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回避

「敵ミサイル、衝突まであと185秒! 184、183……!」

 メアリーのカウントダウンが始まる。ギリギリでの勝負だ。


「パブロ爺さん、セーフティロックの解除は大丈夫か?!」

《問題ない》


「カミーユ、発電リアクターは?!」

《だ、大丈夫です! 出力100万キロワット継続!》


 まさか、宇宙空間で『これ』をやることになるとは。


「181……180!」


「ハイローターポンプ、リキッドクラッチ接続。重粒子偏流加速器、運転開始!」

《了解。ハイローターポンプ、リキッドクラッチ接続。重粒子偏流加速器、運転開始》


 巨大な船体に縦向きに突き刺さった円筒形の加速器が刻ならぬ唸りを上げ始めた。


《出力上昇中。加速率5%……10%……15%》

 キャビンに『キィィ……ン』とい高い音が響いてくる。


「頼むぞ……!」

 操縦席のモニターには敵ミサイルの姿がはっきりと映し出されている。


「衝突20秒前!」

 その瞬間、船体の後部がふわりと浮かび上がる感覚がクロードたちに伝わる。


「よし、来たぁ!」

 この瞬間を逃すことなく、すかさずスラスターに点火指令を送る。


「垂直スラスターNo7からNo10、出力全開!」

 生き残ったスラスターが轟音とともに真っ青な炎を吹き上げる。


「衝突10秒前!」

「船体姿勢、Z軸プラス20度!」

 船の後部が跳ね上がるようにしてミサイルの衝突を避けていく。


《重粒子変流加速器、出力上昇。加速率20%》

「オーケー、そのままだ!」


 『リアクション・ホイール』。

 人工衛星の姿勢制御で使われる方法で、本体に取り付けられた円盤を回転させることによってその反作用で本体を逆回転させる技術だ。


 クロードはこの原理を重粒子偏流加速器に応用することを思いついたのである。


「……『回転』させるのは、何もスラスターだけのお家芸じゃねーんだよ!」


 重粒子変流加速器はハイローターポンプによって船首から天頂、船尾に向けて重粒子を円運動させている。そのため、重力の影響がない空間でこれを動かすとその反動で船が『前のめり』に大きく傾くのだ。この力は、スラスターの不足した力を補って余りあるほどである。


「衝突3秒前!」

「船体姿勢、Z軸プラス55度!」


 船尾に飛ばした宇宙ドローンのカメラがミサイルの姿を捉えた。


「ちぃっ! 思ったより追従してきやがる……」

 敵ミサイルもこちらの動きに方向を合わせようとスラスターを全開で噴射しているのがわかる。かわすにしろ激突にするにしろ、紙一重のギリギリ……!


「あぁ!」

 メアリーが悲鳴を上げる。


「ミサイルのアウトリガーが船底に接触! 船体に破損発生!」

 ミサイル本体はかわしたが、スラスターが引っかかったのだ。


「ミサイルは?!」

 ローラが叫ぶ。


「かわした! 無関係な方向に飛んで行ったぜ! これで少しは時間を稼げる!」

 船体角度を更に慎重に見極めていく。


「船体姿勢、Z軸プラス120度! リキッドクラッチカット! 逆噴射スラスター全開!」

 船は進行方向目掛けて『つんのめった形』になっている。


「船体姿勢、Z軸プラス180度! 対自転スラスター全開! 『ブレーキ』だ!」

 船体を上下グルリとひっくり返したことで、後部のスラスターが前に向く格好。これで全開噴射すれば、一気にブレーキを掛けることができる。


「速度急速低下!」

 敵ミサイルの1機はスラスターを失って明後日の方角へ飛び去った。残る1機はUターンを図っているようだが、燃料不足で減速が間に合っていない。船との距離はグングンと離れていく。


