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2/21

いち



遡ること数ヶ月前。


すべての発端は妹だった。


「お兄ちゃんさ、引きこもってるならヴァーチャルライバーにでもなってみない?」

「なにそれ…?」

一つ歳下の妹、こよみが今日も僕の部屋に遊びに来て、漫画を読みながら突然そんな事を言い出した。



説明を聞くと、最近はゲームの実況等をする人が流行ってるらしい。

僕自身もそういった動画を見た事はあるけど、やる側になるって話だよね?

確かに多少ゲームもするけど…なんの知識もないのに無理でしょ。

「お兄ちゃんなら、やっぱり男の娘だね! 声も可愛いままだし。絶対に人気が出るよ!」

突然そんな事を言われても…。

この見た目と声でイジメられて引きこもるようになったのに。


小学生の頃からずっとだった。

オトコオンナって言われたり、男子トイレに入ろうとしたら女子は入るなって男子に追い出されたり…。


女子は庇ってくれる子もいたけど、それがまた男子には気に食わなかったらしい。

中学でもそれは続き、次第に嫌がらせはエスカレート。ついに耐えられなくなって引きこもった。

高校受験もせず家にいるけど、両親も事情を知ってるからか、あまり煩くは言わないでいてくれる…。

家でお母さんの手伝いはしてるけどね。

お陰で家事ならお母さんに任せてもらえるくらいにはこなせるし、料理も上手くなってる。



「お母さん達にも話してこよっと!」

僕の意思は…。

とはいえ、引きこもってるままなのが良くないのもわかる。

こよみの話通りなら、仕事として成り立つのかもしれない。



僕が悩んでる間に、こよみと両親の間であっという間に話が進み、僕にはお父さんから一つ条件が出された。

「半額でもいいから機材を揃えるお金を自分で稼いできなさい。何もかも用意されて始めたのでは続ける意思も弱くなりかねないからな。働く先は話をつけてあるから頑張ってきなさい」

お父さんの言いたい事はわかる。しかももう話がつけてあるって…。

断る選択肢はないんだね。


「もう決まってるって、どこに?」

「まぁまぁ、お兄ちゃん。大丈夫だから。ね?」

こよみからもそう説得され…。

なんだか今この一歩を踏み出さなかったら後悔しそうな、そんな気がして。


一大決心をし、まずはお父さんが話をつけてくれたという仕事先へ向かう事に。

お父さんの言うように、自分で始めるんだっていう意思を固めるためにも…。

心配したこよみも道案内を兼ねてついてきてくれるし、大丈夫。

引きこもりとはいえ、食品の買い物やなんかは普通に行ってたし、外に出れないって程じゃない。

同級生に会いかねない時間帯は避けてるけど…。



話の纏まった次の日、早朝から家を出た。

「ねぇ、僕はまだ行き先を聞いてないんだけど、こよみは知ってるの?」

「当たり前だよ。案内役だからね!」

働く僕が行き先を教えてもらえてないっておかしくない?そう悩んでる暇もなくこよみに腕を引っ張られ、電車に乗り一時間ほど。

到着したのは見上げるほど大きなビル。

普段は来ないような都会に出てきたからビルが多いのは当然だけど、その中でも大きな方だと思う。


嘘だよね?引きこもりにこれはハードルが高くない?

入るのを躊躇してたら 「いくよー」 と、こよみに引きずられて自動ドアが開く。

うぅ…。まだ心の準備が。

普段行く大きな施設っていうと、時々こよみに連れ出されて家から少し離れたモールとかへ買い物へ行くけど、これは…。


「やっと来たか。久しぶりだな?」

聞き覚えのある声に顔を上げると、懐かしい顔。


「ひろみ姉さん?」

「ここ、ひろ姉の働いてる会社だよ!」

先に言ってほしかった…。身内がいるだけで安心感は違うんだから。


少し歳の離れたひろみ姉さんは、大学へ入学と同時に家を出て、そのまま就職。ずっと一人暮らしをしてるから、随分と久しぶりな気がする。

「仕事の説明をするからついてこい」

いきなり!?


