偽者
「な……何を言いだすのよ、突然!」
ローラの顔から血の気が引いている。
「クロード、あなたずっと一緒だったじゃない! カグヤ様と!」
「ああ確かに。ニュートン航法の直前からはな。多分、すり替わったのはその少し前……成層圏に出てからだ。そもそも『あの侵入者』は救助ボートでこのアウル号に乗り付けて来たんだろ?」
それは、あの『謎の女』と『ビースト1体』がやって来たときだ。
「だが、第二宇宙速度(約マッハ33)に達していたアウル号に、貧弱なスラスターしかない救助ボートで接近するのは能力的に全くの不可能……だったら『その前』からいたんだ。ニュートン航法に入る前から。そしてオレらの気付かない間に例の貨物室に乗り込み、すり替わったんだろ」
「な、何をいきなり! もしもそうだとするなら『本物』は何処に行ったって言うのさ!」
メアリーがクロードとカグヤを交互に見比べている。
「あの、オレたちが侵入者だと思っていた『謎の女』。あれこそが、本物なんだろうよ。……DNA分析でもすれば、一発で分かるさ」
「何があったと言うんだ……?」
慎重に言葉を選びながらパブロが尋ねる。
「こういうことだ」
すう……とクロードが人差し指を立てた。
「多分、元々はオレたちがニュートン航法に移る前に成層圏ですれ違った貨物船……『偽カグヤ様』はそこで待っていたんじゃねぇかな。で、オレたちが成層圏に出てきたところで、救助ボートを使って接近、乗り移ったんだ」
カグヤはクロードを睨みつけたまま黙りこくっている。
「そして、例の貨物室へやってきて『キーキャンセラー』を使って内部へ侵入。中にいた『本物』に波動銃を浴びせてノックアウトしたんだ。もしかしたら、睡眠薬か何かを注射したかもな。起きられると困るから」
「彼女がそんなことをしたという証拠でもあるの?」
問い掛けるローラにクロードが小さく頷く。
「波動銃の扱いはな、案外とコツがいるんだぜ。相手を失神させようとすると、それなりに照準を絞らないといけないから狙いに正確性がいる。それに背中を何かに預けないと発射の反動で吹っ飛ばされちまう」
一撃で仕留めるには、それなりに訓練が必要なのだ。とてもではないが『素人が突然の侵入に対応』するのはほぼ不可能。
「『お姫様』には、ちとハードルが高かったはず。だから、射撃そのものはあのビーストが担当したんじゃないかな」
「いや、でも!」
おろおろと、メアリーがクロードに反論する。
「外見が……」
「んなモノはどうにもなる。髪は色素抜きで、オッドアイはカラーコンタクトとかな。……違うかい?」
カグヤはやはり、何も言わない。
「ノックアウトした『本物』は、見つからないように『人間洗濯機』の中にでも押し込んであったんだろう。だがそれにも限界がある。清掃担当のビーストが来たら、見つかっちまうからな。そこで、デブリ騒ぎから侵入者騒動を演出したと」
「クロード、お前が言う『本物』の外見はどうするんだ? ワシは見ておらんが、銀髪ではなかったのだろう?」
パブロの言う通り、カグヤの部屋で見つかった『本物』はブラウンの髪色をしていた。
「染色だよ。侵入者騒ぎの時に、失神している『本物』の髪を無理やり染めたんだ」
「染色? 」
聞き返すパブロに、クロードが自分の鼻を指差した。
「嗅覚はオレの自慢のひとつでね。『本物』があの部屋で見つかったときに、オレは『鼻を突く匂い』を感じたんだ。そのときは何か分からなかったが……。あとで破壊されたスラスターのエンジンルームで『似た匂い』を嗅いでね。それで分かった」
「な、何の匂いだったの?」
メアリーが固唾を飲んで聞き入っている。
「酸化剤だ。燃料の支燃剤に使うんだよ。そして、髪の染色剤にも似た成分が入っててな。だがこれは結構キツい匂いするんだよ。だから、それを誤魔化すために」
カグヤが肩で息をしている。視線が宙を泳いでいる。
「あんたは香水を使ったんだ。そう、ネクタリンブロッサム&ハニーを。あのとき部屋にはピーチの甘くて豊潤な香りが満ちていたが、あれは着けてから2時間ほどだけ香るミドルノートだ。時間的に言えば……着けたのはデブリ騒ぎの少し前かな? 少なくとも『風呂上がり』じゃあなかったはずだ」
カグヤの顔に余裕のようなものは無かった。僅かな殺気を宿したきつい目付き。
