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スラスター

「ええ、ですから」


 クロードとメアリーがミサイルをかわす作戦の準備をしている傍らで、ローラがフェニックス本部に『減速作戦』について説明している。


「敵ミサイルを振り切るまで本船を加速させようとすると、月到着時の減速が極めて困難になります。ならばスラスターでかわしてから減速した方が。はい、タイミングはAIによる自動で行いますので……」


「メアリー、テラからミサイルの分析結果は来ているのか?」


 ミサイルを発射した敵が月世界自由同盟であるとしたら、その保有する武装の種類や位置関係についてもある程度は情報当局が掴んでいるはずなのだ。


「うん、今来た! ……やっぱり2機とも『オルカ51』だって!」


「ちっ、嫌らしいヤツだな……」


 オルカ51は大型船(クジラ)殺しの異名を持つオルカ50の改良型で、複数のミサイルが自動で連携して相手を追い詰めることができるという。


「メアリー、オルカ51の詳しいスペックを送って貰ってくれ。特に寸法が欲しい」


「りょーかい! 情報当局も全面協力だそうだから、すぐに出ると思う」


 宇宙用ミサイルの外観は地球上でのミサイルとは異なり、人類が最初に月面へ到達したときの月着陸船のような形をしている。

 四角い本体から飛び出した4本のアウトリガーの先端にスラスターを持つ構造。この、アウトリガーの長さとスラスターの能力によって、とれだけ素早く方向転換ができるのかが変わってくる。


「まったく……いらねー手間を掛けさせやがって! 見てろよ? そう簡単にやられてたまるかってんだ!」


 送られてきたデータを次々にAIに転送し、適正なタイミングの計算に入る。


「よし……これならいける」

 シミュレーションの結果を3Dモニターで検証していく。

 ただひとつ問題があるとすれば、船のスラスターが万全ではないことだ。そう、No5のスラスターが使用不能なのだ。なので、その分は加速が足りないことを考慮して……。


 するとそこへ、パブロからヘッドセットに通信が入った。


《まずいことになったぞ……》

 上擦った声は、 それがただ事ではないことを示している。


「どうしたってんです?」

 慌ててクロードが聞き返す。


《スラスターNo5だ。昨日、敵ビーストが暴れた際に燃料弁をスラスターの手元と根幹の2ヵ所で遮断したんだが……その『手元側』が敵のチズルロケットで破壊されとる》


「何だって……」

 その場合、根幹側のバルブを開けることができない。開けると、壊れた手元側のバルブから燃料が漏れるからだ。

 だが、そうなると。


《根幹側の燃料バルブが開けられんとなると、No5を含めて8機中4機の垂直スラスターが使えなくなる。このままでは敵ミサイルから逃げるのは難しいぞ》


「……オーケー、今からそっちへ行く」


 通話を切って、No5スラスターの元へと急ぐ。もしもパブロの言う通りなら、スラスターを使って回転するときの推力が不足してミサイルに追いつかれる危険が高くなる。


「パブロ爺さん! ……何処だ?!」

 飛び込んだ先で、パブロが無言のまま上空にある『壊れたバルブ』を指さした。原型を留めない、まるで前衛芸術のような有様。


「く……っそ! 思ったより派手な壊れ方だな!」

 少しくらいの破損であればアランを呼んで溶接で潰してしまおうかとも考えていたが、そんなレベルではないようだ。


「昨日は化学消火の泡が残っとったから分からなんだが……こうして泡が消えてみたら、こんなザマよ。バルブは特殊合金の一体モノだから溶接も難しい……これではどうすることもできんわ」

 パブロが「ちっ!」と短く吐き捨てた。


「どうするんだ?」

 苛つくパブロに、クロードはぐっと唇を噛み締めた。


「仕方ねーよ。『やれるだけのことはやる』それだけだ」


《被弾想定箇所! 消火機材の設置急げ!》

《圧力隔壁、全閉鎖! 火が回っても最小限に抑えられるように!》

《バルーン、被弾想定箇所ブロックに最初から展開!》


 ビーストの中身が宇宙船事故対応班に入れ替わっている。カグヤや侵入者の女をガードしている4体、そして緊急時の修理を対応するアンリとリアクターの担当であるカミーユの計6体を除いた19体のビーストの全てだ。こうした柔軟性のある対応はビーストならではであろう。


