奪還
……どうするか。
クロードは悩んでいた。
現代の船は船員の大半がビーストで、生身の人間はほとんどいない。そのビーストが乗っ取られている以上、テロリストども排除は決して容易ではあるまい。
そして早期の決着を狙っていると見ていい。何故ならフェニックス側も今頃、総力を上げてビーストのコントロールセンター奪還を図っているだろうから。
そしてもしセンターをフェニックス側に奪還されそうになれば。
敵は間違いなく船内で虐殺ショーを始めるだろう。一人でも多くの乗客を道連れにするために。人質に犠牲が出れば世間にフェニックスや世界連合の対応について批判的な空気を醸成できる。多分、そこまで計算に入れているに違いあるまい。
『やる』なら、船内でどうにかしないと。
だが、何しろ味方も少なければ武器もない。そして何より……。
「パパ?」
エヴァがクロードの袖をきゅっと引いた。
「え? ああ、大丈夫。心配……」
「そうじゃなくて」
エヴァが首を横に振った。
「パパは戦うつもりなんでしょ? そんなお顔をしている。それで皆んなを助けるんでしょ? だったら私はここで待っているから」
「え……」
思わず娘の顔をまじまじと見つめる。
「私、『世間の7歳とは違う』んでしょ? だったら、待てる。パパの帰りを待てるから」
ぎゅっと真一文字に結んだ口が微かに震えているのが分かる。
「……そうか」
そっと、エヴァの頭に手を置いた。
「ああ、お前は他所の子とは違う。強い子だ。……待てるな? じっとしてろよ、絶対に無理をするな」
ここで別れるのは身を引き裂かれる思いであるが。しかし、今は。
「うん!」
力強い返事にそっと抱き締めてから、エヴァから離れる。波動銃を構えるビーストの死角へ入り込むために。
……オレだって、フェニックスの一員なんだ。ビースト操縦の訓練も受けたことがあるし、シロートじゃあねーんだぜ。
《じっとしてろよ? 変な動きをするヤツはすぐに分かるからな。そのときは容赦なく撃つ》
今、ラウンジ内に敵は2体。人質になっているお客の数はざっと50人程度か。陰に隠れて動くには、丁度いい具合。
じり……。
まるで亀のように、じわじわと横へ移動していく。
焦るなよ……焦ったら感知されるからな……。
ビーストはカメラで撮影した動画を、ダイバーと呼ばれる操縦者へデータ送信している。このときに問題となるのが『ダイバーの脳が、送信されてくる動画に追いつかない』ことなのだ。
人間の脳は視覚で感知した情報の1/100程度しかまともに画像認識ができない。これはビーストも同じで、画像データの全てを脳に送ることはできないのだ。
そこで、優先順位がある。
ビーストは動きの速いものをリスクまたは脅威として優先的にダイバーに注意喚起や警報を出す仕組みになっている。だが逆に動きの遅い相手は『脅威が低い』としてデータ送信の優先順位が遅れるという弱点があるのだ。
……分速5メートルだったけな、ビーストのAIに『脅威なし』と判定される遅さは。
それは亀の歩く速度とほぼ同等。
緊張で静まり返るラウンジを、ゆっくりとクロードが回り込む。手前側にいるビーストの背後へこっそりと。
「……ここだっ!」
バックセンサーの視覚を突いて腕を伸ばす。狙いはビーストの首元、ここにビーストの強制停止スイッチがあるのだ。
バチン! という弾けるような音を残してビーストが動きを止める。
《おい、どうした?!》
異変に気付いたもう一体のビーストがこちらを振り返る……が。
「喰らえや!」
動きを停止したビーストを抱え込み、そのまま壁に足を掛けて抱えたビーストを投げつける。
《うわっ!》
如何な波動銃でも、物理的に飛んでくるビーストをかわすには力が足りない。
2体が激突して体勢を崩した、その瞬間。
「悪いな、こっちもプロなんでね」
素早く背後に回ったクロードがもう一体のビーストのスイッチをバチン! と切る。
「さて……1対128、いや126になったな」
敵の波動銃を取り上げ、周りを見渡す。
「孤軍奮闘……ああ、悪くないハンディキャップだ」
『何だ?! もう一度言え! 何が起きているって?』
ブリッジを占拠していたビーストの元に、仲間から緊急連絡が入る。
『……何? 展開しているビーストが次々と強制停止させられているだと?! 馬鹿な! この船は旅客船だぞ! 何処にそんな戦力があると言うんだ?!』
