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急速接近

「ええぇぇっ! デュラン・アカス監修の缶詰ぇ? ブストン・へルメンタールのビーフシチューぅ? 何それぇ! 何であたしを呼んでくれなかったのよぉ!」


 ブリッジに戻ってから、クロードはメアリーに『カグヤの部屋で何があったのか』をガン詰めされて白状させられたのだ。

 ローラも「まぁ、今更だし。いいでしょ、それくらい」と半ば諦め顔だ。こうした事態の中だ。下手に秘密の原則に固執すると、これから先に何かあった場合に対応を間違えたり後手に回る危険があるという思惑もあるのだろう。


「あたしだって、そんな高級なレーションを食べたかったぁぁ!」

 まるで駄々っ子のように手足をばたつかせて喚いている。


「……仕方ねーだろ。オレだって好きで食事を付き合った訳じゃねーよ。そうしないと、カグヤ様が安心しなさそーだったから、仕方なくだ」


「だいたいさぁ、地球って美味しい物が多いんだよ! 月とは大違いなんだよ!」

 メアリーは膨れっ面のままだ。


「月のブースって破裂防止とかで、地球の単位でいうとで0.75気圧しかないじゃん? だから何を食べても基本的に薄味にしか感じないのよ! でも地球はチャンと1気圧あるじゃん? 味を濃く感じるじゃん? めっちゃ、美味いじゃんか!」


 薄く感じても塩や砂糖はそれなりに入っているから、濃く感じるほど入れてしまうと内蔵がもたない。例えば西洋人は糖分に強くて塩分に弱く、日本人はその逆の傾向があるという。なので、何れはそうした環境に適応した人間も出てくるかも知れないが……。


「それにお菓子が! 月のお菓子って、クソ高い高級品を作る店しか出店してないのよ!」

 わざわざ月まで行って店を出すには、相当の資金が必要になる。結果として食料関係は高級品が多くなるのだが……。


「でも地球は違うじゃん! 駄菓子があるじゃん! 安くて、しかもめっちゃ美味しいヤツが! スナック! チョコ菓子! ポテチ! 飴玉! もうね、あたしはそれだけのために地球へ行きたくて宇宙船通信士の免許を取ったんだから! 死にものぐるいで!」


 そうした努力と食欲によって、彼女は今のポジションを手に入れたと言っていた。そうした彼女からしたら、カグヤのように黙っていても美味しいものが用意される環境はひどく羨ましいに違いあるまい。


 そこまで聞いていて、ふとクロードには気付いたことがあった。


「なぁ、ローラ船長。もしかして『次期国家元首』ってのは、何かこう……遺伝的な要素とか家系とか、そんなものが関係しているのか?」


 カグヤの様子を見ているに、『こういう生活』が長い気がしてならない。『学校に行っていない』など。だとすれば、彼女はかなり早い段階で『後継者指名』を受けた可能性が高い。


「あー……それね」

 その問いに答えたのは、意外にもメアリーだった。


「うん。国家元首の継承は『指名さえあれば誰でもいい』って訳じゃないのよ。そうしないと、完全に世界連合の言いなりになっちゃうし」


 メアリーは月世界人……ゼグラスの住人だから、その立場はあまり地球の世界連合寄りではない。


「あたしも詳しく『どうだ』とは知らないんだけど、何でも『数億人に一人』という割合でしか産まれない、特殊な遺伝子を持っていることが条件なんだって。どういう理由なのか知らないけれど、ゼグラスでは『過去の国家元首様が輪廻転生で生まれ変わって降臨する』って言われてるの」


「『数億人に一人』か……なるほどね」


 カグヤの容姿を思えば、納得が行くというものだろう。如何に月世界人にアルビノが比較的多いとは言え、そこにオッドアイの組み合わせはそうそうあるものではあるまい。少なくとも自分は初めてお目にかかった。


「あーあ。あたしがアテンダントをしたかったなぁ……」

 テンションが急降下したまま、メアリーが通信席へと戻る。と、そのときだった。


《警報です》

 突然、テラの音声が割り込んできた。


《まだ距離が離れているので断定はできませんが、超高速で飛来する物体がふたつ、この貨物船を追従しています》


「超高速で飛来する物体? 何それ」

 メアリーにはピンと来なかったようだが。


《軌跡の傾向からして、宇宙ミサイルの可能性があります》


「船尾天体望遠鏡、展開を!」

 『ミサイル』の単語にローラが素早く反応してみせた。


「りょ、りょーかい!」


 メアリーが慌ててパネルを操作する。この船の船首と船尾にはそれぞれ高感度の天体望遠鏡が装備されているのだ。不意に起こる天文現象の観測や、或いは『敵』の接近を目視で捉えるために。

