」
宇宙空間を漂うデブリから船の安全を守るためにデブリの回収を行うのが掃除屋と呼ばれるチームだ。だが、デブリも自動車サイズの物から、ネジ1個レベルの物まで千差万別。完璧に拾い集めるのも容易ではない。
《クロード、ブリッジに戻ってきて》
ローラから呼び戻しが掛かる。
「破損箇所の確認と補修はいいんですかい?」
多少、後ろ髪を引かれる気もするが。
《そっちはアンリ達ビーストに任せるわ。どっち道、船外活動が必要でしょうし》
開いた穴は船外に回って『パッチ』を当てる必要がある。生身の人間でそれをやるのは大変だ。
「ち……っ! 仕方ねぇ、じゃあなアンリ。そっちは頼んだよ」
『No12』の肩をポンと叩いて、クロードがその場を後にする。
《おぅ、任せとけ。ちゃんと修理しておいてやるからな》
ブリッジに向かうクロードの背中に、アンリが背後で手を振った。