復帰方法
「何……だって?」
テラの言葉に、クロードが耳を疑う。
「く……っそ! 今、どうなっている?!」
現在値を確認する指が細かく震えているのが自分でも分かる。
「何てこった……。これはヤバいぞ」
最初に敵潜宙艦を振り切るためにした加速、そして特攻してくる相手をかわすために動かした重粒子偏流加速器による影響、更には敵潜宙艦の追従を振り切るための再加速。これらの積み重なりで、船の速度は月の軌道に乗るにはあまりに出過ぎている。更にはその勢いのせいで方向にも大きなズレが生じているのだ。
「これまずいよ、クロード! 早くスラスターで補正をしないと!」
「いや……それがだな」
船のコンピュータでシミュレーションを続ける。
「減速にしろ、方向転換にしろ、どっちにしても沢山の燃料がいる……現在の残量では、とても足りねぇ……」
『どっちに転んでも』。死んだラウルはそう言っていた。それは、ここまで計算に入れてのことだったとしたら。
するとそこへ。
「状況はどう? クロード」
ブリッジにローラが戻ってきた。
「ああ、『いいニュース』と『悪いニュース』がある。どっちから聞く?」
クロードの顔は暗い。とても『いいニュース』があるようには見えないが。
「……未来には希望を持ちたいから、悪いニュースから先に聞かせてくれる?」
「燃料が足りない。このままでは月の宇宙港に接岸はできねぇ」
「そう……月に辿り着けないとなると、月での臨時補給も難しいってことになるわね」
本来、地球から月への貨物船は地球で補充した燃料で一往復を行う。だが、何らかの事情で地球帰還への燃料に不安が出た場合には月で補充するケースもあるのだ。その場合、次の便で補充した分を地球から送り届ける必要が出てくるが……。
「で? 『いいニュース』って何? この状況で何か明るい未来があるの?」
「ああ、そうだな。今日はローラ船長の誕生日だったのを思い出したってことだ。おめでとう」
「そう……自分が何歳になったかを思い出さずにいれば、素直に嬉しいニュースね、それは」
ローラがゆっくりとキャプテンシートへ身を沈める。
「燃料のデータをこっちにも回してくれる? それとメアリー、現在地の情報と月軌道の情報も」
手元のキーボードを操作して、モニターにグラフと3D位置図を表示させる。
「思ったよりも状況は悪いわね……。さて、どうしようか」
航路の決定は航海士を兼ねた船長の役割だ。だが、こういうハッキリとした正解が無いときのそれは容易ではない。
「カグヤ様は? お部屋に戻ってもらったのかい?」
クロードの問いに、ローラが小さく首を横へ振った。
「いいえ。近くにいたビーストからの報告で、例の貨物室は無茶苦茶に荒らされていたって。多分、何処かに隠し部屋がないかどうか探したんでしょう。だから、今は船長室にいてもらっている」
「……可哀想に、カグヤ様」
メアリーがポツリとこぼした、そのときだった。
ズズン……!
突然、ブリッジに地震のような振動が襲った。
「何、今の?」
ローラがいち早く異変に気付く。それと同時に。
《緊急警報 緊急警報》
ビリリ……! と、けたたましい音がブリッジ内に鳴り響く。
《貨人室にて爆発を確認。ブロック内にて火災発生中》
「何だって! 火災……『貨人室』だと?!」
貨人室は、船内に侵入してきた最初の4名をクロードが閉じ込めた部屋だ。
「しまった! 量子通信が回復したんで、ヤツら周りの状況がよくないのを知ったんだ! くそっ! どうせ生きていても軍法会議で死刑は確実……ヤケになったか、自爆テロか」
「テラ、火災の影響は?」
ローラが落ち着いて尋ねる。
《他のブロック内へは波及していないようです。現在は当該ブロック内の空気を急速に吸引し、酸欠消火を図っています。後1分ほどで当面の鎮火はできると推測できます》
「……そう」
酸欠による消火は絶対確実な方法ではあるが、中に生きた人間がいれば確実に殺すことになる。テラがそれを躊躇しなかったということは、中に捕縛されていた人間全員について、地球連合は通常の人間を表す『第一級人権』を剥奪したということだ。
《……火災、鎮火を確認。ただし室温が高すぎるので再着火の恐れがあります。これより5時間の自然冷却に入ります》
