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突撃

「メアリー! 敵潜宙艦の位置は?!」


 ブリッジに戻り、クロードが操舵手席(ヘルムズマンシート)へと身を沈める。時間にしたらほんの1時間あまりだったはずなのだが、何だか随分と久ぶりに座った気がする。


「敵潜宙艦、本船から距離2万の前方! 今ターンをして本船目掛けて加速中!」

 メアリーの口調にも余裕はない。


「野郎……本気で突っ込んでくるつもりだな」


 アウルの載貨重量は12万8千トンにも及ぶから、慣性の法則によって一度加速するとそう簡単には進行方向を変えられないのだ。だから『逃げる』となれば必然的に加速か減速という、前後の動きに限定されてしまう。なので、敵としてはその直線上にいれば。


「真横から来るかと思ったけど、正面に位置取りするんだね……」

 

「ああ、そうだな。こっちも全速力で逃げを打つし、側面から激突となると角度が浅くなって弾かれる可能性が出てくる。スラスターを使って船を縦回転させる『逃げ技』もあるしな……だが、正面なら話は別だ。向こうとの相対速度で激突のパワーは倍加される。それに爆薬の力があれば、そりゃ『効く』だろうさ」


 もしもこのまま正面衝突を起こせば、確実に船は宇宙の藻屑と沈むだろう。


「……カグヤ様は大丈夫かな」

 メアリーがチラリと後方を窺った。


「……ああ、ローラ船長が着いている。心配はない」


 『万が一』ということもある。もしも回避が失敗すれば、そのときはイチかバチかで救助ボートで脱出するしかないのだ。今回はビーストが使えないから、付き添いはローラが自ら買って出るしかなかった。二人は今、簡易宇宙服に着替えて救助ボートへと乗り込んでいる。


「で、どうすんの? このままだと激突だよ!」

 眼前のモニターを凝視するクロードを、メアリーが心配そうに見つめる。


「ああ、それを今考えている」

 敵艦は自分たちより遥かに小さい。だから、回避行動対決になれば100%こっちが不利だ。避けた方向目掛けて舵を切られれば、激突は不可避。


「敵潜宙艦、更に加速! 残った燃料、全部ブチ込んで全速力で突っ込んで来る気みたい!」


 ……どう、する。

 額に汗が浮かんだときだった。


《クロード、敵を一回でもかわせれば何とかなるか?》

 パブロからの船内有線通信だった。


「ああ、そうだな。敵さんだって燃料に限界があるから、全速力からのUターンはかなり厳しいだろう。1回でも後ろにやり過ごせれば、後部スラスター全開で振り切れるとは思うが」


 だが、『その1回』をどう生み出すのか。


《なら、方法はある。スラスターで船首を90度『下』へ向けろ。すると船の上部が前を向く格好になるはず》


「オーケー! そんなことならすぐにできる!」

 垂直スラスターを吹かせ、船体を大きく下へと向け直していく。


「相対距離、1200! 敵潜宙艦はまだ加速中! 衝突まであと60秒!」

 メアリーが叫ぶ。


《焦らんでいいぞ、クロード。ここから《《重粒子偏流加速器》》だ。最大まで出力を上げていく》


「重粒子……? そうか! そういうことか!」

 クロードの顔に明るさが戻る。


「ちくしょお! それは気付かなかったぜ! だが、リアクターはどうなんだ? 発電量は足りているのか?」

 

《当たり前だ。こういうこともあろうかと、ちゃんと点検と準備をしておいた。リアクターは100%で待機させてある。やれやれ、ビーストがおらんと全部を自分でやらんといかんから面倒で困る》


「流石だぜ、爺さんよぉ! リキッドクラッチ接続! ハイローターポンプ全開! 重粒子偏流加速器、出力上昇!」

 キィィ……ンという高い音がブリッジにまで響いてくる。


「来やがれ! 無重力船の本領を見せてやる!」

 


