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漂着

「このままだと船の空気はいくらも持たねぇ! 直に真空になっちまう。確実に気密を確保できるのは、この狭いブリッジだけだ……」


 そして、この船に乗っている『生きている人間』はあと2人いるのだ。


「……そう簡単に死なせるわけには行かねぇよな。オレの分の酸素は減るかも知れんが」

 ふぅとひとつ息を吐き、気を引き締める。


「考えてる暇はねぇ!」

 ブリッジを飛び出し、まずはラウンジ下にあるパブロの部屋へと向かう。パブロが言う通り、扉が開かないように通路と扉の間に鉄のパイプが橋渡ししてあった。


「こいつを……取り外して……っと!」

 ドアを開け、「おいっ!」と怒鳴る。


「あっ! あなたは……」

 中に、無精髭の伸びたエドガーがいた。かなり弱っている様子。


「説明は後回しだ! いいからオレについて来い! このままだと皆んな死ぬぞ!」

 混乱しているエドガーを引きずり出し、今度は『本物のカグヤ』が眠らされている部屋へと向かう。


「ここだ!」

 部屋のドアを無理やり開けて『昏睡』のスイッチを切ると、中にいた女性が薄っすらと目を開けた。ブラウンに染められていた髪の毛の根本が、少しだけプラチナのような色をしている。時間の経過で、髪がそれだけ伸びたのだろう。


「こ……ここは?」

 本人は何が起きているのか全く理解できていないに違いない。


「あんた、『カグヤ『さんかい? 間違いない?」

 クロードの問いかけに、『本物』がコクコクと小さく2回頷いた。


「そうか、よかった。とりあえず『何があったのか』は後回しだ。それより今はオレたちの命がかなり危険なんだ。一緒に来てくれ。ブリッジだ」

 そして、まだぼんやりしているエドガーを呼ぶ。


「こっちへ来い! ここにある酸素ボンベと二酸化炭素吸引器を運ぶんだ。オレはカグヤさんを抱えていく!」


「は、はい! こ、このボンベですね?!」

 あたふたしながらエドガーが部屋にあった黒色のボンベと吸引器を抱き込む。


「そうだ、急げ! もう気圧が持たない! 0.6気圧を切れば低酸素症で動けなくなる危険があるぞ!」


 船内気圧の低下は更に進んでいる。通路全体に空気の流れを感じるほどに。ブースターを全開で吹き、必死にブリッジへと戻る。


「エドガー! そのハッチを閉めろ! 気密が確保できるはずだ!」

 クロードの指示で、エドガーが慌ててブリッジのハッチを閉める。


「そして……酸素だ。酸素瓶の調圧器を開けろ」

 シュゥ……という音がして、ブリッジ内に酸素が満ちていく。


「ふぅ……エドガー、気をつけろよ? 酸素は多ければいいってモンじゃねえ。息が普通にできるようになったら止めるんだ」


 そう言いながら、クロードは二酸化炭素吸引器を電源につなぎ込んでいた。


「こういう狭い部屋では二酸化炭素の濃度が問題になるからな……だが、これでいい」


「さて、そしてここからだ」

 ちらりと窓の外の様子を窺う。


「見てろよ? 意地でも月に到着してやる! まずは……」

 普段はローラの座っているシートに身を沈めて、パスコードを入力していく。


「船長と操舵手はパスコードが共有できるってローラが言ってたな。ならばオレのパスでも船長の管理権限にはログインできるはず。そして、機関士のパスコードは」

 エドガーに、「そこの椅子に座れ」と指示を出す。


「よく聞け。お前はカミーユの代わりでビーストを使ってリアクターコントロールルームで運転をしていたろ。パスコードを持っていたはずなんだ。違うか?」


「は、はい! カミーユさんから『緊急時用』として預かったパスコードが」

「それを入力しろ! 早く。そうしないと機関が動かせんぞ!」

「わ、分かりました!」


 エドガーがパネルにパスコードを入力していく。


「認証、通りました!」

 安堵した声。


「オーケーだ。とりあえず、スラスターの燃料元バルブを止める指示を送れ! これ以上、燃料を宇宙へバラ撒く訳にはいかん」


「りょ、了解です!」

 手際いい操作で、開放されていたバルブが閉じられる。


「よし、これで燃料の流出は止まったか……」


 だが燃料タンクの残量はすでにメーターの下限値を振り切っている。もうどれだけ残っているのかを正確に知る方法はない。

 スラスターの止まったときが、燃料と運命の尽きた瞬間。


「見てろよ……オレは『悪運』には強いんだ。意地でも月宇宙港に着陸してやるからな!」


 険しく見開かれたクロードの両眼が高らかに吠えた。


「しかし……クロードさん、ブリッジの酸素はこれでそこそこ持つと思います。だったら無理をせずにこのまま救助を待っては? 今の残り少ない燃料で月に接岸するのはかなり難しいです」


