カグヤの部屋
朝食が終わったのち、クロードはカグヤのいる貨物室へと向かった。一人寂しく部屋にいるのも心細いだろうし。
《お疲れさまです》
貨物室前を警備しているNo10とNo9のビーストが声を掛けてきた。手には対人用波動銃、それと腰のベルトにはチズルロケットの弾倉が。もう敵となる存在はいないと思うのだが、それでも油断はできまい。
「ご苦労さま。『表敬訪問』だ。中へ入るよ。……あー、クロードです。中に入っても?」
ドアの前に立ち、ヘッドセットでカグヤへ呼び掛ける。
《ああ……どうぞ》
少し安心したような声が返ってくる。
「失礼します」
中の鍵が回る『カチャリ』という音を聞いて、ドアを開ける。
ドアのロックは昨日のうちにアンリの手を借りてオーソドックスなシリンダーキーに取り替えた。古典的な原理の鍵だが、工具類の持ち込みが限られた空間では電子錠より効果はあるだろう。
昨日感じた『鼻を突く匂い』は、もう感じられなかった。
「どうぞ、中へ」
カグヤが招き入れてくれる。幾分か声に力がないような。
「昨晩は寝られましたか?」
いくら貨物室前にビーストを並べて警備させてあるとはいえ、テロリストに飛び込まれたのだ。さぞかし不安だったとは思うが。
「え、ええ……何しろ無重力状態での睡眠になれていないもので」
上下の感覚がない宇宙空間では慣れるまで寝付きに苦労するものだ。浮かべる困惑した笑いに、明らかな寝不足が見てとれる。
「それはよくないな。薬類に関しては何か制限が? テラに確認してもらって、もしも問題がなければ船に備え付けの導眠剤をお渡ししますよ。1時間ほどで効果が出て、少なくとも4時間ほどはそのまま眠れます」
「ありがとう。少し休んでみて、寝付きがどうにもよくないようなら、テラに聞いてみます」
多少安心したのか、微かにカグヤが微笑んだ。
「失礼ですが、お食事は? 今朝は朝食を?」
「いえ……」
チラリと視線を送った先に加熱器があるが、使った形跡はない。
「もしや、昨日から何も食べていないとか?」
慣れない環境で、一人にしておくのは流石に配慮が足りなかったか。
「ええ……あ、あの、食料の場所とか、加熱器の使い方についてはチャンと知ってますから。でも、中々と食欲が。き、緊張もしてますからね……」
カグヤの目が宙を泳いでいる。頭で分かっていても、環境の変化に馴染むのには時間も掛かるだろう。
「失礼。少し、食料庫を見せてください。私でよければ、何か見繕いましょう」
バンドに固定されたケースそのものは、貨物船のラウンジで自分たちが使っているものと同じだ。ならば、それが食料品入れなのだろう。
「ええっと……ああ、あるな。やはりこれが食料だ。チャンと食べる日付と時間も記載されてある。とはいうものの、間が飛んでいるからな……必ずしもだけど」
クロードが中の缶詰やらパックをしげしげと眺める。
「おっと! これはいいものがあるぞ」
ひとつの缶詰に目を留めた。
「……何ですか?」
興味深そうにカグヤが近寄ってくる。
「これです。地中海産シュリンプの甘煮なんですが、監修者の名前……ほら、この缶詰の側面に書かれた名前です。ここが重要なんで。ここに『デュラン・アカス』とあるでしょ? これは地球で超有名な三ツ星シェフなんですよ。この人の宇宙食はとても美味しんです。貴重ですよ?」
「へぇ……存じませんでした」
互いに色の違う目を丸くして、カグヤが缶詰を珍しそうに眺める。
「こっちのパウチも興味深いな……同じく三ツ星シェフのブストン・へルメンタール監修だ。『トリュフ入りビーフシチュー』とあるぞ! はは、これは凄い! 間違いなく絶品のヤツですぜ」
気が紛れるよう、少し大げさ目にアピールして見せる。
「その……私は知らないのですが、そんなにいいものなんでしょうか?」
多少は食欲が湧いたのだろうか、まだ少し臆病そうにしながらも多少は興味が出てきたようだ。
「ああ、これは間違いないヤツだ。私らの通常航海ではお目にかかれない代物ですよ。旅客便の、それもSクラスのお客に提供されるような逸品です」
「まぁ、それでしたら」
カグヤの顔に、少しづつ笑顔が戻ってきた。そして。
「それ、私と二人で食べて頂けませんか? あの、もしお願いができればですが」
