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決闘

「人と話をするときはな、そんな陰に隠れてするもんじゃあねぇんだぜ。ママにそう教わらなかったか?」

 喉の奥で嘲笑い声をかみ殺すような。


「生憎と物心ついたときには、飲んだくれの親父しかいなかったものでね」

 波動銃を構えながら、クロードがゆっくりとテーブルから上半身を出す。


「……なるほど、いい面構えだ。120を超えるビーストを相手に大立ち回りを演じただけのことはある」

 ラウルがニンマリと目を細めた。


「質問に答えろ」

 少しだけ、波動銃の引き金に力をこめる。


 クロードから先に撃ってくる心配はないと見たのか、ふんと鼻先で嘲笑うラウルには余裕が見てとれる。


「お前は知っているか? ……世界連合はな、『宇宙軍』を解体してフェニックスへ編入させるつもりなんだと」


 世界連合は加盟国による独自の軍隊を組織している。陸軍、海軍、空軍、海兵隊、サイバー軍、そして宇宙軍。


「フェニックスは元々宇宙軍から分派してできた組織だ。フェニックスは純粋に宇宙開発を行い、世界連合と非連合加盟国の間による宇宙での軍事的衝突に安全保障を与えるのが宇宙軍の担ってきた役割よ」


「昔に比べれば非連合加盟国の軍事力なぞ、衰退もいいところだ。お前らの必要性が下がるのは仕方あるまい?」


 今となっては月世界自由同盟などゲリラ的な活動をするテロリストの監視や対応がその主な職務であり、宇宙軍の必要性は落ちていると言っていいだろう。


「ふん! 親が子に食われるのか? 冗談じゃねぇ、そのせいで何人が宇宙での職を失うと思っているんだ? 兵士や軍属を合わせて2万人だぞ、2万人。経費削減だか何だか知らねえが、俺らだって飯を食っている人間になんだぜ」


「まさかとは思うが」

 そう、あれは7年前の事件だ。


「ディスパイネ号事件は、そのために起こしたのか?」


「そうさ」

 ニンマリと、ラウルが嫌らしく片頬を上げた。


「まだまだ宇宙が安定していないことを世界連合の連中に知らしめるためにな。お陰で俺らも《《寿命》》が伸びた」


「そのためにはテロリストども手を組むことも?」


「手段を選んでいられるような余裕はないということだ。そして7年が経ち、またぞろ宇宙軍解体の話が本格化してきてな。そこで俺らは月世界自由同盟と再び手を組み、今度は本当に月の独立を目指すことにした。……強いぞ? 何しろバックには俺ら宇宙軍がいるのだし」


「正気の沙汰とは思えん」

 次第に高まってくる緊張感。銃撃戦のタイミングがいつ来てもおかしくはない。


「お前たちがやっているのはただの卑怯な八つ当たりじゃねぇのか?」


「……何とでも言え」

 ラウルの腕にも力がこもってきているのが伝わってくる。


「お前はぶん殴られた相手の赤ん坊をぶん殴って心が晴れるのか? 蟻や羽虫を踏み潰して自慢になるのか? そんなものは大義とは呼べねぇ。己に義があると確信するなら、正面きって本当の敵と闘えばいい」


「やかましいぞ!」

 怒りのこもったラウルの眉間に血管が浮き出ている。


「俺たちは正統後継者のカグヤを人質にしてゼグラス政府を乗っ取る。そして世界連合と対等の立場で交渉することで、『正しさとは何か』を連中に示してやるのさ!」


 ラウルの顔からさっきまでの余裕が無くなっている。いつ引き金を引くか、その刹那のタイミングを探っているのだろう。


「お前たちの『革命ごっこ』が正しいのか間違っているのか、そんなことはオレの知ったこっちゃないし興味も無ぇ。だがお前らは残念なことに運がなかったな。……オレが立ちふさがるからだ」


 クロードが波動銃の指向性ダイヤルをそっと絞る。指向性を広げれば命中範囲は広がるが威力に欠ける。逆に絞り込めば命中範囲が狭くなる代わりに威力が増す。ときとして、相手を殺せるほどにまで。


「残念だな。同意してくれてもよかったのだが」

 多分、ラウルの握っている波動銃も同様の設定になっていると見ていいだろう。そういう殺気が漲っている。直撃を喰らえば、命の保証はない。


「オレは正義の定義なんてものに興味ない。だがお前はエヴァの仇だ。馴れ合うつもりも無ぇし、見過ごすつもりも無ぇ」


 この膠着状態を打ち破るにはどうすればいいのか。多分、その解答はラウル側にもないだろう。だから、双方ともに動けずにいるのだ。

 先に集中力を切らした方が、負ける。

 その瞬間。


 ブン……!

 何か小さな物がラウンジの扉から飛び込んできた。


「何だ?!」

 ラウルの視線が一瞬だけ『飛んできたもの』に泳ぐ。その隙を、クロードは見逃さなかった。


 ドン! 

