決着
「あなたクロード? ……何がどうなったら、こんなところにいられる訳? それともあなた、幽霊か何かかしら」
ローラが不機嫌そうに、ずいっと前に出た。足元の砂塵がふんわりと舞い上がる
「いや、ちゃんと両足は着いてるさ。オレは悪運が強くてね。例え1対128でも勝つときは勝つんだよ。知らなかったか?」
「知っているわよ」
苛立ちを隠そうともせず。
「その『悪運の強さ』とやらで、エヴァを殺してくれた……」
「いや、違うな」
ローラのセリフをクロードが途中で遮った。
「エヴァは、死んでいなかった」
「……何を言ってるの?」
僅かに、ローラの声が上ずったような。
「ディスパイネ号事件のとき、エヴァは仮死状態を維持したまま地球の医者に引き継がれた。……その時の医者に、ゼグラス独立党の関係者でもいたんじゃないのか? オレたちの元に帰ってきたのはエヴァの遺体じゃなかったんだ」
あのときは動揺もあったが、今思えば確かに何処か人形のような違和感があった。
「あれは、精巧に作られた人形だったんだ。……死体という思い込みがあったから、違和感があっても気付けなかった」
「エヴァの生存を隠したっていうの? 何のために?」
ローラが、右手で『偽カグヤ』を庇うようにしている。
「今日のためさ。ゼグラス国家元首の引き継ぎをするタイミングですり替え、合法的に政権を掌握するための『替え玉』候補として選ばれた……としたら?」
偽物になりきるには、なるべく本物に似ている必要がある。エヴァは年齢や背格好、顔つきなどその条件に近かったのだ。
「本物と入れ替えるためには、戸籍やIDなど足跡の付かない偽物を用意する必要があるだろ? そうしないと『行方不明者』が出ちまうから。『死人』の方が具合がいいんだ。それも、両親すら生存を知らないほどに」
そして、秘密裏にエヴァの治療は続けられた。当然、学校になど通えるはずもなかった。
「そこにいるパブロの爺さんがゼグラス独立党のトップだって? なら話は早い。ローラとは昔からの知り合いだしな。そして、ゼグラス独立党に関与している医療スタッフの力を得て記憶を復活……。今日の策謀を聞かされた、そんなところじゃないのか?」
ならば、《《目の前にいる偽カグヤ》》は。
「久しぶり、と言えばいいのか? エヴァ。今年で14歳か……大きくなったな。分からなかったよ、流石に」
ヘルメットの中で、自然と涙が頬を伝う。
「よく考えたら、お前が使った『ネクタリンブロッサム&ハニー』はローラが離婚前によく使っていた香水だった」
「……パパ」
エヴァが小さく呟いた。
「どうして分かった? この女がお前の娘だと」
パブロが低く唸った。
「顔付きがな。最初から何処となく『ローラに似ているな』と思ったんだ。それから、同じ甲殻類アレルギー……。そして、色々考えたんだ。ローラが何でゼグラス独立党に肩を貸すのか」
無論、死んだと思っていた娘の治療に対する恩もあるだろう。だが、それとは別に。
親としての、『野心』があったとすれば。
「自分の実の娘が『ゼグラスのトップ』というのも、中々の出世だろうしな。そこを引き換えにさせられたとすれば不思議はあるまいと、そう考えた」
「あなたはどうしていつも『そう』なのかしらね」
いつの間にか、ローラの手にもチズルロケットガンが握られている。
「そうして『社会正義』とやらを第一にして、家族を犠牲しても構わないと思っている。そういうところが、私は嫌いなのよ」
「ローラ、止めるんだ。もうお前たちの企みは露見している」
チズルロケットガンの照準をローラに合わせ直す。
「それで、またしてもエヴァを殺す気なの? 国家反逆罪は死刑だって知っているでしょ? 下手をすればその場で銃殺だって許されるのよ。あなたが振りかざす薄っペらい正義感のせいで!」
両手で構えたチズルロケットガンが、微かに震えてる。
「あなたが死んでくれはばそれで全て丸く収まるのよ、クロード。……後のことは何とでも言い抜けられるわ。だから……ここで見せて頂戴。親としての覚悟ってヤツを!」