簡単にミーティングを終わらせてから、ブリッジの真下にある通称・ラウンジと呼ばれる小部屋へと向かう。
『ラウンジ』とはいう名はつくが、所詮はただの貨物船。その名前から想像するほどラグジュアリーでもなければ、広くもない。ただ、食事をしたり雑談をするのに使っているというだけで。あとは地球や月にいる家族と会話するためにも使うことがある。窓からは宇宙の景色を拝むことはできるが、その他には絵画のひとつとて飾ってあったりはしない。
「今朝の飯は何だったかな」
頑丈なベルトでロックされていた配給品ケースのひとつを取り出し、中身を開ける。
「缶詰はオイルサーディンだな。それとポタージュスープ」
クロードが中身を取り分けて、宙に放り投げていく。行儀が悪いようにも思えるが、ふわふわと漂って相手のところへ辿り着くから、結果的にこの方が効率がよいのだ。
「サーディン(※ニシン)かぁ……。まぁ、嫌いじゃないけど、サーモンの方が好きかな」
受け取った缶の中身を開けながら、メアリーがひとつ愚痴をこぼす。
「おや? 今日はテンション低めじゃないの。珍しいわね、いつもは『食べるのだけが楽しみ』って、食事になるとテンションが上がるのに」
ローラが茶化して笑う。
航海中はとにかく『暇』だ。特に巡航航路に乗ってから月に接近するまでは仕事らしい仕事もない。かといって、いつ緊急事態が発生するかも分からないからずっと寝ているという訳にも行かない。だから、ひたすら時間潰しをしなくてはならない。
1日3回の食事は大きなイベントなのだ。
「ニシンは生息の絶対数が回復していないというからの……地球なら貴重品だ」
パブロは黙々と缶詰のサーディンをフォークに差して口へ運んでいた。
「贅沢を言うなら、もう少し歯ごたえがあるものも食べたいけれど。それと宇宙にいる間はバゲット(※フランスパンの一種)が食べられないのも残念かもね」
ローラがポタージュスープの入ったアルミパックを食品加熱器から取り出す。30秒ほどで中身を70℃ほどに加熱できる優れものだ。
パックの口を切り、吸い出すようにして食べる。
「バゲットか、そうだな。パンくずが飛ばないようにしたパンもあるっちゃああるけど、ライスケーキ(※餅)みたいで食感はイマイチだしな」
クロードもそれには同意のようだ。
地上と違って浮遊した細かいクズが何処へ飛ぶか分からない宇宙空間ではどうしても制限がある。観光用の旅客船になると、食堂エリアにそういう微粒子対策を施してあるからある程度は制限も緩和されるのだが。
「……味付けも悪くないんだけれどね。少し薄いけれど」
今日はどうにもメアリーのテンションが上がらないようだ。
「薄味なのは我慢しろや。別にケータリングキッチンの連中が材料をケチっている訳じゃあねえんだし」
貨物船の船内は0.8気圧で一定に保たれていて、地球上より2割も低い。これは宇宙を航行する際に、その巨大な圧力で船体が膨らんだり変形したりするのを抑えるためだ。この場合、人間の味覚も2割ほど低下すると知られている。そのため、同じものでも宇宙にいると薄味に感じてしまうのだ。
「あーあ、『VIP様』はもっといいものを食べてんだろうなぁ」
メアリーがため息をつく。どうやら、そのやっかみがテンションの低い原因らしい。
だが。
「そう思うのは自由だが、多分オレらと何も変わらんと思うぞ」
ポタージュスープの最後を吸い取り、クロードが元々入っていたケースへと空缶とパックを戻す。
「そうなの?」
「そりゃそうさ。専属のシェフとかが帯同しているわけじゃなし。基本的に航海中は食事の用意も自分でするらしいから、大したことはできんよ。せいぜい加熱器で温めるくらいで」
微小重力空間や無重力空間での『調理』は困難を極める。食材が浮いてしまうから煮る・焼くという工程が難しいからだ。それに『皿に盛る』ということもできない。基本的には箱詰めにするか、もしくはスープ類のようにパックに入れるかだ。
少々材料がいい物を使えるかどうかで、その内容はクロードたち船員と大差はあるまいとクロードは考えていた。
「えー……そうなのぉ? 夢が無いなぁ。VIP様なら、もっといい物が食べられるかと思ってたけれど」
食べ終わって萎んだパックを、メアリーが愚痴とともにケースへ戻していた。




