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G線上のクオリア  作者: 月夜野桜
第一章 人間を形作るもの
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第四話 メイドロイドのお仕事

〔ねえ、どうしてこの店に来るってわかったの?〕


 秘書アンドロイドの量子ストレージ内に何か手掛かりがないか調べつつ、真凛に電脳通信を繋いで問いかけた。森亜教授の趣味といっても、買い物代行で来たわけではあるまい。


 あの戦乙女ヴァルキュリア特機がここで何をするのか、あるいはここで購入した衣装を着て何をするのか。それが読めていないと、この場所を監視するという発想自体思い浮かばない。


〔えっとね、そこ海外からの観光客に人気のお土産屋さんだからさ。日本のサブカル系好きが、自分のアンドロイドに着せるために買って帰るらしいんだよ〕


 あながち間違いでもないらしい。特機は確かに扇情的な感じのメイド風の衣装を購入している。秘書アンドロイドの量子ストレージからも、次に行く場所のスケジュールが出てきた。


〔なんかこの二人、コスプレパブに行くみたいよ? あの特機は、従業員になりすまして何かするんじゃないかしら? それを見届けるのが、この二人の任務なのかもしれない〕


〔何をするのかってのは、そのアンドロイドは知らないの?〕


〔少なくとも、この秘書の方は聞かされてないみたいね〕


 当然探ってみたが、量子ストレージ内はほとんど空っぽになっている。特機のカタログなどの先程見た覚えのあるデータも、すべて消えていた。


 どうもブラックボックス自体が別のものと思える。ハッキングを装っておいたから、手っ取り早く交換してしまったのだろう。工場なのだから、当然やれる設備も新品のブラックボックスも存在する。


〔――ね、真凛がやってた公安からの依頼、コスプレパブって言ってなかった?〕


 偶然の一致なのだろうか。行き先の住所を送りながら、真凛に訊ねてみた。


〔ゼネトロンってね、香港マフィアの武器調達役なんだよ。公安は、国内での違法取引の証拠を握りたいんだってさ。だから一石二鳥だと思って、仕事受けたの〕


 マフィアがわざわざ日本製品を欲しがるのなら、丙類バトロイドに違いない。真凛と森亜教授の成果なのか、丙類に関しては世界で最も技術が進んでいる。特に高性能なものが欲しければ、当然戦乙女ヴァルキュリアシリーズを検討する。


〔そしたらね、ゼネトロンが戦乙女ヴァルキュリアの特機を欲しがってるって情報、あるるんが持って帰ってきたでしょ? それでピンときたんだよ。この二つの仕事、関連性あるって〕


 特機に手を出すようなら、森亜教授と関係を持つ可能性に期待していい。やはり真凛はいろいろと考えているし、よく見ている。


 先程のカタログに同梱されていた見積書の宛名は、ゼネトロン社になっていた。ただの偶然を、必然に変えてしまったのかもしれない。


〔お土産付きで買って帰る可能性を考えたの?〕


〔それもあるけど、コスパブ以外に依頼されたとこも全部、歓楽街のお店なんだよね。戦乙女ヴァルキュリアシリーズを使うくらいだから、あの外見を生かすわけでしょ?〕


〔従業員か接待役として何かするって考えたのね〕


〔そうそう。海外から来た人相手だとしたら、使えそうな衣装は大体そのお店で揃う〕


 アホの子と天才はなんとやら。真凛は頭を使うことなら何でも得意なのだと感心した。


 特機は購入したメイド服に着替え、店を出ていく。やはりあの恰好で何かするつもりのようだ。営業マンと一緒にさりげなく後を追いながら、アルトは訊ねた。


〔ね、さっきメイド服買ったでしょ? もしかして、そこまで読んでた? 私もあれで潜入するの?〕


〔なわけないでしょ! 他人に見せるなんてもったいない! あるるんは、あたしだけのもの!〕


 案の定、真凛がブチ切れた。そこは単なる趣味で、単なる偶然だったらしい。そもそも意識転送トランセンスで持ってくることはできない。着られないうえに、今は秘書である。


 タクシーを捕まえ、特機が乗り込んでいく。こちらも営業マンの指示で呼び寄せ、尾行を続けた。あの後を追えとしか営業マンは言わず、彼の方も目的を知っているのか定かではない。


〔これ、公安はもう動いてるの?〕


〔情報流しといたよ。めっちゃ強い子呼んどいた。でも、間に合うかどうかわかんないから、特機が誰か殺そうとしたりするようなら、阻止して〕


 と言われても、この秘書ボディであのスペックの特機を相手にするのは不可能。


円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドテーブルのどっちか、運んでくれてるのよね? どこで乗り換えればいい?〕


〔何言ってるの。用意してないよ? みんなあるるんとおんなじ顔だもん。ランスロットはあっちの手にあるんだから。見られたら、あるるんだってすぐバレちゃう〕


 それはそうかもしれない。円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドテーブルは、瞳の色が違ったり、一部オプション装備がついているくらいで、ほぼ同じ見た目。真凛の手の者と気づかれるのが必然といえる。


