に
自宅に帰り、両親に帰ってきた挨拶をして、お父さんにお礼を伝えた。
「構わない。ただ、始めたなら中途半端で辞めるような事はするなよ。せっかく自分で稼いだお金も無駄になるのだからな」
「はい」
それよりも、お父さんやこよみにまで出してもらったお金を無駄にできないよ…。
こよみなんて多分貯めてたお年玉やお小遣いだよね…。
兄として恥ずかしいよ…。
まだひろみ姉さんの所の仕事は続けるから、まずはそれで返せるようにはしたい。
「ひろみは相変わらずだった?」
「うん…まぁ…」
お母さんもひろみ姉さんのことは心配だったんだろうなぁ。
仕事はできる人なんだろうけど、それ以外が…。
大丈夫かな。心配になってきた。
時々見に行ったほうがいいかも…。
翌日の日曜日には購入したものが宅配で届き、こよみにも手伝ってもらいながら部屋に設置。
あっという間に僕の部屋がハイテク空間に…。
モニターも二つあるし、PCも二台。
一台はひろみ姉さんから貰ったお下がりで、仕事用のノートパソコンだけど。
「お兄ちゃん、これ一番大切なものだから」
そういって渡されたのは新しいスマホ。
「これのカメラに自分を写していれば、キャラがお兄ちゃんの動きに合わせて動くからね」
前もって説明は聞いてたし、昨夜のうちに調べもしたけど…やっぱりまだ理解がついていかない。
しかもキャラはこよみが用意するから任せろって言われてて…。
さっそくPCの初期設定やら、配信のための機材も準備して、試しにこよみの言うキャラってのを動かしてみる事にした。
「ねぇ、こよみ? これ女の子キャラ?」
「まさか! 男の娘だよ! 名前はシロ!」
どう見ても女の子に見えるんだけど。
真っ白なセミロングの髪に、青い瞳。
僕の動きに合わせて、瞬きや口も動くし、首を振れば同じように動く。
ただ、全身を見せてもらったら確かにスカートじゃなくてハーフパンツで、体型も女の子ではなかった。
「お兄ちゃんの声だと、バリバリの男キャラでは違和感がすごいよ?」
「…そうかもだけど。 というか、このキャラ見覚えがある」
「さすがお兄ちゃん! 私がデザインしました!」
だよね。こよみって絵を書くのが好きだからこういうキャラも書いてたし。
別に漫画家になりたいとかでは無く、単に書くのが好きなだけらしいけど。
「色々と勉強したから、こういう動く2Dキャラも3Dキャラも作れます!」
うちの妹はスペックどうなってるの。
「業界ではキャラの生みの親はママ。2D、3Dの方だとパパと呼ばれます!」
「じゃあ僕のキャラは…」
「私がお兄ちゃんのママでありパパです!」
語弊がすっごいね?
早速、その日に動画を録画してみた。
ゲームは遊びなれてるオープンワールドのファンタジーRPGで。
モニターの横に設置したスマホのカメラが僕の顔を認識し、キャラが動く。
気の早いこよみが投稿サイトにアカウントを作り、プロフィールも書き込んで準備は完了。
それで初めてわかった。男の娘ってそっちかよ! 男の子だと思ってた…。
ただ、ゲームをしながら話したりなんてしたことが無いから、本当に難しかった。
見かねたこよみが横からツッコミを入れてくれるからなんとかなってた感じ。
「シロ! 後ろから敵!」
「え? 待って待って! 多い多い! いつの間にこんな集まってたの!?」
「道端の草を毟ってた時に?」
「その時に教えてよ!」
「教えたらつまんないじゃん!」
こんな感じでこよみとのやり取りをそのまま動画にして、相談しながら余分な所をカットしたりして一本の動画に仕上げた。
それを投稿サイトに上げたのは一週間後。
中々決心がつかなくて…。
無理矢理投稿しようとするこよみとの攻防は激しかった。
一度投稿してからは諦めも相まって、抵抗感も薄れて…。
投稿するまでに、次々に新しい動画は用意してたから定期的に投稿は続けた。
週に数本ペースで上げている動画は再生数が伸びず、コメントもつかないまま…。
心が折れそうになりながらも、投げ出して辞めることだけはしないと誓ったのを守る為に、投稿は続けてた。
二月ほどたった時に初めてコメントが貰えたときは、本当に嬉しかった。
”キャラと声が可愛い! でもツッコミの子はキャラがないの?”
って。
それを見たこよみは、僕のキャラ…シロの頭の上にちっこいネコキャラのニャミーを追加。
それで作った動画に同じ人からコメントが貰えて。
”対応早っ! ニャミーちゃんも動いてて可愛い!”
