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リターン

「何かこう……不思議な光景だな」

 ブリッジの前方には、輝く地球が見えている。


「荷物満載なのに、地球へ向かっているっていうのはさ」

 クロードが頭の後ろに両手を回し、退屈そうに呟いた。


 アウル号は大減速を終え、地球へ向けてターンを始めている。予定で行けば3日後に地球の衛星軌道へ到達できるはずだ。フェニックスではそれに合わせ、急いで待機していた別の貨物船を応急整備して燃料を積ませているという。


「……長く船に乗っていれば、それだけ不測の事態に陥る可能性も高くなるものよ。事故っていうのは確率論だから。私の場合もそうだったし」


 ローラはずっとモニターを見つめている。異常が出ていないか、入念にチェックをしているのだろう。


「事故か……そういえば、あれも7年前だったか」


 『ひたすら進むしか無い』という状況で、操舵手(ヘルムズマン)としての仕事は無いに等しい。


「ええ、そう。私が操舵手(ヘルムズマン)として乗っていた中型貨物船で、空気循環装置が壊れてね。過去に例のない原因での破損だから発見が遅れたのよ。お陰で私のいたブリッジ内が酸欠に陥って」


 ローラと、一緒にいた通信士の船員が意識を失う事態に発展。たまたまブリッジに戻ってきた機関士の男が早期に発見したため、一命を取り止めることはできたが。


「記憶障害……。事故の前、10年分くらいの記憶がかなり断片的なのよね。もう二度と宇宙船には乗れないかと思って随分泣いたけれど」


「確かに記憶憶害による欠格扱いで操舵手(ヘルムズマン)の免許は失った……だが《《航海士》》試験を受け直して現役受験組を抑えてのトップ合格だったんだろ? 常人離れした勉強量だったはず。誰も文句は言えねぇよ」


「……まぁ、どうしたって現役は実地で勉強しているからね。記憶とトレーニングだけの連中よりは間違いなく有利。その辺りの勘を忘れずにいられたのは大きかったでしょうね」


 ブリッジには微かな機械の振動音だけが伝わってくる。後は、まったくの平和な空間。


「カグヤ様はローラ船長の部屋で寝泊まりかい?」

 彼女の部屋はキースたち侵入者に手によって壊されているから、もはや使い物にはならないのだ。


「そうね。この船で『一番いい部屋』っていうと、そこしかないから。私は別に何処でも寝られるし。一応、メアリーの部屋を交代で使わせてもらうことにしたわ」

 そのメアリーは今、ブリッジに姿がない。


「メアリーは……カグヤ様の『遊び相手』をしてんのか?」

 

「ええ。何か知らないけど気が合うみたい。歳が近いし、女の子同士で話が合うんじゃないの? さっきまで上の観測台で星を見ていたみたいだけど」


 観測台は、不意に発生した天文現象などを観測するためのスペースだ。少々狭いが高感度カメラが24時間体制で自動観測を続けている他、人間が観測するための望遠鏡も用意されている。


「昨日はハンドブースターを使って『追いかけっこ』で遊んでいたからな。一応、名目上は『船内で異常が生じた場合に備えてのハンドブースター訓練』ってことにして報告してあるが」


 メアリーにしても職場では歳の離れた仲間に囲まれた環境で、歳の近い女の子は嬉しいゲストだったかも知れない。


「かなり上達したって言ってたから、相当に『訓練』したんでしょうね」

 ローラが目尻を下げた。外連味のない、笑顔。


「そうだな……。どの道、宇宙船の生活は色々と慣れないこともあるし。詳しい友達がいてくれるのは有り難いだろうよ。それこそ、慣れてないと缶詰ひとつ掴むのにも苦労するんだし」


「そうね。無重力での生活は慣れないとホントに大変。私も最初の頃は『立ったまま寝る』という感覚が掴めなくて苦労したっけ。今は全く問題ないけど。それと変な話だけどトイレとかね」


「ああ、そうだな。あのバキュームで吸われる感覚ってのは独特だからコツがいるんだよ。オレも地球のトレーニングセンターでも訓練を受けたが、まったく便秘になりそうだったぜ」