「間に合ってくれよ……」

 こちらの船も減速しっぱなしという訳には行かないのだ。何しろそのままだと地球の引力圏に捕まってしまうのだから。そうなるといずれミサイルに追いつかれてしまう。


「来ました! フェニックス側の迎撃ミサイルです!」

 メアリーの歓声がブリッジに響く。


「よしっ!」

 フェニックス側の迎撃ミサイルが敵ミサイルを撃ち落としたのは、それから1分ほど後のことだった。


《破損箇所であるV-3ブロック、区画遮断による鎮火を確認》

 ミサイルの脅威が去ったあと、アンリたちが船外から船底にできた破損箇所の確認をしている。


《やーれやれ、デカい穴が空いちまったな》

 ドローンの画像とともに、アンリのため息がヘッドセットに届く。


《とてもじゃあねーが『溶接で塞ぐ』レベルじゃあねーよ。何しろ俺がそのまま出入りできる大きさだからな》


 画像からすると、大きく縦に裂けた傷は確かにビーストが自由に出入りできるほどにもなるか。


「……悪かったな、下手くそな操船でよ」

 完全にかわしきれなかったことに不満なのか、クロードが拗ねる。


《いや》

 モニターに向かってアンリが首を振る。


《悪運はいい方だな。あと1メートル奥にずれてたら、燃料配管だった。そうしたら簡単には鎮火しなかったろうよ》


「……そう。『首の皮一枚で残った』ということね」

 ブリッジのローラが大きくため息をつく。そう、まだ『めでたし』とはいっていないのだ。


「応急修理が難しいとなると、V-3ブロックの区画閉鎖は継続、か……。アンリ、その場合は何が問題になりそう?」


《そうだな……区画遮断も完璧じゃないから僅かずつ空気が漏れるのは避けようがない。それと後部にあるスラスターまでの連絡経路が無くなったから、何かあれば外から回るしかない。とりあえず、そんな所だな》


「オーケー、それじゃひとまず全ビーストを船内に戻してくれる? 再加速して元の軌道に船を戻さないといけないから」


 そう。ミサイルをやり過ごすために行ったフルブレーキングで、船足はかなり落ちている。このままでは地球の引力に引っ張られてしまうから、それを振りきれるまで加速し直す必要があるのだ。

 だが、それにしても。


「燃料ね……問題は」


 宇宙貨物船にそれほど余分な燃料は積んでいない。減速と再加速で失う燃料を考えると、地球に帰還した際の減速や姿勢制御に使用するはずだった分が明らかに足りなくなる。


「宇宙空間での補給は受けられないんですか?」

 振り返ったメアリーがそっと尋ねるが。


「『できるだけ自力で帰還しろ』と、そう言われるだろうな」

 操縦席の天井を見上げたクロードが吐き捨てる。


「大量の燃料を大気圏外に持ち上げるとなると、結構な手間が掛かる。となると自重落下を上手く利用して減速しながら帰還するしかあるまい。……時間は余分に掛かるしコントロールも不十分だろうけども」


「最悪は海上に不時着して、そこでタンカーにお願いして給油かもね」

ローラもその辺は諦めているようだ。


《敵ミサイルへの対応はいいのか? 『次』が来たら、今度こそ持たんぞ》

 機関室にいるパブロが口を挟んできた。


《ゼグラスから月の衛星軌道上に待機している警備挺が3隻、アウルに向かっています。減速してからの再加速ですから、合流は30時間後になります》

 答えたのはテラだ。


「……のんびりしやがって。だが、まあいい。それより来るのはいいとして、装備はどうなんだ? ミサイルを撃墜したりできるだけの武装は積んでんだよな?」


 憮然とした表情をしたクロードの問いに、ローラが目を細めて口をへの字に歪める。


「装備? そうね、詳しくは聞いてないけど『今更感』なら満載しているんじゃない?」



 その頃。地球、フェニックス本部も大混乱に陥っていた。


「いったい、どうなっているんだ?! 侵入者に続いてミサイル襲撃だぞ!」

「座標情報も含めて、カグヤの移送が敵方に筒抜けじゃないか! 情報統制は完璧という話じゃなかったのか?!」

「誰かフェニックス内に内通者でもいるのか? それともテラがハッキングされているとか」


《現時点ではフェニックス本部から情報が外部に漏洩した形跡は見当たりません。音声、またはテキストデータによる不審なやりとりも検出できておりません》


 テラによるデータのレビューでも、不審な点は見つかっていない。だが、情報は確実に漏れている。誰か詳しい人間が手引をしているのは間違いない。


《敵勢力は我々の監視が及ばない範囲を利用して情報交換を行っているものと思われます。ですが地上の監視体制は万全なので、それが可能なのは宇宙空間のみです》


「だとするならば」

 一人の男が苦々しく口を開いた。


「貨物船アウルの中に、誰かスパイでもいると言うのか」

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