反撃
「いいですかい、ここに隠れててくださいね? 侵入者に捕まればどうなるか分かりませんから」
……嫌なことを思い出した。
クロードは昔の記憶を、再び深い心の底へと沈めた。
今は、感傷に浸っている場合ではないのだ。眼の前にいるカグヤを護りきらないと。
量子通信ができなくなってクロードが最初に考えたのが『カグヤを貨物室から移動させる』ことだった。
潜宙艦といい、敵にそれだけの装備があるとなれば鋼鉄製のドアなぞ一溜りもあるまい。カグヤの居場所もすでに察知しているかも知れない。ならば部屋で匿うのは得策ではなかろう。
「は、はい。ですが……あの、クロードさんは隠れていなくてもよいのですか?」
クロードが咄嗟に選んだ場所、それは破壊されたNo5スラスターのエンジンルームだった。
「はは、何しろ私はこの船の乗務員なのでね。『乗客の皆様』の安全を守るために働かないと」
ゼグラスからの援護が到着するまでにはまだ時間が掛かる。その間をどうしのぐか。
じっと隠れているという手もあるだろう。だが敵がブリッジを抑えてしまえば接近してくるゼグラスの警備挺に『近寄ればカグヤを殺す』と脅迫してくる可能性もある。カグヤが潜んでいるブロックを特定できれば、ブリッジから指令を送ってそこの空気を抜いてしまえばいいのだから。
ならば、じっとはしていられない。それに、ブリッジにはローラ船長もいるのだ。
だが、それ故に。
「では、オレは行ってきますんで」
精一杯の作り笑顔を浮かべて、壊れた燃料パイプに押し込んだカグヤから離れる。
「お気をつけて!」
潤んだオッドアイが、掠れた声を残した。
「……まずは、『カグヤ捜索班』を潰さないとな」
カグヤが貨物室にいないと分かれば、敵は二手に分かれると見るべきだろう。ブリッジを抑える班と、カグヤを捜索して確保する班。
このとき、先にブリッジ奪還に動くと残ったカグヤ捜索班が何をするか分からない。最悪は船ごと爆破を図る可能性もある。それだけの装備があったとしても不思議はあるまい。
だから、ここは先に『カグヤ捜索班』なのだ。こっちを先に潰しても、ブリッジを抑えた班は船全体をコントロールできるその場所を簡単には離れないだろうから。
「頼むよ『船長』。何とかそれまでは耐えてくれ」
相手に気付かれないよう、慎重にブースターを吹かせて進む。
「『敵』は固まって行動していると見たが……」
量子通信が利かないのはお互い様だ。仮に相手が前時代的な電波式通信機を持っていたとしても、この鉄の塊である貨物船の中で遠距離通信は難しかろう。
ならば、お互いの姿が確認できる距離で捜索をしていると見るべき。
「なるべく『物陰』のある場所を探したいはず」
開けた場所が隠しにくいのは当然だからだ。
「だとするならば」
真っ先に思い付いた場所は『人権を失った人間を乗せる場所』だった。狭いスペースにベッドやら機材が押し込まれ雑然としているエリア。
……いやがった!
壁の陰から覗く向こうに、白い簡易宇宙服の人間が。……4人か。やはり手分けをしていたか。
身を低くし、じり……と後ろへ下がる。
全員を一気に相手すれば、こっちに勝ち目はない。だが……昔読んだ、遠い昔に日本で書かれたという宮本武蔵の『The Five Rings』(※五輪書)には『場の勝ちを得よ』『敵を魚つなぎにせよ』と書かれていたと思う。
『場の勝ち』、すなわち相手に不利でこっちに有利な場所を得ることだ。ならば、やはりここで戦うのが最善だろう。こうして雑然としている場所なら、敵は数の利を活かしにくい。
コツン……。
指先で近くの配管を軽く小突いて音を立ててみる。
『おい、何か聞こえなかったか?』
敵の一人が反応した。
『いや、何かあったか?』
『……一応、見てくる』
気付いた相手がこっちにくるようだ。
……よーし、いい子だ。単独でこっちに来るんだぜ。
じっと息を潜める。
『この辺りだったかと……』
相手が陰に入った瞬間。
『……っ!』
素早く背後から近寄って首に腕を巻き付ける。簡易式の宇宙服は首周りが強くないから、力を掛ければ容易に首を絞められる。
「くら……え!」
頸動脈を絞められ、相手は数秒のうちにぐったりとなってしまった。訓練された軍人のはずだが、その体格はそれほど頑丈そうではなかった。
「すまんな、しばらく大人しくしてろよ」
