ぜろ
大きなビル。これ全てが一つの会社だって言うんだからびっくりする。
ここに、大規模な収録スタジオや、個人用、コラボ用の配信スペース、果ては宿泊施設まで。
ありとあらゆる設備が整ってるらしい。
この世界に足を突っ込んでからは、名前もよく聞く…そんな会社。
ニューホープ。
たくさんのヴァーチャルライバーを抱えてて、業界でも屈指の知名度を誇る。
恐る恐る入り口から入ると、何人もの女の人が忙しく走り回ってた。
「お疲れ様でーす!」
「お、お疲れ様です」
びっくりした…。近くを駆け抜けた人に突然挨拶されて、咄嗟に返したけど合ってた?
ロビーの受付で要件を伝えると、直ぐに三階の部屋に案内された。
「中で社長がお待ちです。頑張ってくださいね」
「ありがとうございます…」
本当に来てよかったんだろうか。僕なんかがこんな大きな会社に。
ノックをして、返事を待ち…。
ひと呼吸置いて扉を開ける。
「面接に来ました…」
「緊張しなくていいよ。 うちは仲間との絆を大切にしている会社だからね。礼儀は必要だけど、固くならなくていいよー」
しゃちょう?僕より年下かと思うような女の子が、大きな椅子に座ってそう言う。
「スカウトを受けてくれてありがとう! 早速雇用条件の説明に入るね」
「は、はいっ!」
えっ? 妹のこよみからは面接だって聞いた気がするのだけど、イキナリ!?
ーーーー
ーーー
ーー
「雇用条件はこんなところだよ。内容は難しいとは思うけど、君はまだ未成年だから、親御さんと相談して最終判断をしてもらってね。許可が貰えれば晴れてうちの仲間だよ!」
「は、はい!」
書類の束を受け取り、社長室を出る。
え、面接は?
「あら、また社長ちゃんは可愛い子を見つけてきたわね」
「こんにちは…」
「挨拶は”疲れ様です”よ! 何時でも使える素敵な言葉なのよ?」
「お疲れ様です…」
「良くできましたー。また会うこともあるだろうから、自己紹介はそのときにね。ちょっと急いでるの。ごめんねー」
「いえ…」
足早に走り去ったのは、長女のひろみ姉さんくらいの年齢のお姉さん。
ただ、声はアニメとかで聞きそうなおっとりとした優しい声だった。
自宅に帰り、まずは妹のこよみに報告。
「面接というか、契約の話だねそれは」
「だよね」
「すごいじゃん!!」
それで済ませてしまっていいのかな?
夜には両親とも相談して、僕がやりたいのならやってみればいいと背中を押してくれた。
契約書にはお父さんのサインと、僕のサイン。
数日のうちに返事を持って、また会社へ行く約束だから…。
早いほうがいいか。待たせてしまったら失礼だし。
早速、翌日には書類を持って昨日来たばかりの会社にまた足を踏み入れた。
「お疲れ様でーす!」
「お、お疲れ様です…」
本当にみんなこの挨拶なんだ…。すれ違いざまにまた知らない人に挨拶された…。
僕の顔を覚えていてくれたのか、受付のお姉さんが直ぐに社長室へ案内してくれる。
「社長、昨日の子が来てくれましたよ」
「なんと! 早いねー! 入っていいよ」
「失礼します…」
受付の人が扉を開けてくれたから、挨拶だけして中にはいると、今日はもう一人知らない人が…。
「へぇー。社長ちゃんは本当に可愛い子を見つけるわね?」
「そうでしょ!! さすが私。 声を聞いた時にピンっときたんだよね! 絶対売れっ子になるって」
「今から正式契約の話よね? 立ち会っててもいい?」
「かまわないよー。副社長なんだから当然」
「そうよねー」
どう見ても社長のお母さんみたいな雰囲気の人が副社長なんだ…。
「それで?どうするか決めた?」
「はい。両親の許可も貰えたので…。サインした契約書を持ってきました」
「やった!! 副社長、持ってきて!」
「はいはい。 私が受け取るわねー」