 エドガーの提案に、クロードは「ダメだ」と首を横に振った。


「何としてもローラたちより先に到着したい。そうしないとローラたちが『あっちの船に残っているのは全員敵だ』と吹聴しかねん。何しろ、こっちにいるのは『月世界自由同盟の生き残り』と『謎の侵入者女』だからな……下手すりゃ、その場で全員射殺だぜ」


「で、では、どうやって?」

 

「そこでお前さんの出番なんだよ、エドガー」

 『射殺』と聞いて顔面蒼白になっているエドガーの顔をクロードがジロリと睨みつける。


「重粒子偏流加速器を使う。これを、ほどほどに回すことで見せかけの質量を増やし、月に引っ張られやすくするんだ。後はオレがスラスターでどうにか体勢を整える」


「そ、そんなことが……。訓練でも経験がありません!」


 スラスターの推力に頼れない今、質量が『軽い』と月に接近できない。だが少しでも『重くしすぎる』と月面に激突してしまう。求められるのは絶妙なバランス感覚だ。


「やるんだよ、死にたくなければな! 何、出力の具合はオレが指示するからお前は黙ってその通りにしてろ。あとは、あのクソったれの爺ィが拘ってメンテしている機械がちゃんと応えてくれると信じるしかねぇ」


 そして、最後に残る問題は……。


「メアリーの持っている通信士パスコードが無いから、地面までの正確な測量ができねぇのが難題だな。この巨体だし下手すりゃ胴体着陸になっちまうが、そこは覚悟を決めて気合で行くしかないか……」


 距離と速度が目見当になると、それだけ接岸時に激突の危険が増す。百戦錬磨のクロードではあるが、それでも胃液が逆流しそうなほどの緊張が全身を疾走る。

 と、そのとき。


「あ、あの!」

 『本物』のカグヤがおずおずと手を上げた。


「もしかしたら、出港前に私が預かったパスコードが使えるかも知れません。確か『通信士用パスコードだ』と聞きましたので」


「何だって?!」

 クロードが思わず振り返る。


「船に何かあって救助ボートを使うとなったら、私一人になるかも知れません。そうなったら通信士用パスコードがないと救助を頼んだり現在位置を確認したりすることも不可能になるので、『お守り』だと……」


「すぐに座ってくれ! そこのシートだ!」

 主を失った通信士のシートをクロードが指差す。


「は、はい!」

 少し窮屈そうにして『本物』がシートに身を沈める。


「パ、パスコードを……」

 タッチパネルで、聞いていたというIDとパスコードを入力していく。


《パスコード、認証しました》

 操作パネルが一気に明るくなり、モニターに次々と光が灯っていく。さっきまで死に体だと思われていたアウル号が、まるで息を吹き返したかのように。


「よっしゃあ! これでかなり希望が出てきた! カグヤさん、そこの数値だ、そこの数値を10秒に1回づつ読み上げてくれ。それだけで、後はこっちで何とかする!」


「こ、これですね。『月面との相対距離』……わ、分かりました!」


「行ける……行けるぞ、今度こそ行ける!」

 気合を入れ直し、クロードがハンドルを強く握り直す。


「絶対に、こっちが先に到着してやる!」





 ……それから暫くして。


 月の表面、地球が全く見えない荒涼なクレータの一角に『救助ボート』は漂着していた。


「ホントに、こんな離れた場所でよかったの? パブロ」

 簡易宇宙服に身を包み、一番最初にボートを降りたのはローラだった。


「ああ、これでいい。仲間が月面車で向かえに来てくれる。迂闊に宇宙港へ直接に入ると、アウル号の《《発見》》が早まるからな。そうするとクロードたちが生き残っている危険もある……『離れたところへ不時着』の体にして時間稼ぎをした方がいい」


 ローラに続いて、メアリーが降りてくる。


「……やっと月に帰ってきた感があるけど。でも何だか安心しないよね。ちゃんと決着を見ないとさ」


「大丈夫なんでしょうか、アウル号は?」

 満天の星空を見上げながら、『偽カグヤ』が降りてくる。


「大丈夫よ。抜かりはないもの」

 ローラか素っ気なく答えた。すると。


「お……向こうから車が来たな。あれだろう」

 ライトを着けて、一台の古い月面車がゆっくりとやってくる。


「おーい、ここだよー!」


 メアリーが両手を振ると、月面車がその近くで停車した。そして、中から『運転手』がのっそりと姿を現す。ヘルメットを被っているから、その顔は見にくいが。


「……遅かったな。一足先に着いて待っていたよ」


 チズルロケットガンを構えたその男は、クロードだった。

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