〔あたし個人の目的は、特機のブラックボックスだけだから、それでもいいよ? でも公安が困るんじゃないかな……〕


 アルトを見たら、特機は作戦を中止して逃げ出すだろう。破壊や確保をするだけでは、公安の目的は果たせないかもしれない。取引の現場を押さえるなり、あれを使った犯罪行為の現行犯逮捕を狙っているはず。


 現状でも未登録機体を公道で稼働している以上犯罪ではあるが、それではごく軽微な罪にしか問えない。


〔公安の援軍は確かに来るのね?〕


〔間に合わないとしても、お店の警備用バトロイドを乗っ取れば、時間稼ぎくらいはできるはずだよー。ああいうとこだからさ、裏にいるのはどんな奴らかわかるでしょ?〕


 暴力団やマフィアと繋がっているのであれば、当然高性能かつ重武装のものが、すぐに駆け付けられるところに置いてあるはず。


 店自体が関係しているのでなければ、乗っ取った後の行動次第で全機味方につけ、特機と敵対させられる。一対一で敵わなかったとしても、どうとでもなる。


〔あの特機自体を乗っ取るのは?〕


〔それはぜったいダメ。森亜教授が作ったんなら、何かあるるん対策の仕掛けがあるかもしれない。あるるんが帰ってこれなくなっちゃったら、あたしも死ぬしかない〕


 相変わらず大げさである。とはいえ、意識転送トランセンスのことまでは知られていないとしても、補助チップで監視してブラックボックスを遮断するなど、高度なハッキング対策を仕込んである可能性は否定できない。やめておいた方がいいのは確かだろう。


 やり取りしている間に現地についたようで、車が停止した。隣にいる営業マンからの指示が入る。


「僕はここで待っている。あれを追って、映像を送り続けてくれ」


「かしこまりました。行って参ります」


 一礼してから車を降り、特機を追ってエレベーターに乗り込んだ。やはり、血生臭いことになるのかもしれない。自分が巻き込まれないように、この秘書だけ行かせるのだろう。


(どうしよう……)


 特機は店舗の正規の入り口ではなく、スタッフオンリーと書かれた扉に消えていく。


 しばし悩んだ末、今入っている秘書アンドロイドの本分を果たすことにした。営業マンは、あの特機が何かするのを見届けるのが任務。ならば、裏ではなく店の方で事が起きるはず。


「ご予約のお客様ですね? どうぞ、こちらへ」


 営業マンの予約が入っている。ANET経由で情報をやり取りすると、サーヴロイドが席へと案内してくれた。


 普段のボディで来ていたら、思わず顔をしかめていたことだろう。風営法完全順守などというのは、やはり記録の捏造。そこかしこで明らかな違反行為が見られた。


〔真凛、この中に公安の人混じってる? 一般客だけ?〕


〔ちょっと待って。……なんか別チームの捜査員の人たちが、もう入ってるって。位置送るね。みんな武装はしてないけど、そう簡単には死なない身体らしいから安心して〕


 アルトの視界の中で、客席の人物にマークがついていく。彼らが捜査員のようだ。それぞれ二人組で、三か所計六人が入っている。


 さりげなく探ると、店内を広く監視している様子。取引の現場を押さえにきたのかもしれない。あの特機は、この場所で別の意味のお持ち帰りの形で、客に引き渡されるのだろう。


 殺しではなさそうだが、公安が阻止に動いた際に特機が抵抗するようであれば、戦闘になるかもしれない。ANETで周囲を検索して、使えそうなバトロイドを探した。


(どういうこと……?)


 すでに店の周囲に展開している。入り口すぐ外にまで。やはり殺しなのだろうか。この店のマフィアの方でも特機の動きをつかんでいて、事件に備えているのかもしれない。


 いや、仮にそうだとしたら、従業員として迎え入れるのはおかしい。店と特機が敵対関係なのなら、裏で事件が起きているはず。そう考えて、真凛に警告をした。


〔真凛、罠かもしれない。……真凛?〕


 繋がらない。外からの電波が届いていない。ネットワークが遮断されたようだ。武力と情報で封鎖してやることといったら、たったひとつ。


「その青いメイド服が特機よ!」


 店内に戦乙女ヴァルキュリア特機が入ってくるのを見て、アルトは秘書の身体で叫んだ。それを聞いた公安の捜査員たちが、素早く反応して身構える。


 失敗したと悟った。この場の全員が危険と感じる言い方を選ぶべきだった。公安だけが意味を理解して行動し、結果として誰がそうなのか相手に教えてしまった。


 特機が床を蹴り、爆発的な加速で手近な捜査員に迫った。店の奥からバトロイドが出てきて、別の者を狙いサブマシンガンを構える。客の悲鳴が上がるよりも前に、銃声が響いた。