「ほら、いくよ!」

相変わらずひっぱるこよみと、ひろみ姉さんに連れて行かれたのは、倉庫のような狭い部屋。

「ここには私くらいしか出入りしないだろうから、ゆっくりと慣らしていけ」

書類やらの詰まった棚以外には机とパソコンしかないし、他の人もいないなら落ち着くけど…。


ひろみ姉さんが教えてくれた仕事内容は、録音された音声を文字としてPCへ打ち込む、文字起こしという作業らしい。

「一つ大切な約束があるから覚えておけよ。内容は外へ漏らさない事。内容にもよるが基本は機密だと思って扱え」

「…はい」

「声が小さい!」

「はいっ!」

相変わらずひろみ姉さんは怖い…。



「じゃあお兄ちゃん、一ヶ月後に迎えに来るね」

「え?」

「今日から一ヶ月私と二人暮らしだ。久しぶりに美人な姉と居られるんだ、嬉しいだろう?」

えー…。正直不安しかない。だってひろみ姉さんって…。


「早速仕事だ。音声データはコレに入っているから、頑張れよ。 こよみはさっさと帰れ」

「はいはーい。私もやらなきゃいけない事があるし、帰りますよーだ!」

正直、僕も帰りたい…。

でもお父さんと約束したし。それに、知らない人しかいない場所で働くよりは…。


ひろみ姉さんに早く仕事をしろと言われて、音声データの入っている会社の備品だろう機材にイヤホンを繋いで、音声を再生。

聞き取りながら打ち込んでいく。

ひろみ姉さんは、“時々様子を見に来るからな?” と部屋を出ていった。



内容は正直難しすぎてチンプンカンプンだから、予測変換や前後の文脈から検索をして漢字の間違いがないかなど確認しながら打っていく。



…………

………

……



「おい。 城太郎!」

身体を揺すられて、ひろみ姉さんが部屋に来ていたのにようやく気がついた。

イヤホンしてたし、集中してて気が付かなかった。


「城太郎、昼ごはんだ。一緒に食べよう」

「もうお昼?」

時計を確認すると十二時半。


「何度か見に来たんだが、集中していたから声をかけなかったんだ。でもさすがに昼休憩は取らせないと私も上から叱られる」

手渡してくれたお弁当を受け取り、一緒に食事。


「これ、どうしたの?」

「会社は弁当を取ってるからな」

だよね、ひろみ姉さんがお弁当を作るとか有り得ない。

あり得たとして、真っ黒な物体が詰まってる。


「お前何か失礼なこと考えてないか?」

「…別に」

「城ちゃん、正直に言え」

「…その呼び方止めてって前に言ったよね」

学校でも城ちゃん呼びがお嬢ちゃんになっていって、散々からかわれたんだから。


「まだ気にしてたのか?むしろ城太郎と呼ぶほうが違和感があるだろう、お前の場合は」

ひろみ姉さんは相変わらずキツイね!?

見た目と名前が合ってないのは自覚してるよ!


いっそ女の子にでも生まれてた方がマシだったんじゃないかと、何度思ったか。



食事の後、午後も仕事を続け、夕方にまたひろみ姉さんに揺すられて、終業時間。


「さぁ今日はもう帰るぞ」

「ひろみ姉さんの家だよね…」

「ああ。あまり広くはないが我慢しろよ」

心配してるのはそっちじゃない。


バスで十分ほど揺られて、到着したのは大きなマンション。

いい所に住んでるなぁ。

オートロックのロビーを抜けて、エレベーターにのって五階のフロアへ。

「お前の事だ、一人で出歩くなんてのは少ないかもしれんが部屋は覚えておけよ?」

「はい…」

カードをかざすだけでカチャッと開く鍵。

うちと違ってハイテク…。



「しばらく一緒に暮らすんだから、自分の家だと思っていいからな」

「…………」

「どうした?早く入れ」

「どうした!? この状態でどうした!? 服はもう玄関から散乱してるし、台所もグッチャグチャ!」

「細かい事を気にする男はモテんぞ」

細かいかな!?むしろオオゴトだと思うけど?


