じゅーいち
帰宅した僕は、こよみに個性ってなんだろうね?と相談。
「お兄ちゃんの場合、存在がもう個性の塊なんだけど?」
ひどくない?
「そこらの女の子より見た目も声も可愛くて、素直で優しい。これ以上の個性なんてある?」
「悩みの種でもあるんだけど…」
「難しく考えすぎ。お兄ちゃんのそれは、例えるなら運動が得意でスポーツ選手になる人、ものすごくスタイルが良くてモデルになる人、そういう人達の個性と同じでしょ?」
「そうかなぁ…なんか違う気がするよ」
「深く考えないで。だって、今もその声で稼いでるんだよ? 通帳見せてもらったでしょう?お母さんに」
「うん…」
未成年だからお金はまだ両親が管理してて、必要な時に渡してもらう形だけど、どれくらい会社からもらっているかはしっかりと見せてもらった。
お父さんが落ち込むくらいには多かったね…。
「自信持ちなさい、アルジェちゃん!」
「わかった…」
確かにニューホープのみんなはキャラが濃ゆいから、普通の僕が逆に目立つまである。
「気になるのなら、挨拶くらいは特別にしたら?」
「うん?」
「先輩たちもあるでしょ?」
確かに。パルム先輩はパパパルム〜で、ピノ先輩ならこんピノ〜とか…。
初めは何事!?と思ったけど、挨拶だってわかってからは親しみやすくて真似して返したこともある。
「今宵も銀に染めてあげるよ、アルジェント〜! とかは?」
「ごめん無理…」
「なんで!?」
どこの魔法少女か。こよみも拗らせてるなぁ…。3期生の人達がそんな感じだもん。
その後もこよみの提案するのはどれも恥ずかしすぎるもので…。
勘弁してくださいと諦めてもらった。
「むー! 絶対にいいの考えるから!」
諦めてなかった…。
とりあえず今は近々開催される、僕が初めて参加する予定の大きなイベントに関して考えなきゃ。
ブロッククラフトのサーバーで行われる、週末の連休を利用した三日間連続のサバイバルイベント…。
さっき社長ちゃんに、専用スマホに転送してもらった内容を読み返す。
ルールは…
まず、三日間のサバイバル期間の間、サーバーは24時間常に開放されてて、いつどのタイミングでログインするのかは各自の自由。
三日間生活するための拠点の制作、食料の確保、武器防具の作成は必須。
行動は常に三人一組のチームになり、通話も三人でしか出来ない。
唯一他チームとコンタクトが取れるのは、上手く合流した上で、同盟を結ぶ必要がある。
同盟相手とは各チームのリーダーのみ、通話が可能。これはあまりにも大人数で会話をすると、混乱するから仕方のない処置だそう。
皆さん事前に参加表明をしているから参加メンバーはもう決まっているけど、チームを組む相手はまだ未公開。
ゲーム内では三十分毎に昼夜が変わるのだけど、ゲームの中で一日…つまり一時間毎に敵モブであるゾンビが強化される。
初めは数が増える程度だけど、扉を壊したり、壁を登ったり壊したりと、日を追うごとにどんどん強化されるそうで、いつどれくらい強化されるのかは非公開になっている。
昼間の明るい時間帯はゾンビの活動も大人しく、日陰に避難してて比較的安全になるから、その間にいろいろなものを集めて拠点の強化や、仲間との合流をしなくてはいけない。
日の当たらない地下に至っては、常にゾンビが活動しているから危険性は一番高い。代わりに必要な資材は手に入るからハイリスクハイリターン…。
いかにトーチで明るさを確保して、ゾンビを遠ざけつつ探検できるかが重要になりそう。
戦闘に関して。
ゾンビから一撃でも攻撃を受けると一定の確率で感染して、プレイヤーも三十分後にはゾンビ化してしまう。
ゾンビになってしまえば敵モブから狙われなくはなるけど、通話は不可な上、武器以外のアイテム類が使えなくなり、拠点の作成や資材を集めたり等が不可能になり、更には他プレイヤーから狙われる可能性がでてくる。倒されてしまうと持っていたアイテムを失ってしまい、またゾンビとしてリスポーン。
もちろん救済もあって、攻撃を受けて感染が判明しても三十分以内に自分で治療薬を使うか、もし間に合わなくても同じチームの人だけはゾンビになっても見分けがつくから、治療薬を貰えれば治してもらえて、人として復活できる。