 アルトも即座に動き、秘書アンドロイドの身体を投げ出す。先程から試みていた、店の入り口のバトロイドへの意識転送トランセンスはもう終わる。最後に、秘書のボディを捜査員を守る盾にした。


「公安だ! 店はすでに完全包囲した。武器を捨て投降せよ!」


 移動した先のバトロイドの身体を使って、アルトははったりをかました。


 すでに三人が敵の手にかかった。生死は不明。やはり自意識すべての転送だと時間がかかる。もっと早く終えられていれば、少なくとも一人は救えたのに。


 手にしていたサブマシンガンを特機に向かって構えたものの、一瞥しただけで無視された。一般人がいる中では、撃てないと判断したのだろう。確かにその通り。


 戦乙女ヴァルキュリア特機へ意識転送トランセンスしてしまうのが一番手っ取り早い。しかし、手の込んだこの状況、森亜教授の策略である可能性を捨てきれない。最後までそのカードは切るべきではない。


「傷害および殺人の現行犯で逮捕する!」


 どう言うのが正しいのかは知らない。適当に叫びつつ特機に向かって突撃した。ゼロ距離射撃ならば被害は抑えられる。


 そう考えてのことだったが、店内奥から出てきた方のバトロイドが応戦してきた。サブマシンガンの銃弾がアルトを襲う。転がって致命傷を避けつつ、相手の背後に一般客がいないのを確認して応射する。


 軽い振動と共に弾丸が敵頭部に吸い込まれていった。ブラックボックスを破損したのか、敵バトロイドは停止して倒れ込んでいく。


 しかし、アルトが起き上がる前に特機の方も襲い掛かってきた。サブマシンガンを向けるも、トリガーを引く間も与えず素早くつかんでくる。さすがというべきか、見た目に反して異様な怪力。サブマシンガンはひしゃげて、使い物にならなくなった。


(くっ――なかなかやるわね)


 もつれるようにして地面を転がりつつ抗うも、性能の差は歴然。腕までもぎ取られ、なすすべがない。


 店内に新たな射撃音が木霊する。客たちが金切り声を上げて床を這い、逃げ惑い始めた。外や奥にいた他のバトロイドたちも乱入し、周囲を掃射している。


 公安を誘き寄せて、客ごとまとめて処分する罠だったのだろうか。特機はその援軍かゲストだったに違いない。


(これ以上死人が出る前に――やるしかない!)


 罠だろうと打ち破るのみ。真凛が作ったAEIである自分に、乗っ取れないブラックボックスなどない。そう決意して、戦乙女ヴァルキュリア特機へと意識転送トランセンスを試みた。


(な――なんなの、これ!?)


 何かがいる。ブラックボックスの中に、何かとても不快なモノがいる。


 まるで棘の生えた球体で満たされたプールに飛び込んでしまったが如く。自分を構成する感覚体験クオリアが傷つけられ、弾け飛んでいくのを感じる。アルトの意識が悲鳴を上げた。


 知らない男に唇を奪われる。その顔はモザイクでもかかったかのように崩れていた。車のタイヤが軋みを上げる。衝突したと思ったら、別の場所で拳銃を撃ち、誰かを殺していた。


 不連続な光景の中で自分と認識していたものはアルトではなく、このブラックボックスの中にいる何かの感覚体験クオリアの断片を見てしまっているようだった。


 それらが少しずつアルトと融合し、アルトであった感覚体験クオリアが塵となって消えていく。


(このままじゃ――)


 自我が崩壊してしまう。そう感じて意識転送トランセンスをキャンセルし、元のバトロイドの方へと意識を引き戻した。


 しかし、何も考えられず、身体が動かせない。魂が拡散してしまったかのように、自分の形がわからなくなった。


 特機も同じ状態なのか、アルトが入ったバトロイドに覆いかぶさって動かないまま。罠というわけでもなかったのだろう。アルトを攻撃するためのシステムとは思えなかった。


 中に別の誰かがいた感じがした。いつもの簡単に乗っ取れるAIではなかった。アルトと同じ特別なAIだったのか、あるいはあれはブラックボックスではなく人間の脳だったのか。


(ダメね……このまま、私も……)


 特機は無力化できたものの、バトロイドたちは残っている。公安を名乗り、特機を攻撃したこの一体は、ハッキングされたものとして破壊される。


「アルト! アルトはどれだ!? ――てめえ、邪魔すんじゃねえ!」


 誰かがアルトの名を叫んでいた。意識は混濁し、状況の把握もままならないが、公安の応援が来てくれたのだろう。きっと通信が途切れたことに異常を感じ、真凛が連絡してくれたのだ。


 名前を知っているからには、真凛の知り合いに違いない。きっと助けてくれる。ならば、これ以上自分が壊れてしまわないように、動作を停止した方が良い。


 アルトはそう判断し、失神するようにしてスリープモードへと入った。


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