この姉はうちにいた時からそうだった。

何度も手伝って…というかほぼ僕が片付けてたけど…。


こんな部屋で一ヶ月とか無理。

…まずは掃除かな。


食べ物系のゴミが放置されてないのだけは成長したよなーと。

前に虫がわいて絶叫してたから。


散らばっている服は着てたものと洗ったものがわからないから、色移りをしないように仕分けして洗濯機を何度も回さなくちゃ。

もうね、姉の下着とかも慣れたものだよ。

脱ぎ散らかすのは昔からだし。



洗濯を回してる間に冷蔵庫の確認。

…わかってたけどお酒と冷凍食品しかない。

「ひろみ姉さん、片付けておくから買い物に行ってきて」

「ん?作ってくれるのか!?」

「こんなのばっかり食べてたら身体に悪いよ!!」

取り敢えず今日は簡単なもので済ませようと、材料をメモして渡す。

この部屋、調味料さえないし…。


「すぐ買ってくる!」

やれやれ…。

今のうちにキッチンの掃除も済ませよう。



ーーーーー



と、こんな感じに会社で働き、姉の世話をして一ヶ月後。

ニ十万程のお金を受け取った。

「よく頑張ったな。在宅ワークもあるけど続けるか?」

「なにそれ?」

話を聞くと、同じ内容の仕事を家に居ながら続けられるらしい。


「続けようかな…。やっと慣れてきたし」

…ちょっと待って。在宅ワークが出来たのなら、僕はなんで毎日会社に来てたの?

しかも朝夕の食事の仕度や洗濯までして…。

そっちはまぁいいよ。住まわせてもらってたから。でも、家でお仕事は出来たのになんで…


…もういいや。終わった事だし。

やっと帰れる…。少し寂しくもあるけど、ひろみ姉さんの仕事を手伝うならまた会えるだろうから。

ううん、メールで済ませるかな、ひろみ姉さんは。面倒くさがりだし。

家を出て数年、正月さえ帰ってきたことがないもんね。



次の日、土曜の朝。

「お兄ちゃん、迎えに来たよー!」

久しぶりなこよみ…でもないか。毎日のように電話やメールはきてたから。

「気をつけて帰れよ」

「ひろ姉、駅まで見送ってくれないの?」

「ああ?めんどくせぇ…お前がいるんだからいいだろ。私は寝る」

「はぁ…相変わらず女子力皆無だよね。お兄ちゃんを見習ったら?この部屋もお兄ちゃんのお陰でしょ?」

「うるせぇ。こよみこそそんな口うるさいとモテんぞ」

「私はいいの! 薄情なひろ姉はほっといて帰ろう、お兄ちゃん」

「…ひろみ姉さん、一ヶ月間ありがと」

「ああ。仕事はメールで飛ばすから」

「わかった」

やっぱりか…。

未だパジャマ姿のひろみ姉さんとはマンションで別れて、こよみと駅へ向かう。


「お兄ちゃん、このまま買い物に行くよ」

「え?食料品とかかな。お母さんに頼まれたの?」

「ううん。お父さんからお金を預かってるからね。配信用の機材を買いに行くんだよ」

「まだ何が必要かわからないんだけど」

仕事とひろみ姉さんの世話に追われてて調べてる時間もなかったし。


「そこはバッチリ私に任せて」

全部妹任せって。それでいいのだろうか…。

…帰ったらしっかり勉強しよう。


駅近くの大きなPCショップで、パソコンからはじまり、マイクやら配信に必要なものを買い揃えていく。

とっくに一ヶ月で稼いだお金で買える金額分なんてこえてる…。

「本当にこんなに必要なの?」

「必要な物は妥協しない!」

「はい…」

何に使うものなのか教わりながら買ったから、ある程度は把握できたけど…。


「これ、配送お願いします」

「わかりました。合計で……万円になります」

半額どころか、全然足りない程度のお金しか持ってないよ?


こよみは戸惑うどころかぽんっと支払ってしまう。


帰り道、不安になってこよみに確認した。

「お父さんとの約束だと半額迄だったよね?」

「…これは単純なお金の問題じゃないんだよ。お父さんに言われた事は覚えてる?」

「うん」

何もかも用意されて始めたのでは続ける為の意志も弱くなるからって。


「私も協力したけどね! 出世払いでいいよ。人気になって稼いだら養ってね?」

「…頑張るよ」

責任重大だ…。








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