ただ、その治療薬の作成には地下にあるレアな鉱石が必須で、取りに行くためには危険を犯す必要がでてくる。
稀に宝箱から薬そのものが手に入る場合もあるけど、かなり運が絡む。
もし、チーム全員がゾンビ化してしまった場合、他チームに救援を送ることは出来るけど、助けてもらえるかは運次第。
他チームからは敵モブのゾンビと見分けがつかないから、倒される可能性が高くなるから。
どうやって助けを求めるかはプレイヤー次第。同盟を結んでいれば見分けがつくから、助けてもらえる可能性は高くなる。つまり、いかに早く同盟関係のチームを増やしていくかが重要になりそう。
簡単に言えば、三日間みんなと協力して生き延びるのが目的。
他にもいくつか運営側が隠し要素を仕込んでいるそうだから、それを見つけるのも楽しみの一つ。
後は、誰とチームになるか…だね。
先輩とはコラボなりで関わったけど、一番関係が薄いのが同期のお二人。
今日顔合わせしたばかりなんだから当たり前だけど…。
お二人とも参加表明はしてるから、それまでになんとか打ち解けられたらいいな…。
ピリリリリ…
「お兄ちゃん、会社のスマホなってるよ」
画面に表示されるのは知らない相手。先輩達の名前は把握してるから違う。
社員はアドレスに全員登録されてて名前が表示されるのだけど、なんて読むんだろうこれ…。
読めなくても、このスマホは会社専用のだから間違いなく会社の誰かだろう。
そう思い、通話をつなぐ。
”アルジェさん、ご無沙汰してます。マネージャーの紲です“
「マネージャーさん…?」
キズナ…聞いた記憶がないんだけど。しかも僕にはまだマネージャーさんはいない。
”あ、間違えました! 今日からアルジェさんの担当マネージャーになりました、紲です。社長ちゃんから聞かれているとは思いますが…“
「ええっ!? 社長ちゃんからは何も聞いてないんですが…」
”えっ…今日話しておくって言ってたのに…忘れたのかもしれません。 では改めまして。本日付で正式にアルジェさんのマネージャーになりました紲です。そのご挨拶にと連絡させていただきました“
「ご丁寧にありがとうございます…?」
”詳しい事はまた後日、会社でお話させて頂きたいのですが、次こちらに来られるご予定はいつになりますか?“
「明日でも行くことは可能ですけど…」
”了解いたしました! では、明日お待ちしております!”
「は、はい…」
詳しい時間だけ決めて、通話を切った。
「どしたのお兄ちゃん」
「マネージャーさんがついた…」
「すごっ!」
翌日、約束の時間より早めに会社へ行き、社長ちゃんに確認。
「あ…いい忘れてた! ごめんごめん。紲ちゃんからの強い要望があったから、そのまま採用したんだよ。これからはスケジュールの管理とか、会社とのやり取りなんかも任せちゃっていいからね」
「は、はぁ…。あの、大丈夫なんですか…?僕のこと…」
「当然説明してあるから大丈夫。それも含めて守ってくれると思えばいいよ」
「わかりました」
頻繁にかかわるであろうマネージャーさんに秘密を抱えたままなのは精神的にキツイから。
「失礼します。こちらにアルジェさんはおみえですか?」
「紲だね、いるから入っていいよー」
「失礼します」
社長室に入ってきたのはスーツをビシッと着た女性。あっ…この方、何回か会ってる。一番最初はキッチンエリアでパスタ作ってた時に話しかけてくれたっけ…。
年齢は多分ひろみ姉さんくらいかな。姉とは違い、優しそうな雰囲気の方でホッとした。
会社に来た時に何度かすれ違って挨拶したりもしてるから、全く知らない人ではないし。
「改めまして、紲です。この度、正式にアルジェさんのマネージャーとなることができましたので、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしくお願いします…」
「紲ちゃん、しっかり頼むよ!」
「…社長ちゃん、それはこちらのセリフです! 大切な連絡事項を忘れるなんて!」
「ごめんって…。昨日は色々と疲れてたんだよ。 あ、例の場所案内してあげてね」
「かしこまりました!」
例の場所…?