 半円形の分厚いカバーが開き、テラから指示のあった方角へゆっくりとレンズを向ける。


「かなり遠いけど……何かいるわね、確かに」

 モニター上でズームする先に何かが光を反射している。2つだ。


《進行方向算出。このままだと、3時間5分後に本船と衝突します》


 それが相手の狙いなのだとしたら、ミサイルの可能性は高いだろう。衛星軌道から発射されたミサイルなら、マッハ30を越える加速も容易だ。


「テラ、フェニックスからの迎撃はないのか?!」


 当然、この事態はフェニックス側も察知しているはずなのだ。


《フェニックス側からも迎撃用ミサイルの発射を準備していますが、発射角(ベクトル)が合わないので、最短でも到着まで約3分のタイムラグがでます》


 衛星軌道上にいるミサイル衛星は地球の自転方向に合わせて常に動いているから、ちょうどいい位置関係を取るのが難しい。

 敵は自分たちのミサイル衛星とフェニックス側のミサイル衛星との位置関係を綿密に計算していたに違いない。


「管制センターから航路の変更について指示はあるの?」

 ローラの問に、テラからは《現時点で指示はありません》と素っ気なく返してきた。


「……どうします? ローラ船長。みすみす被弾する訳にもいかんでしょ」


「テラ、敵ミサイルの型式は判別可能?」

 ローラの質問に、テラは《ミサイルと仮定して推定されるタイプは3つです》と返してきた。


《いずれもオーロラ社の近距離宇宙用ミサイルで、速度から判断して旧式のシャーク22の全加速か、もしくは現行型のオルカ50もしくは改良型の51が全加速の70%で飛んでいるかのいずれかです》


「加速の余地ありか……参ったわね」


 ローラが腕を組んで天井(※宇宙船では照明のある側)を見上げる。宇宙には空気抵抗がないから、エンジンが噴射してる分だけ加速ができるのだ。なのでもしも敵ミサイルが燃料を余しているのだとしたら、船を加速させて『逃げ切り』を図ったとしても追いつかれる危険がある。


「何か手はある? クロード」

 天井を見上げたままのローラに、クロードが「ひとつだけ手がある」と左手の人差し指を突き上げて見せた。


「何? 言ってみて。気休めでもいいから」


「気休めじゃあねぇよ。無い頭を必死に絞って考えてんだ」

 そう、例え何があろうと船を見捨てることはできない。何としても月に『荷物』を無事に届けないと。


「敵サンの正体がミサイルだとすれば、その弱点は間違いなく『機動性』にあるはずなんだ。そこはどれだけガタイの差があっても、貨物船にゃあ勝てねぇ」


「え……ど、どゆこと?」

 きょとんとしているメアリーに、クロードが「つまりだ」と説明する。


「敵サンのミサイルは少なくともすでに70%は燃料を使い切っているんだぜ? 残りは多くても30%しかない。ならば減速はかなり難しいはずなんだ」


「要するに、逆にこっちの船足を落として『追い越させよう』ってわけね」


 ローラが言うように、宇宙空間を飛来する物体は空気抵抗がないから減速も容易ではない。姿勢をひっくり返してエンジンを反対側へ向け、『逆向きフル加速』をする必要があるのだ。

 

「こっちだって12万8千トンの載貨重量だから簡単にゃあ減速しねぇ。だが、積んでる燃料とスラスターの容量が違うからな。ブレーキはよく利くはずなんだ」


「で、でも早くに減速したら早くに追いつかれるだけだよね?」

 メアリーの言う通り、この作戦では減速するタイミングがモノを言う。


「そうだ。だから、ミサイルをギリギリまで引き付けてから、後部の垂直スラスターを全開にして船の姿勢をグルリとひっくり返す」


 いわば船全体で『宙返り』をさせてミサイルの進路から外そうというわけだ。


「それで『やり過ごした』ら、対自転スラスター全開でフル減速だ。そうすれば、減速割合の差でミサイルを引き離せる……」


「そして3分の時間を稼いで、フェニックスの迎撃ミサイル到着を待つ……か」

 ローラが制服の帽子を被り直した。


「燃料がどうとかケチ臭いことを言ってる場合じゃないわね。オーケー、それでフェニックスに掛け合ってみるわ」

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