そしてチズルロケットガンの引き金が、引かれた。
「あぐ……っ!」
悲鳴と、宇宙服を引き裂いて飛び散る鮮血。地球の1/6しかない引力の地面にゆっくりと崩れ落ちたのは、ローラだった。
「ママ!」
エヴァが慌てて駆け寄る。
「パパ?!」
エヴァがクロードの方を見やるが。
「いや、今のはオレじゃな……」
驚いて見つめる先にいたのは、ガンを構えてローラの背後にいたパブロだった。
「パブロっ! あんた、まさか!」
「この女が自分で言ったことだ」
パブロが、ゆっくりとガンを持つ腕を下げた。
「『子どものために自分が犠牲になってみせろ』と。ならば、言った通りにさせようと思ってな」
「馬鹿な!」
慌てて地面を蹴ってローラに近づくも、胸に大穴の開いた彼女は、すでに息絶えていた。
「何てことを……」
その静かになった亡骸を、クロードが力強く抱きしめる。
「これでいい。どっちにしろもう逃げられんのだろ? これ以上ローラに食い下がられると、死刑になる人間が増えるだけだ」
パブロが横を向いて呟く。その視線の先から、次々とライトを点灯させた月面用装甲車がやってくる。パブロたちを油断させるため、少し離れた場所で待機させてあったのだろう。
「メアリーとエヴァは、ワシが脅かして無理やり協力させていたと証言しておく。そうすればそれほど刑期は長くあるまい。そんで、ワシは銃殺刑か終身刑だ。まぁ、どっちにしろ老い先短いんだ。別に文句はない」
メアリーが、ペタリと地面に座り込んだ。まるで放心状態になったかのように。
「……ねぇパパ」
静かに目を閉じた母親のヘルメットを撫でながら、エヴァが囁く。
「私は何を信じたらよかったの?」
「信じる?」
「そう。ママは言ってたの『エヴァはパパを信じてディスパイネ号で死にかけたのだから、パパを信用したらダメだ』って。でも、私はアウル号で見ていた思ったの。パパはママのことを凄く大事に思っているんだなって」
クロードが操舵手としての資格を得たのち、彼がローラの船に任官を希望したのは『傍にいてあげられるから』だった。
「ママはずっと私のことを思ってくれていた。救助ボートでママとじっと隠れていたときも、『絶対に大丈夫』と励ましてくれた。地球にいたときも『あなたはゼグラスのトップになるのよ』って、喜んでくれたの。でも……」
ローラが進めようとしていた道は、本当にエヴァのためだったのか。それとも、親としての虚栄心だったのか。
「パブロさんたちを始めとして、ゼグラス独立党の皆んなは私を大事にしてくた。とても優しかったし、怪我も治してくれた。でも、『こうなる』んだよね?」
装甲車から降りてきた男たちの手には、無骨なチズルロケットガンが握られていた。もう、すぐそこまで来ている。
「ねぇ、教えてパパ。私は何を信じればよかったの?」
泣きじゃくる声。
「すまない、エヴァ」
愛娘の背後にそっと寄り添い、クロードがその震える肩をしっかりと抱きとめる。
「オレはお前の問いに、分かりやすい答えを与えてやれない。何故なら、オレも含めて未来を完全に予見できる人間はいないのだから」
「だがな」
ゼグラスの兵士たちだろう。もう、クロードの真後ろにまで迫っている。引き渡しをしなくてはならない。その横ではメアリーとパブロが捕縛されている。
「ひとつ覚えておけ。人は変わるものだという事実を。よくも悪くも人は決して一処にずっとはいない、変わっていくんだ。仲間だった人間が敵にまわることもある。敵だったヤツが味方になることもある! だから……」
《エヴァ・ウィンディールだな? ゼグラス警備隊だ。お前には国家反逆行為に加担した容疑が掛かっている。さぁ、来てもらおう》
やってきた兵士が有無を言わさずエヴァの腕を掴む。
「だから、今を信じろ! 今という時間に耳をすませろ! 過去に囚われるな! 先を考え過ぎるな! 今を……お前の今を!」
最後の言葉が届いたのか、届かなかったのか。エヴァの姿は装甲車へと消えていった。
「何を……信じれば……か。ああ、オレもそれが知りたい」
見上げた暗い星空が、溢れ出る涙に滲んで霞んだ。
完