テラは淡々と事故処理を伝えていた。
「いい? よく聞いて。色々考えたけど、もうこれしかない」
ラウンジに集められたメンバーの顔を、ローラがゆっくりと見渡しながら切り出した。
今ここにいないのは最初に救助ボートで乗り込んできて強制昏睡させている『謎の女』と、そしてリアクターコントロールルームでクロードが捕縛した宇宙軍反乱分子の『エドガー』だけ。
普段はエンジンルームから出てこないパブロも、そして不安げな表情を隠せないカグヤも同席している。
「とりあえず、このまま船を前後反転させて大減速……これで搭載燃料の95%は無くなる計算ね。でもそうすれば計算上、月を大きく行き過ぎたところで減速完了……月の重力を利用して『Uターン』が可能になるわ」
「じゃあ、そのまま月に辿り着けるの?」
メアリーが前のめりに尋ねるが。
「いえ、それは無理」
ローラが視線を背けて首を横に振った。
「月に接近するためのスラスター燃料がどうしても足りないのよ。そこでここは一旦、『通り過ぎる』。そしてそのまま地球へと向かうの」
「地球へ? 出戻るってのか?」
意味が分からないとばかりにクロードが眉をひそめた。
「ええそう。それで地球の引力を利用して衛星軌道に入り、そこで別の宇宙貨物船に待機してもらって燃料の追加補給を受けようってわけ」
「……なるほど、宙上補給か」
パブロが身を乗り出してきた。
「訓練ではやることがあるが、実際にやるのは多分、有史以来始めてだろうな。とりあえずワシには経験がない」
『妖怪』とまで称されるパブロにして経験がないということは、多分本当に『初めて』なのだろう。
「しかもこれだけ大型の船での宙上補給は訓練でも前例がほとんどないはずだ。……ぶっつけ本番にはなるだろうな」
クロードがゴクリと喉を鳴らした。
地球近辺、衛星軌道での飛行速度はマッハ20以上。その困難さは荒れる外洋での海上補給に匹敵するとも言われる。操舵手としての技術の全てが試されると言って過言ではないだろう。
「難しいのは承知の上。でも、今となってはそれしか月の宇宙港に接岸する方法は残ってないのよ」
ローラの瞳に固い決意の光が宿っているのが見てとれる。
「船長が『それしかない』と言うんだ。ワシはそれに向けて準備するだけよ」
パブロに異存はないようだ。
「あたしもー! 船長に一任しまーす!」
メアリーが右手を高く上げた。
「……私は、よろしくお願いしますとしか言いようがありません」
カグヤが深々と頭を下げる。
「……カグヤ様だけでも、先に月へ回収してもらう訳にはいかねーのかよ?」
クロードの質問に、ローラはまたしても俯きがちに首を横へ振った。
「それも考えたけれど、ゼグラスからは『今は難しい』って。月世界自由同盟の連中が宇宙港やその上空で暴れているから、安全が確保できるまで待ってくれって」
「ち……っ! まあいい。どの道、ローラ船長が決めたことに『No』はねーよ。ただ問題なのは、航海が伸びたことの食料不足だが……」
現状、人間の数は『7人』という形になる。1人は眠っているから不必要としても、6人で更に月と地球の一往復なのだ。
「計算上、航海は7日伸びることになるわね。一応非常食もあるにはあるけど、全員の分を確保できるかどうかは在庫を見てみないと……」
「あの!」
カグヤが割って入る。
「わ、私の貨物室にも私用に積んだ食料があります。余分もあるはずですし、それも使ってください」
「え?! カグヤ様の分というと、もしかして!」
突然、メアリーの目が爛々と輝きだした。
「デュラン・アカス監修の缶詰! ブストン・へルメンタールのビーフシチュー!! やったぁぁ! あたし、それ食べるぅぅ!」
「お前なぁ」
はぁ……とクロードが呆れたようにため息をつく。
「カグヤ様の分は、アレルギーなんかの問題も含めて厳重なセーフティーチェックが入ってるはずなんだ。オレらの分と一緒にはできんぞ?」
だが、メアリーの耳にクロードの苦言は聞こえていない様子だった。
「役得きたぁぁ! これぞまさしく千載一遇のチャンスぅぅ!」
「あ、あはは……い、いいですよ。あの、た、食べて頂ければ……」
気の所為か、カグヤの笑顔が引きつっているようにも見えた。




