よん
パルム先輩に連れられて、会社の食堂へ行くのだと思っていたら、会社を出てきた?
「食堂にいくのでは…?」
「そうだよ?近くて便利だし、美味しいからね!」
徒歩数分で到着したのは、ビルの一階にある、如何にも個人経営って感じの小さな食堂だった。
お昼の混雑にはまだ早いようで、お客さんも奥の席に一人しかいない。
「いらっしゃーい。 およ?新しい子入ったんだ?」
カウンターの奥から顔を出したのは、ひろみ姉さんくらいの年齢の女の人が一人。
先程の声の主はあの女性で間違いないと思う。他に従業員の姿は見えないし。
「これからこの子も来ることがあるだろうからよろしくね」
「はいはーい!」
会話の内容から、おそらく僕達の仕事を理解してるって思っていいんだよね?
「ここはね、うちの立ち上げのときからみんながお世話になってるんだよ」
「じゃあ社長ちゃんも…?」
「勿論! はい、メニュー。好きなもの頼みなー」
「ありがとうございます」
受け取ったメニューにはすっごい数の料理名が並ぶ。
基本は和食で、小皿の一品から定食まで選び放題。
定食は食べきれる気がしないし…。悩んだ末に天丼を頼んだ。
「もっと色々と頼んでいいのに」
「いえ、食べきれませんから…」
「大きくなれないぞー?」
そう言って胸を張るパルムさん。
自然と視線がいってしまい、慌てて目をそらす。
「可愛い反応するね。 年上とあまり接点ないの?」
「姉はいますけど、女子力皆無なので…」
「あははっ」
緊張を解そうとしてくれたのかな。
料理が届くまでの間、僕の初配信の感想や、パルムさんの配信活動について教えてもらった。
2期生のパルム先輩は、入社して四年になるそうで、基本はゲームの実況をしていると…。
5期生に区分される僕からしたらものすごい先輩だ。
一応、僕にも同期になるメンバーがあと二人居るってのは聞いているけど、正式発表はまだもう少し先らしい。
「コラボの話なんだけどね、ゲームはギフトとして送っておいたから帰ったらインストールだけはしておいてね」
「えっ!?」
ギフトって…。
「良かったのですか!?」
「うん。私からのプレゼント! コラボを持ちかけたのも私だからね」
「あ、ありがとうございます」
「そんな固くならなくていいから。礼儀は誰に対しても必要だけど、緊張する必要はないからね」
「は、はい!」
とは言われても…。
「おまたせー! 天丼だよ!」
「ありがとうございます。 美味しそう!」
「でしょ? リサはいつものね!」
「サンキュー」
リサ…?あ、先輩の本名かな。
「あのリサが真っ当な事言ってる…」
奥の席で食事をしていた一人がてちてちと近寄ってきた。
背は小さくて可愛らしいけど、間違いなく年上。雰囲気が大人っぽいもん。
「げぇっ!?」
変な声を上げるパルム先輩。気がついてなかったの?
てっきりわかってて話してるのだとばかり…。
部外者だったらどうしてたんだろう。
「初めましてアルジェちゃん」
「は、はじめまして」
その名前で呼ぶって事はここの店員ではなく、先輩だよね?
「いつからいたんです!?」
「二人が来る前…注意力が足りない」
「うっ…。でも、もし不味いときは女将さんが教えてくれますし!」
「人任せ…。アルジェちゃんはこんなふうになったら駄目だよ。初めは本当に生意気だったし…」
「その節は本当にすみませんでした! 新しい後輩の前で言わなくても…」
「それもそう。 アルジェちゃん。私はメルティ、そういえばわかる…?」
「は、はいっ!」
登録者数四百万人超えの1期生メンバー…。
キレイな薄紫色の長い髪とキツネなケモミミが特徴で、FPSゲームがものすごく得意。
武器を持つと人が変わる事で有名。
今でこそおっとりと会話をしてるけど、いざ武器を持つと真逆になる。
社長ちゃんから聞いたからよーくしってる。
たとえ水鉄砲でも持たせたらいけないときつく言われたから。
「コラボの話ししてたの…?」
「そうなんです。この子まさかのブロクラ初心者で! イチから教え込む配信とか絶対うけますからね!」
「うちのサーバーで…?」
「まさか! いきなりあんなとこへ連れて行ったら大変な事になりますって」
「む。私も頑張って罠作ったのに…」
「初心者卒業したら連れていきますから」
「ならよし…」
メルティ先輩は満足そうに頷くと、お会計をして店を出ていった。
「はぁ、びっくりした…」
「はい、まさかの大先輩でした」
「いるのは知ってたの!?」
「奥にみえましたよ? パルム先輩が会社の話とか普通にされるから、関係者なのだろうとは思ってましたけど…」
実際は気がついてなかったようだけども。
「次からは誰かいたら教えてね?」
「は、はい。…ごめんなさい…」
「そんな謝らなくていいから! 怒ってるわけじゃないからね!?」
よかった…。
美味しい昼食後、会社に戻ってパルム先輩の案内で会社の中を見て回る。
始めは会社のメインとも言うべき、3D配信用の巨大スタジオ。
何十億ってお金がかかってるらしい…。
恐ろしくて入れないよ…。
次に案内されたのは扉がたくさんある廊下。マンションみたい。
「こっちが個人用の配信スペースね」
「一部屋ずつがですか?」
「そう。防音も完璧だからほぼ会社に住み着いてる子もいるね」
「あ、宿泊設備もあるんですもんね」
「うん。そっちもあとから案内するよ。収録で遅くなったら泊まるって時もあるからね」
ハードル高いなぁ…。
「部屋にもシャワーだけはついてるけど、大浴場もあるからね」
「そう…なんですね」
僕は絶対に近づいたらだめなエリアだ。バレないためというよりかは倫理的に…。
このビルはどこも防音がしてあるらしく、廊下を歩いていても足音さえ吸収されていくような感覚。
歩いてる途中、真横の扉が音もなく突然開き、知らない人が出てきてびっくりした…。
「パルムじゃない。今日収録あった?」
「やほー。今日はねこの子に会いに来たのさ」
「ん…?まさか!!」
こちらへ振り向いたお姉さんにガシッと肩を掴まれて、頭が真っ白に。
「新しい子だよね?アルジェちゃんだよね?」
「は、はい…初めまして」
「せいかーい。怖がらせないでよピノ? まだ案内してる最中なんだから」
「リアルロリっ子きたーーー!」
「はぁ…。また悪い病気だしてるな、この変態は。本物の未成年なんだから気をつけてよ?手を出したら事案だからね?」
「うっ…。無理。可愛すぎる」
怖い怖い…。力強い。
ピノって名前からキャラの見た目は思い出せたけど、こんな人だったなんて。
社長ちゃんが見せてくれた、所属ライバーを把握できるって動画で見た印象と違いすぎる!
おっとりとしたエルフのお姉さんだったのに。
「ほら! 今なら同期のよしみで見逃すから手を離してあげて。あまり酷いと社長ちゃんに報告するよ?」
「やめて!?既にイエローカードなんだから」
イエローカード…?何枚か揃ったら退場、みたいな?
ようやく手は離してもらえたけど、視線が…。
舐めるようなねっとりとしたもので寒気がする…。