「他にも不自然な点はあったんだ。それは『クロードさん』という呼び方だよ。ミスターでもなければ肩書でもない『さん』呼びは、フェニックスの内輪でしか使わない独特な文化でね。あまり知られていないんだ。なのにあんたは最初から『さん』で呼んでいた。……何処で聞いたんだい?」
メアリーがこのピリピリした空気にクロードとカグヤの顔を見比べてハラハラしている。
「決定的だったのが、その『缶詰』だ。オレがあんたの部屋へ行ったときに、あんたは『シュリンプの缶詰』をオレに食べるよう言った。それは多分、月に着いたときに『未開封』の缶が出て、それが甲殻類に集中することで疑われるのを避ける……という目的があったんじゃないのか?」
クロードが、再び金色の帯をした食べかけの缶詰を前に突き出す。
「で、最初の質問に戻ろう。この缶詰、食べられるのかい?」
「いえ、無理です」
ゆっくりと、カグヤが俯きがちにして首を横へ振った。
「仰る通り、私には甲殻類のアレルギーがありますので」
それは覚悟を決めたようにも見えて。
「……なるほどね。ついでに言うと、あんたは比較的穏健派として知られる『ゼグラス独立党』とやらの人間かい? そしてゼグラスの政権を合法的に手に入れようとしている」
「否定はしません」
小声で答える。
「だとすると、だ」
クロードがラウンジを見渡す。全員が、厳しい眼差し。
「この中に協力者がいる。彼女一人では色々と不自由だからだ。バックアップができる人間が必要なんだ」
「……誰だと言うの?」
低い声で聞き返したのはローラだ。
「ああ、そうだな。……なぁ、メアリー。お前に聞きたいことがある」
メアリーの表情に、明らかな狼狽が走る。
「な、何を……」
「お前、地球へリターンするとなって食料不足の話が出たときに『カグヤの所持している食料を食べたい』と言っていたろ。あれは、どうしてだ?」
「いや、ほら、だって! あたしは美味しいもの大好きだし! い、いい物が食べられるって言うなら……」
「それは本音かも知れないが、お前は嘘を言っている」
ピン……と缶詰を指で弾き、メアリーの元へと戻す。
「お前は月世界の人間なんだ。『次期国家元首』が超VIPだというのは、最初から自覚していたはずだ。何しろ出港前ミーティングでも『超VIPなんだし』と言ってくらいだしよ。そんな超VIPの食料を横から奪うような真似を平気でするとでもいうのか? 平民のお前が」
「そ、それは……!」
「メアリー。お前はオレから話を聞いてカグヤの所持している食料に甲殻類が混じっているのを知った。多分、お前はここにいるカグヤが甲殻類アレルギーなのを何処かで聞いて知っていたんだ。そこでお前は『食いしん坊』のふりをして、そうした甲殻類の食料を片付ける係を名乗り出たんだ。……自然にね」
皆んなで食べてしまえば、誰が何を食べたのか分からなくなる。そして、疑われる要素を消してしまえば。
「だから、その缶詰も『エビ』だ。これは偶然なんかじゃあない。そして」
メアリーには、《《大事な仕事》》があった。
「お前が仲間であれば、色々と捗ることもあったはずだ。例えば、接近してくるカグヤを乗せた救助ボートを感知しないようにするために、センサーの感度をギリギリまで下げておくとか。あるいは……」
メアリーが何かを言おうとしているようだが、金魚のようにパクパクと口が動くだけで、言葉になっていない。
「今のようにテラへの量子通信を妨害したり、とかだ。違うかい?」
「……どうしてテラへ通信が繋がっていないと?」
探るようにメアリーが聞き返す。
「これだけの会話しているのに、テラが何も言わないからな。お前はな、普段こそ馬鹿っぽいキャラをしているが頭は決して悪くない。何しろ難関と言われる宇宙通信士の免許を、その年齢で取得しているんだから」
超高倍率で知られる宇宙船員の中で、最も難しいのが船長を兼ねる航海士である。次いで操舵手、そして通信士、最後に機関士とされる。
「オレが操舵手として認められたのは、ディスパイネ号事件での実績と対応力を買われたからだ。それくらい、宇宙船乗りなんて簡単に就ける職種じゃあねぇんだ」
よほどの傑出した才能がなければ。それも、超VIPの乗る船を担当できるほどの。
「お前は高い能力を持った、計算のできる人間なんだ」