 ……その頃。

 カグヤは救助ボートのシートで、じっと身体を震わせていた。ヘルメットの奥で呼吸音が荒くなっている。


「大丈夫、心配ないわ。うちのクルーは皆んな優秀だから、安心して」

 その頼りない小さな肩を、ローラが優しく両腕で抱きかかえる。


「クロードなら、きっとやってくれるわ。何しろ彼は……」


「敵潜宙艦、距離500! 衝突まであと5秒ぉ!」

 メアリーの絶叫がブリッジに響く。


「大丈夫だ! 重粒子偏流加速器、出力80%!」


「2秒!」

 もう敵艦はすぐそこにいる。


「出力100%! 間に合った!」

 その瞬間。

 敵潜宙艦がまるで蛇のようにグニャリと曲がってアウル号の右側面をすり抜けて行った。


「今だ! ハイローターポンプ停止っ! 重粒子偏流加速器、出力0%へ!」


 ウィィン……と低く唸る音と、ビリリ……という微かな振動とともに、重粒子偏流加速器の出力メーターの数値が見る見る内に低下していく。

 そしてそのまま敵潜宙艦は背後へと流れていき、物凄い勢いで後方へと去ってしまった。


「よし……このタイミングしかない! 後部スラスター全開60秒、フル加速でぶっちぎってやる!」

 船体の姿勢を戻しスロットルを大きく動かすと、船体後部の大型スラスターが怒涛の咆哮を吹き上げた。


「な……何、今のは?!」

 メアリーは訳が分からずポカンとしている。


「……今のはな」

 後方カメラの映像で、敵艦が小さな点になっていくのを見ながら、クロードが小さくため息をついた。


「空間を曲げたんだ」


 重粒子偏流加速器は、アルゴンの原子核を高速で回転させることで船の頂点に高密度で巨大な質量を生むシステムである。

 このとき、その質量の密度が上がることで、干渉する周辺の空間が大きく歪む。すると……。


「どれだけ勢いをつけて『直進』をしてくる相手であっても、空間自体を曲げられたらどうすることもできん。その曲がった空間に沿って進むしかない……」


 そのため、まるで船体が蛇のように湾曲して見える形で敵艦は背後へ回らされてしまったのだ。そして。


「そのまま重粒子偏流加速器を入れっ放しにしておくと、今度はそいつが敵艦を吸い寄せちまうからな。だから、急速にカットしたんだ。そうすれば、敵サンはまるで放り投げられたような形で後ろへ行くしかない」


 そして、敵潜宙艦は遥か後方へと飛んで行ってしまった。


「追っかけてきたりしない?」

 メアリーはまだ不安そうだが。


「無理だろ。あれだけの加速をつけて突っ込んできたんだ。それを逆加速で停止させるにも大量の燃料と時間が掛かる。そこからこの船に追いつけるだけの加速をしようと思っても燃料が続かないだろうよ」


 空気など摩擦による抵抗がない宇宙では、基本的に加速の瞬間しか燃料の必要がない。だから、地球上の船舶と違って燃料タンクが小さい。なので、急加速・急減速の繰り返しには弱いのだ。

 燃料の尽きた潜宙艦は、そのまま宇宙空間を漂うしかなくなる。


 と、その時。


《……アウル号、聞こえますか? こちらテラ》

 テラからの通信だった。


「あっ! 量子通信が回復したんだ! やったー!」

 メアリーが嬉しそうに両手を高く突き上げる。


「こちらアウル号! 感度良好! 通信回復していますぅ!」


《アウル号、いくつかの緊急事態が発生しています。順に話をするのでよく聞いてください》


「ああ、それは有り難いな。何、こっちもあったよ。色々とね」

 

《まず、宇宙軍特務部隊が世界連合に対して反乱を起こしました。今、アリゾナ基地内でフェニックスの治安部隊が鎮圧を行っています。また月の宇宙港でも月世界自由同盟による反乱が起きています。どうやらこの2つは連携をしていると思われます》


「そうらしいな。知っている」

 何しろ、それでさっきまで大混乱を食らったのだし。


《その特務部隊が潜宙艦を使ってアウル号を襲撃するプランが発覚しました》


「終わったよ、それはな」

 何だか力が抜ける気さえしてくる。


《それから、ゼグラスからそちら向かっている警備艇がいましたが》


「ああ、あと3時間くらいで到着するんだろ? 心強いよ」

 今更という気持ちもなくはないが、ここからの運行は気楽かもしれない。しかし。


《それらはロックアウト処置になりました。任務から一時的に離れる形になります》


「……何だって?」

 思わず聞き返す。


「おい! それはどういうことだ!」


《敵が月世界自由同盟だけではなく宇宙軍の一部、そしてゼグラス内部にもシンパが多数いることが判明しました。そちらに向かう警備艇にも、シンパが乗っている可能性があります。ですから、迂闊にアウル号へ近づけられないのです》


「ち……っ!」

 確かに、何処まで敵が浸透しているのか分からない状況では慎重にならざるを得ないが。


《そして最後に》

 テラの伝える、アウル号に差し迫った『緊急事態』。それは……。


《アウル号の軌道と速度が予定の航路計画から大きく逸脱しています。そして、それらを回復するにはスラスターの燃料が不足する可能性が極めて高いです》

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