相手の腰にあった軍用ナイフと波動銃を奪いとる。
「……行くぞ、反撃だ。ふん! ここらでひとつ、かっこいいバックミュージックでも欲しいところだな」
『おい、どうした? 何かあったのか』
帰って来ない仲間に、残った敵の一人が声を掛ける。無論、返事なぞあるはずがない。
『おい! 返事をしろ、キース』
苛立った声と共に、もう一人が簡易ベッドの隙間を面倒臭げに縫いながらやって来る。
……そうそう、ゆっくり来い。『一人ずつ』でいいからな。
高鳴る鼓動を抑え、じっと物陰に隠れる。今度の相手は『キース』と呼ばれたさっきの男より大柄で首も太そうだ。こうなると、単なる首絞めではオトせまい。ならば。
『おい、どうし……』
やって来た敵が、意識を失って宙に漂う仲間を見つける。如何に訓練された軍人であっても、その瞬間だけは意識が仲間を向かうだろう。そこが、狙い目。
『うぐ……っ!』
クロードがハンドブースターの脱落防止ロープを敵の後ろから首に巻き付ける。後頭部に膝頭を当て、思いっきり絞りあげる。
細い紐なら、それだけ一点に掛かる力は強くなる。どれだけ鍛えた首であろうと……。
「素直に……くたばっとけや!」
敵の腕が痙攣を始めた。絞めが効いてきたのだろう。その瞬間だった。
『貴様、何者だ!』
3人目の敵がクロードに気が付く。素早く向けられた波動銃の引き金が、躊躇なく引かれた。
「おっと!」
抱えていた敵の身体を盾にし、間一髪その衝撃から身をかわす。そしてそのまま壁を蹴って一気に間合いを詰める。
『ぐっ……!』
敵が波動銃の銃口を向けるが……。
「無駄なブラフだ。その波動銃は次弾発射まで5秒かかるからな」
近くのパイプを握り、そこを支点にして敵の首元を狙って思いっきり蹴りを飛ばす。
『ぐほ……っ!』
敵は身体を仰け反らせ、そのまま壁に激突して意識を失った。その瞬間。
『貴様っ!』
何段も並ぶ簡易ベッドの向こうに、『4人目』がいた。その手に握られている波動銃は他の敵よりも数段大きく、両手で構えるタイプのもののようだ。
「連射の利く大型タイプだな……厄介だぜ」
相手を見失わないよう小さく壁を蹴って横移動しながら相手との呼吸を図る。
『ふん! 波動銃をよく知っているヤツだな……そうか、貴様がラウル班長の言っていた『クロード』とやらか』
波動銃はバッテリーで動いている。だから連射を利かせるためにはどうしても質量が増えてしまう。そして質量が増えれば、重力による踏ん張りが利かない宇宙では動かすのが難しくなるのだ。特に、左右の動きに追従しにくい弱みがある。
「ほーう。オレを知ってんのか。じゃあオレ様が主演した映画のタイトルでも言ってみな」
容易には近寄れないが、これだけ周りにベッドなどの障害物が多いとこっちも波動銃を使いにくい。さて、どう切り抜けるか。
『主演映画だと? ああ、知っているともさ。『ディスパイネ号』ってタイトルだろ? お前が主演男優賞を獲った作品さ」
ニヤニヤと嘲笑う声は、クロードがディスパイネ号で暴れたことを知っているようだ。
『ちなみにウチのラウル班長は、その映画で助演男優賞だったんだぜ? 何しろ、主人公の娘をブチ殺す名シーンを演出したからなぁ!』
「ブッ殺す!」
それは反射だった。
戦略とか、メリットデメリットとか、安易な煽りに反応すべきではないとか、そういう物の一切が頭から消えた。そこにあるのは、ただ真っ直ぐで純粋な怒りだけ。
バン! と近くのパイプを蹴っ飛ばし、一気に間合いを詰める。
『コイツめ……!』
敵が波動銃の引き金を引くのと、クロードが素早く身体を切り返すのはほぼ同時だった。ドン……! と響く重低音が周りの簡易ベッドを大きく揺らす。
『何処だ?! 何処へ行った!』
敵がクロードの姿を見失う。すると。
「ここだよ」
クロードは敵の背後に回り込み、その腕を素早くアームロックで絡め取っていた。
『うぐ……っ!』
波動銃が敵の腕から離れると、クロードはそのまま背後から強引に敵のヘルメットを脱ぎ捨てさせた。
そして右の耳に波動銃の銃口を押し当て、ギロリと目を見開いた。
「『名シーン』だって? ああ、いいだろう。サービスだ、特別に『再演』してやる」
「うわぁ! や、やめ……」
ドン! という鈍い音がして、敵はそのまま沈黙した。