だが、ヘッドセットの向こうからは不利な戦況に焦る声が聞こえてくる。
『……何だって? 『一人』ってどういうことだ? たった一人の人間がビーストを相手に互角以上の戦力を発揮するとでも?! そんな馬鹿な話があるか! こっちは中身こそ人間だが、実体はロボットなんだぞ!』
人間を超える腕力や脚力、それに高精度のセンサーが搭載されているビーストは本来、とても人間が太刀打ちできる相手ではないだろうが。
『何てこった……ビーストの弱点に詳しいヤツがいたとでもいうのか! 仕方ない、すぐにこちら側のビーストをその現場へ急行させろ! とにかく何とかしてそいつを排除し、停止させられたビーストを再起動させるんだ!』
だが、一旦動き出した歯車はそう簡単には逆転しなかった。
『何? フェニックス側のビーストが応戦を始めただと……!』
ビーストのコントロールセンターは3箇所ある。月世界自由同盟側はそのうちの主要2箇所を抑えるのが限界で、全部は手が回らなかったのだ。今、その残った22体が『敵が浮足立っている』と見破り、一斉に反撃へと転じたのだ。
『まずいな……』
敵に焦りが出てくる。更に。
『ラウル班長! こちら、No2コントロールセンター棟!』
アリゾナ基地のコントロールセンターから連絡が入る。
『……どうした?』
占拠を開始して、まだ30分足らず。まさか……。
『フェニックスの防衛部隊に周りを囲まれました! 今は散発的に応戦してますが、じりじりと包囲の輪が小さくなってます! もうそんなにもちません!』
『こちらNo1コントロールセンター棟! こちらも同様です! フェニックス側の部隊に包囲されています! もう長くはもちません!』
『何てこった! こんなに早いとは……さては船の中で形勢逆転になっているのがバレているのか……。ちっ! テラと綿密に連携を取っているヤツがいるな。……誰だか知らんが、頭のいいヤツだ』
もはやこうなれば、最初に計画した『脅迫』というプランAと『虐殺』というプランBは使えなくなったといっていい。そして、今度は自分自身の身の安全が。
『仕方ない! プランC……『撤退』だ! 準備を急げ!』
失敗は、長引かせるのが一番の悪手だ。如何に早く諦めるのかが次へとつながる。今ここで粘れば自身の破滅だけではなく、月世界自由同盟の存続自体も危うくなるだろう。
チームを率いていたラウルは占拠していたブリッジを捨て、客室へと向かった。これほどの事態をひっくり返した『その超人』の姿を見ておきたかったのだ。
『……あれか?』
飛び回った先、ラウンジで両手に波動銃を構えた体格のいい男がいる。クロードだった。
『若いな、思ったよりも』
せめて一撃。もはや撤退を急ぐところではあるが、この失敗の原因に痛い思いをさせないことには腹の虫が収まらない。
幸い、ビーストはかなりの数が強制停止してふわふわと浮いているので、それに紛れて近寄ることができそうだ。
『見てろ……』
そっと近寄り、勝ち誇るクロードに波動銃の照準を合わせた、その瞬間だった。
「パパ、危ない!」
叫び声とともにクロードを突き飛ばしたのは、エヴァだった。
「きゃあ……」
クロードの代わりに、その衝撃を全身で受ける。大の大人でも失神したり内蔵に損傷を負うほどの威力なのだ。まして、僅か7歳の肉体にはあまりに荷が重かった。
「エヴァ! ……誰だっ?!」
振り返った先に、波動銃を構えたラウルのビーストがいた。
「貴様!」
飛びかかろうとするが。
『時間がない! 貴様の相手はまた次だ!』
ラウルはビーストからログアウトし、姿を消した。
「くそっ! ……だが、それよりも」
ぐったりとしているエヴァの元へと戻る。
「エヴァ! エヴァ! しっかりしろ!」
だが、クロードの呼びかけに反応は返ってこなかった。明らかに分かる胸の陥没は、身体の損傷が只事ではないことを示していた。
そして、エヴァは。
緊急措置として冷蔵保存処置室に入れられて地球へと引き返し、ただちにフェニックスの医療チームへと引き渡されたが。
『衝撃による心臓破裂』によって、死亡が確認された。
遺体は司法解剖が済んだ3日後に返されたが、丁重に死化粧が施された『それ』はまるで人形のようだった。
そしてクロードは半狂乱になった妻から『娘を犠牲にした』と責められ、離婚という形になったのだった。