 AIによる計算の結果、ミサイルの狙いは船体後部の対自転スラスターからスラスター用の燃料タンクにかけてだと判明した。そこを爆破することで、船全体に誘爆させようという目論見だろう。


「カグヤ様の退避準備は?」

 ローラがブリッジから尋ねる。


《こちらビーストNo11。宇宙服の着用を完了、今からカグヤ様とともに救助ボートへ向かいます》


「……頼んだわよ。万が一のときは、そのまま脱出してもらう他ないんだから」


 もしも被弾して船全体が爆破ということになれば、そこから救助ボートへの乗り移っていたのでは間に合わなくなる危険がある。ブリッジに詰めているクロードたち3名とパブロは日頃から訓練を重ねているから火災の中からでも脱出できるかも知れないが、素人のカグヤではそうは行かないだろう。


 だが、かといって『予め逃しておく』こともできない。敵の目的があくまでカグヤ本人の殺害なのだしたら、救助ボートが飛び出した瞬間に狙いをそっちに移される可能性が高いのだ。そうならば鈍足の救助ボートに助かる道はない。最悪の場合、ミサイルを貨物船で引き受けてでもカグヤの身を守ることを考えねば。

 

「でも……」

 メアリーがローラの顔を恐る恐る覗き込む。


「仮に『万が一』のときに、救助ボートを射出しても、それで必ず助かるというものでも」


 そう、救助ボートとはいってもマッハ30を超える超高速で飛行しているのだ。仮に別の船を出してインターセプトするにしても、そのランデブーは容易ではない。救助まで何日掛かるのかはやってみないと分からない。


「そうね。だから、なるべくなら『その手』は使いたくないんだけれど」


 ローラがチラリとクロードの横顔を窺った。8機あるスラスターのうち4機が使えないという状況で『このパターンならミサイルをかわせる』という条件を、AIの計算では導けなかった。

 ならば、そのタイミングはクロードが長年培ってきた『勘』に頼る他ない。絶望的な挑戦……。


 ……どう、する。

 クロードは必死に頭を回していた。『何か他にできることはないか』。

 恐怖と緊張のせいなのか、指先から感覚が無くなっていく気がする。腕と足が小刻みに震えるのが分かる。

 逃げ出せるものなら全てを投げ出して逃げてしまいたい。


 あまりにも、責任が重すぎる。

 最新鋭のAIが『解なし』としたものを、自分の力量ひとつでどうにかしろと任されたのだ。


 『もしも失敗したらどうなるのか』。

 その場合は救助ボートに運良く乗り込めたところで漂流生活を余儀なくされる。何時こられるかも分からない救助をひたすら待つしかないのだ。もしも船内の電源が切れたり酸素が切れれば、それで終わり。


 それだけではない。仮に自分たちやカグヤが上手く救助されたとしても、船の積荷が。これらは月で暮らす人類の大事な資源だ。これが届かないとなればゼグラス人の生活が大変なことになる。追加便の貨物船もそう簡単には用意できまい。


 そして、『船』そのものが。

 載貨重量12万トンを超える巨大宇宙船なぞそう簡単に建造できるものではない。もしも本船を失えば、補給線が細くなるゼグラスは今の人口を支えきれまい。必ず、暴動が起きる。……政治的混乱は必至だ。


クロードの額にジワリと汗か滲む。


 『失敗』という2文字は無ぇ……。

 何としても、何としてもこの危機を乗り越えないと。そのために、何かできることは……。

 さぁ回せ、頭を回せ! 筆記試験では同期だったローラの後塵を拝したが、操舵手(ヘルムズマン)のシートを獲得したのは対応力を買われたからじゃないのか? その実力を、今発揮しなくてどうするんだよ!


 ん? ……待てよ?

 クロードの頭に、何かがピンと閃いた。


「あるぞ……まだ『奥の手』が!」

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