 窓の外に見える地球はとても穏やかそうだ。


「このまま何事もなく進んでくれるといいんだけれどね……」

 ローラが、ぼそりと呟いた。


「やぁ、パブロ爺さん。調子はどうだい?」

 クロードがリアクターコントロールルームへとやってきた。


「別に。いつも通りだ。いつも通りの調子を維持しとる」

 パブロは計器類から目を離さないまま、ぶっきら棒に返す。


「ま……そうだろうね。あと2時間ほどで宙上補給のシークエンスを始めるからな。よろしく頼むぜ」


 滅多に機会の無い宙上補給に関しては自動化が進んでいない。だから、その作業のかなりの部分を人手で行う必要がある。特に給油ホースの接続については機関士であるパブロの腕ひとつに掛かっていると言って過言ではない。


「ふん。他人の心配をしとる場合か。それよりも2船の間隔とベクトルをしっかり維持することに集中しとけ。それもフル給油だから6時間だ。途中で寝たりするんじゃないぞ」


「何、仮眠はしっかりとったし。こっちこそ心配はいらねぇさ」

 いつも通り淡々としているパブロに、少し気持ちが落ち着いた。


「ところで……あいつはどうしたんだい? エドガーとかいう宇宙軍の残党は」

 アウル号に侵入してきた7人のうち、6人は死亡している。残りはリアクターコントロールルームを抑えていたエドガーという男だけ。


「ん? ああ、あの若造か。あいつはワシの個室にブチ込んで外から鍵を掛けてある」


「……なるほど。もう他に隔離できる部屋は無ぇからな」

 『貨人室』は内部が燃え尽きているし、強制昏睡の部屋には先客がいる。


「けど、爺さんはどうすんだい? 寝る場所は」


「別に。寝ようと思えば何処でも眠れる。引力がないんだから、何処で寝ても同じよ」

 素っ気ない返事。


「はは……らしいな。ま、それはそうとして。ひとつ聞きたいんだが」

 クロードは壁に寄り掛かる形で腕組みをしている。


「気の所為かも知れんが、今回はいつもより更にエンジンルーム周りにいる時間が長くねぇか? ほとんどの時間を機関の運転と点検に掛けているだろ?」


「……これが最後だからな」

 パブロはクロードと視線を合わせようとはしなかった。


「最後? おいおい、フェニックスには定年なんていう個性を無視した制度はねぇんだぜ。忘れたのかよ?」


「そうでなくてな」

 あくまでも、淡々と。


「出港前にはいつも身体検査が入るだろう? 認識力や判断力といった適格性も試される……そのスコアが、段々と『不適格』に近寄っておってな」

 如何な人間といえど、何処かでは老いと向き合わねばならないときが来る。


「実を言うと今回はアウト判定されてもおかしくなかった。『超重要人物が搭乗する』という理由で、特別許可が降りただけで」


 恐らく、『次』はもうない。その事実をどう自分の中で消化すればいいのか。


「だから、今のうちに見られる場所は全部見ておかんとな。動いていないと分からん劣化もある。何処の部品がどれだけダメージを受けていて、どういう整備が今後に必要になるのか。その詳細のコメントを残しておくのが、ワシの最後の仕事だよ」


「そうか」

 クロードに、それ以上掛けるべき言葉は見つからなかった。多分、何を言ってもそのセリフがあまりに軽く、失礼になるだろうから。


「なぁ、パブロの爺さん。あんたは何で宇宙に出たいと思ったんだ? 何故、宇宙船機関士の道を選んだんだ?」


「ワシはな」

 パブロの目が、遠くをみるように細くなった。


「《《生まれ故郷である月》》に行ってみたかったんだ。ただ、それだけよ。単純な話さ」


「爺さん……あんた」

 それは、初めて聞く話。


「そうさ。ワシは月世界生まれの人間よ。幼い頃に両親が地球へ帰化して、戸籍上は地球人ということになっとるがな。……ワシの若い頃は今と違ってこれだけ気軽に月旅行には行けんかった。宇宙船に乗るには、最も競争倍率が低い機関士になるのが近道だったのよ」


「引退後はどうするんだい? 地球で余生を過ごすのか、それとも月に移住するとか」


「ワシはまだ生きとる」

 パブロの目は再びメーター類へと戻った。


「だから何処へでも行くさ。必要としてくれる場所がある限りな」


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