副社長に書類を渡して、そのままどうしていいかわからずに待機。
「………やっちまった!」
「社長ちゃん…?」
書類を見ながら頭を抱えてるけど、不備でもあったかな?確認したはずだけど…。
「これ、どうしよう?」
「うん? ………あはははっ! 嘘でしょ!?」
「笑い事ではないんだけど!?」
「いや、だって…。笑うしかないわよこれ。しかも正式な契約書類にサインまであるのに今更反故にしたら大変よー?」
「だってまさかだよ!? しっかり契約書に書いておくんだった…こんな事があるなんて思わないし」
「いいじゃない。面白くなりそうよ?」
「そうだろうか?」
「まぁ、しばらくは私達だけの秘密ね」
「そうするしかないよなぁ…。 その前に、本当か確認してもいいかな?」
「社長ちゃん!?」
何の話しをしてるのか会話の内容についていけなかった僕は、その後の社長の行動に反応できなかった。
すごい速さで行動に移る社長さん。
「バカ社長!! セクハラで訴えられたら確実に負けますからね!?」
「だってこれしか確認方法ないじゃん」
しゅたたたたっと走りより、いきなりズボンを下げられて、下半身を確認された僕はどうしたらいいの?
「ごめんね。うちのバカ社長が。履いてくれていいから。この事は内緒にしてくれると助かるわ」
慌てて履きなおした僕は頷くしかない。
こんな事、誰に言えるというのか。
副社長にゲンコツされて頭をおさえてた社長が椅子に座りなおし、ようやく詳しい話を聞けた。
「うちの配信者は今のところ女性のみなんだよ。厳密にそう決めていたわけではないのだけどね」
「社長ちゃんが可愛い子を好きだからでしょ?」
「え? じゃあ僕は…」
「契約は結ばれてしまっているし、君を手放すのは損失だと判断して、このまま話をすすめる!」
そんな無茶な…。
「君はこの会社では女の子のフリをしていてね。突然男の子が入ったってなるとみんな驚くから。うち解けて仲良くなったくらいに、こちらから伝えるわ。みんないい子達だから大丈夫よ」
「それまでバレないように頑張ってね!」
無茶苦茶言うね!?
「その年齢なら声変わりは終わってるわよね?」
「殆ど変わりませんでした…」
「喉仏もわかんないものね」
「見た目に関してはうちでもトップクラスに可愛いから大丈夫だね!」
「うちはタレントの外見は関係ありません!」
「私のモチベ的には大切だよ!」
「手を出さないでくださいね!?」
「…うむ」
色々とお二人と話し合って、ものすごく優しくて良い人なのはわかった。
だから、このままこの会社に所属するのに僕も不満はない。…不安はあるけど。
契約書があるから、僕がヤダって言っても、簡単にどうにか出来るものでもないらしいけどね…。
その辺は大人の事情ってやつでややこしいみたい。
動画を作ったりしてて、コメントをくれる人も増えた最近は、自分のこの声も嫌いじゃなくなってきたから…。
ただ…ここの会社に来る時だけは本当に気をつけなきゃいけない。
バレたらって考えると…怖すぎる。
「あっ、もう一つ忘れてた! シロちゃんのキャラはどこの会社に依頼したの?見慣れないタッチのキャラなんだけど」
「会社じやなくて、うちの妹です」
「一人で!?」
「はい、キャラのデザインから2D、3Dキャラまで妹の仕事です」
「副社長」
「わかりました」
な、なに!?
「妹さんとご両親にもこの書類を渡してもらえる?」
「これは…?」
「スカウトだよ! 君の新しいキャラも妹ちゃんに手掛けてもらいたいからね!」
僕としてはこよみのキャラに馴染んでるからありがたいけど…。
一つ寂しいのは、シロもニャミーも二度と使えないって事かな…。
SNSのアカウントも使えなくなる。
ある意味生まれ変わるようなものか…。
そっか、うん。
僕は転生するらしい。