 波動銃の引き金を引くのと、ラウルの胸板がはっきり分かるほどベコリと凹むのは、ほとんど同時だった。


「……っ!」

 まるで水中の酸素を使い果たした金魚のように、最後は両目を剥いて口をパクパクさせながらラウルは沈黙していった。


 よく見ると、飛んできたのは小型の波動銃のようだ。


「今はのは……?」

 恐る恐るクロードが振り返った先で、ガクガクと身体を震わせながらドアにしがみついていたのは、カグヤだった。


「よかった……間に合ったんですね……」


「カグヤ様!」

 驚いて、慌てて近寄る。


「どうしてここに?! 危険ですよ!」


「ですが」

 今頃になって恐怖が襲ってきたのか、両目に涙を浮かべるカグヤの身体はガタガタと細かく震えている。


「ど、どうしてもじっとしていられなくて。私のせいで『こんなこと』になっているというのに、私だけが安全圏にいるのがどうしても耐えられなくて」

 オッドアイの瞳が涙で滲む。


「……そうですか。とりあえず、結果的に私はあなたに助けられました。そのことには深い感謝を申し上げます」


 カグヤが投げ込んだ波動銃は、彼女が護身用に持っていたものだろう。残弾は残っていないから、せめて投げつけて敵の気を引こうと。それがなければ、どうなっていたかは分からない。


「出過ぎた真似をお許しください……」

 尚も震えの止まらないカグヤの細い両肩を、クロードがそっと抱きとめる。


「いえ。十分過ぎるほど役に立ちましたぜ。誇っていい。……ところで、どうしてここに私がいると?」


「あの……お爺さんから聞きました。初見なのでお名前を存じませんが、私の隠れていたエンジンルームにその方が見えて。クロードさんの行き先を尋ねたところ、『ラウンジに行くと言っていた』と」


「パブロの爺さんか……なるほど、『設備点検』と称してカグヤ様の様子を確かめに行ってくれたんだな。ったく、素直じゃねぇ爺さんだ」


 そして、船内にやって来た敵は残り『1人』ということになるが。


「さてもうひと仕事、と言いたいところではあるが……。そっちはもう《《終わっている》》んじゃないか? どうせさ」


 ラウンジの反対側、上のブリッジから降りてくるためのハッチがギィ……とという軋み音を立てて開いた。


「やーれやれ。このハッチ、油切れで動きが悪いんだよねー。ちょっとでも動かせば気づかれるから、どうやって飛び込もうと思ってたけど」


 フワリと降りてきたのは、メアリーだった。その後に続いてローラもラウンジに入ってくる。 


「ブリッジにいた敵はシメておいたけど、侵入者はこれで最後?」

 後ろから引張り出してきたのは、捕縛用テープでグルグル巻きにされた男だった。


「ああそうだ。残念だったな、クソ野郎。お前たちの目論見は失敗に終わったぜ?」

 ジロリと睨むクロードに、侵入したきた男はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「ふふ……確かにな。確かに俺たちの目論見は崩れた……だが、お前たちの思い通りにもならんさ」


「何……?」

 そう言えば、ラウルも言っていた記憶だ。「どう転んでも貴様らに勝ち目はない」と。……『どう転んでも』とは。


「潜宙艦から追加の応援でも呼ぶってのか? だが、あのタイプは隠密行動用だから基本的に大勢は乗れねぇだろう。船内に残っているのは、せいぜい1人か2人だろうがよ」


 ラウンジの窓からは、アウル号と並走している潜宙艦の姿が見えている。


「十分さ……特攻するのなら、ね」


「特攻だと?!」

 ラウル側の『プランA』がカグヤの確保と人質化だとすれば、その次善の策である『プランB』は……。


「ふふ……俺たちが船内に侵攻してから1時間経って何の合図もなければ、『作戦失敗』として、潜宙艦もろともこの貨物船に特攻して爆破する計画よ! ゼグラスの警備艇がくるまでに、船を木端微塵にしてやる! それだけの爆薬は積んであるからなぁ!」


 死の覚悟を決めたのか、ゲタゲタと笑いながら涙を流している。


「カグヤと貨物船の両方を失えば、間違いなくゼグラスは混乱する! そうすれば俺の同志がその隙を突いて政権を掌握するだろう! ははは! 月世界自由同盟に栄光あれっ!」


 突然、男の口から大量の血が溢れ出した。


「こいつ! 舌を噛み切ったのか!」

 クロードが男の身体を蹴り飛ばす。血液が自分たちに付着しないようにだ。


「……こいつは元々の月世界自由同盟側の人間だったか。ちくしょお! 時間は、時間はどうなっている?」


 ラウンジの時計は、9時12分を示している。


「まずい……ほぼ1時間が過ぎた頃合いだ」

 視線を移した窓の向こうで、潜宙艦がゆっくりとアウル号から離れてく様子が見て取れる。


「はは、加速をつけてブチ込もうってのかよ! 上等だぜ!」

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