案内がてら、そちらで話も聞かせてくれるというので、社長ちゃんに挨拶だけして、社長室を出た。
「どこに行くのですか?」
「アルジェさんの私室ですよ!」
はい!?
「今回、三日間のイベントに参加されますよね?」
「はい。昨日もそのルールとかを確認してました」
「それはそれは。聞いていたとおりの方ですね」
「あ、あの! 僕のが年下ですし、敬語は辞めていただけますか?いたたまれないので…」
「そう…ですか? 慣れないのですが…なるべく普通に話すようにしま…する…ね?」
なんかすごく話しにくそう?わがままを言ってしまったのかも…
「あ…無理はしないでください」
「わかりました」
そう言ってにっこり笑ってくれたからホッとした。
無理させてまでやめてとは言えないし…。
移動しながら、今回のイベントに関しての会社側の対応を聞かせてもらった。
「イベントに参加される方は、基本会社に泊まり込みになると聞いておられると思いますが、アルジェさんは未成年ですので、事前にご家族の方から許可を頂いております」
いつの間に…。僕も話さなきゃな、と思ってたけど、大丈夫かな?って不安のが大きくて。僕はほら…ね?こよみにだけは相談したけど、合宿みたいでいいなーって羨ましがってたっけ。
エレベーターで上へ上へ…。かなり上階に上がってきた。
「部屋はこちらになります。因みに隣は副社長ちゃんの部屋です」
どうしてそんなVIP待遇?
「うちは…ほら、ちょっとヤバい子がいるでしょ?」
「ピノさんとか…?」
「ええ…。 ってまさかもう被害に!?」
「被害というほどではないので大丈夫です」
いきなり抱きついてきたり、ほっぺにキスされそうになったくらい…。毎回パルムさんに殴られて止められてたから未遂に終わってる。
「まぁそんな訳で、安全を考慮して副社長ちゃんの隣になってるとご理解ください」
なるほど…。僕には他にも秘密があるもんね…。
紲さんが扉を開けてくれて、室内へ。
「広っ…!」
前に掃除したピノさんの部屋に比べたら何倍?
エレベーターでかなり上階に上がって来たのはわかってたけど、窓からの眺めもすごい。
周りにもビルはあるけど、他を見下ろすほどの高さってなかなか経験しないでしょ。
室内を見て回ったら、トイレにお風呂、リビングにキッチン、寝室と和室が一つ。
もうマンションの一室だよこれ。
「私もここの一室を使わせていただきますのでご了承くださいね」
「えっ?」
紲さんは和室に寝泊まりするらしい。
「忍び込んでこないとも限らないので…護衛だと思ってください」
え、怖っ…。ドアに鍵ついてたよね?
「もし、大浴場を使いたいようでしたら、排除するよう手配します」
「大丈夫ですから! この部屋ので充分です」
先輩達に迷惑かけてまで入ろうなんて思わないよ!
みんな結構気に入って利用してるって話を聞いたし、何度もピノさんに誘われたから…。
あ、社長ちゃんにも誘われたな、そういえば…。
副社長ちゃんにすっごい叱られてたけど。僕のこと知ってる筈なのに、変わった人だ。