と。これにはこよみも大喜びだった。
ニャミーはこよみに連動してるわけではなくランダムだけど、コミカルに動くから確かに可愛くて。
「よしっ、ニャミーもウケがいいね!」
と、満足げ。
「そろそろ本格的に宣伝も始めるか〜」
そんなことを言い出したこよみは何をするのかと思ったら、SNSにシロのアカウントを作り、宣伝を始めた。
広報は任せてって、こよみ任せだけど…。
ひろみ姉さんの会社からの仕事を午前中にこなし、午後は録画や編集。
一人での実況も出来るようになってからは、こよみとニャミーの手も借りずに動画を作れるようになった。
コメントにはニャミーを惜しむ声もあったけど、こよみがSNS側でサポートの役目を終えたニャミーは新しくサポートの必要な子を探しに旅立ったと。時々は顔を出すこともあるから寂しがらないでねって。
実際にそんな相手はいないのだけど、そういう設定らしい。
そんな生活を半年ほど続けて、チャンネル登録者も増え、コメントもそこそこつくようになった。
時々、ゲームが下手とか、嫌な事を書き込まれたりもして凹みつつも、続けられたのはこよみの協力や、両親の応援もあったからだと思う。
そんなある日、こよみからとんでもない話が舞い込んだ。
「大手のニューホープからお兄ちゃんにスカウトの話が来てるよ」
「ニューホープって、あの?」
動画を投稿しだしてから、多少詳しくなった程度の僕でも名前を知ってる、大きな会社。
配信者をたくさん抱えてて、イベントや企業案件も多い、この分野の牽引をしてると言われてるそんな会社から?
「無理無理。僕なんかが…」
「またそうやって! こんな大きなチャンスを棒に振るの?」
「でも…やっと慣れてきた程度の僕には荷が重すぎるよ」
「約束したよね? いっぱい稼いで養ってくれるって!」
確かに約束したけど…。
こよみには返しきれない程の恩もある。
「わかったよ…面接だけでも受けてくる」
「うん! がんばれお兄ちゃん!」
ーーーーー
そして話は冒頭に続く訳なんだけど…。
女の子のフリをして、女の人の配信者しかいない会社で、幼い男の娘キャラとしてデビューした。
新しいキャラもこよみ作。
銀色で前より長い髪に、濃いブルーの瞳。
名前はアルジェ。銀色という意味のアルジェントから取ったらしい。
何度か会社へ足を運んだ時に、数人の先輩と会えたし、挨拶もした。
年齢もバラバラで、下は十代後半から上はお母さんより年上の人もいて、当然みんな女の人。
スタッフも出入りの業者以外は女の人しかいないらしい…。
デビューの日には、会社の先輩みんなからアルジェのSNSアカウントにおめでとうのメッセージが届いて、返事に追われた。
びっくりしたのは、まだ発表しかされてないのに既にフォロワーがすごい数になってて、知らない人からもお祝いのメッセージが大量に届いた事か。
夜、アルジェとして初配信。
シロの時はいつも録画だったから緊張がマックスで。
それでもこよみや会社の先輩たちからの励ましの書き込みに勇気をもらって、何とか自己紹介。
「初めまして。今日デビューするアルジェといいます。先輩方の切り開いてきた道を歩かせてもらうわけですので、決して先輩方の顔に泥を塗ることの無いよう精一杯頑張りたいと思います」
これは僕の決意表明。
社長ちゃんから聞いたんだ。あ、社長ちゃんって呼び方は、ご本人からの指定。
みんなそう呼ぶらしい。
そんな社長ちゃんも会社を立ち上げた当初は本当に大変だったと。
架空のキャラで配信する事に対する偏見や、周りからの理解がなかなか得られなくて、色々とあったらしい。
それでも諦めず、一緒に乗り越えてきた立ち上げメンバーは本当に会社にとって宝だと。
僕はその先輩たちが作り上げて、歩きやすくしてくれた道を通らせてもらう訳だから。
だからこそ、デビュー前からフォロワーやチャンネル登録者が凄い事になっている。
これは決して僕の力ではない。
当然キャラを用意してくれたこよみや、支えてくれた家族のお陰でもある。
「社長ちゃんに、先輩方。会社のスタッフさん、それとママに最大限の感謝を込めて、デビューの挨拶とさせていただきます」
挨拶のあとは少しの雑談タイムで、コメントに返事とかもしつつ過ごす予定。
びっくりしたのは、シロちゃん?って書き込みがいくつかあった事か。
元々、社長ちゃんにも言われてたからあり得ないことではなかったけど、本当に気がつく人がいるんだ、と。
”転生しても、ファンは気がつくからね。それは拾わないでね。後はリアルを知ってる人からの書き込みがあったとしても、そっちも返事しないように。もしひどい場合はこっちで対処するから”
って。
リアルって言うと同級生とかだろうけど、もう何年も会ってもないし、元々声を出すのも嫌で、中学に上がってからは、ほぼ会話もしてないから余程大丈夫だろう。
一番びっくりしたのは、この世界で言われてる”おひねり”がお祝いの言葉と共に投げられる。
それが凄いことになってて。何故かママであるこよみからも”夜未 (アルジェママ)って名前で投げられてて。 因みに夜未っていうのは、絵を書く時のこよみのペンネーム。
”ママもよう見とる” ”ママきたーッ” なんてコメントも。
みんなにお礼を言いたいのだけど追いつかなくて…。
「お祝いのおひねりありがとうございます。お礼が追いつかなくてごめんなさい!」
”気にすんなー” ”いいよいいよー” ”お祝いなんだから貰っとけー” ってコメントが。
見てくれてる人達も温かくて、先輩方が作り上げてきたものの一端を体感してしまい…その結果、胸が一杯になって言葉が出てこない。
「あ、ありがとう…温かいねみんな、本当に…」
応援のコメントがたくさん流れるから、頑張って気持ちを切り替えようとしたけど、最後までグダグダになってしまった。
「ごめんなさい…初配信でこんな事に…。この後は先輩の配信がありますので、是非そちらへ。今日は本当にありがとうございました。これからよろしくお願いします」
僕の転生後の初配信はこうして終わった。