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G線上のクオリア  作者: 月夜野桜
第一章 人間を形作るもの
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第一話 意識転送《トランセンス》

 透明なコンテナボックスの中には、筒状に丸められた人間の皮膚が収められていた。無論、本物の人間から剥がしたものではなく、アンドロイドの外装に使用する人工素材にすぎない。見た目の再現度や強度の高さからすると、丙類自律思考二脚戦車の艤装部品で間違いない。


(これを搬入するってことは、ここにある可能性が高いわね)


 人工皮膚を搭載したカートを押して歩きながら、アルトはそう考えた。


 正式名称・自律思考二脚戦車。戦闘バトル用の人型ロボットアンドロイドだから、バトロイドと通称される。


 丙類と定義されているものは、見た目でも重量でも、人と判別しにくい特殊型。人間に紛れ、物々しさを感じさせずに要人警護を務めたり、逆に玉砕覚悟の犯罪行為を行ったりする。


 善悪どちらの用途にせよ、重量制限のある中で充分な戦闘能力を持たせるには、高度な技術が必要。設計図通りに製造するだけでも、相応の工作機械が求められる。


 アルトが探している物は、高度機密工場あるいは極秘の研究施設に保管されていると推測される。このグレードの人工皮膚を使用しているのであれば、ここは可能性がある。


 運搬用アンドロイドになりすましたアルトは、誰にも不審がられることなく、忍び込んだ工場の通路を進んでいった。


 単なる変装ではない。正規の指示で資材を運ぶ、工場のアンドロイドそのものに入っている。それゆえ、埋め込まれた識別チップに反応し、各種セキュリティゲートは自動的に開いていく。


(目的地の情報はなしか……)


 アンドロイドを動かす汎用量子コンピューター、ブラックボックスの中身を調べてみても、届け先の部屋についての情報は一切ない。ただルートのみが設定されている。


 この先の区画の地図までもが隠蔽されている。それほどの機密保持がされているエリアなのなら、目的の物、あるいは目的の人物がいる可能性は高い。


「外に出たら部長に連絡を。あの戦乙女ヴァルキュリアシリーズとやら、使えそうだ」


 商談の帰りだろうか。堅苦しいネクタイを締めた営業マンらしき男性と、同じく地味なビジネススーツ姿の女性が歩いてきた。アルトは通路の端にカートを寄せると、深く頭を下げる。


「少々値が張るが、特機の方を勧めると伝えておいてくれ。カタログデータも一緒に」


 その姿勢のまま二人が通過するのを待つ。これがこの蓬莱重工において、すべてのロボットに設定されたルール。必ずお辞儀をし、人の邪魔にならないよう待機する。


(ゼネトロン社……香港企業ね……)


 女性の方は秘書アンドロイドだった。ブラックボックスの中を覗き見て、アルトは相手の身元を確認した。電脳化はしてあるものの、男性の方は紛れもない人間。データは読めない。


 秘書なだけに、さまざまなデータが量子ストレージ内に格納されている。すぐに見られる範囲の情報からすると、香港でアンドロイドの輸入販売を手掛けている大手企業のようだ。


(これは……特機のデータ?)


 カタログのみだが、型式登録が行われて出荷されているものとは異なる、丙類バトロイドのデータが出てきた。スペック上では甲類バトロイドに匹敵する能力を持つ。


 人間への擬装を諦め戦闘能力に特化した純ロボット型である甲類の性能を、全身疑似生体の人間と見分けがつかぬ外見と重量で実現している。


(こんなものを作れる技術と機材があるのなら……)


 探し物はここにある。アルトはそう確信した。


 この秘書アンドロイドからは、他にもいろいろと役に立つデータが出てきそうだ。後で詳しく調べてみようと、ブラックボックスにマーキングを施した。


 すべてのロボットは、ピアツーピア型の近距離無線通信であるANETを使って、周囲の仲間と情報交換をしている。センサーの通らない死角にいるロボットとの衝突を避けたり、労働力が不足している場所へ自発的に配置換えをしたりするためのもの。


 そのANETを通して、すべてのブラックボックスにアクセスできる能力をアルトは持つ。周囲のアンドロイドたちを経由して、工場内のかなり広い範囲を把握することが可能。


 ゼネトロン社の二人がその場を去ると、アルトは頭を上げて奥へと進んだ。床を清掃しているアンドロイドの横を通り抜ける。当然、ロボット同士ならお辞儀は必要ない。


 突き当たりのセキュリティゲートの前に立つと、識別チップに反応して自動的に開いた。二重になっており、間の短い通路の窪みに、物々しい武装をした人型ロボットが配置されている。


 明らかに軍用のもの。左腕の先はガトリング砲になっており、視覚的な威嚇効果も抜群。この先の機密エリアへの不法侵入者を排除する甲類バトロイドだろう。ハッキングを避けるためか、ANETは稼働しておらず、自閉モードになっている。


(やっと当たりを引けたようね。この分なら期待できる)


 国内に数十か所もある工場や研究拠点を一つ一つ調べてきたが、ここまでの武装のバトロイドを配備した場所は他になかった。


 先程ゼネトロン社の人間が話していた特機の件からも、まず間違いない。機密エリア内をどう探索しようか考えながら、奥のもう一つのゲートへと進む。


「貴様、何者だっ!?」


 ――ゲートが開かない。そして後ろから掛けられたこの声。


(しまった、ブービートラップ!?)


 カート上のコンテナボックスを持ち上げ、振り向きざまに投げつけた。唸りを上げて回転するガトリング砲から放たれる銃弾が、コンテナに大穴を開けていく。


 甲類バトロイドではなかった。おそらくは、全身疑似生体の人間。アルトが見落としていた、何らかの識別方法があったに違いない。お辞儀をしなかったから見抜かれた。ハッキング対策のトラップだったのだろう。


 砕け散るコンテナの破片の下を潜り抜けながら、運搬用アンドロイドならではの怪力を利用して思い切り殴りつけた。


 腕がひしゃげて潰れていく嫌な音が頭に響く。痛覚は切っておいたものの、不快感で思考がかき乱された。そのままの勢いで元来たゲートに体当たりしてみるも、さすがに破れない。


 そのアルトの背に銃口が迫った。壁や地面を抉りながら、弾痕が追いかけてくる。近くにいるアンドロイドをANETで探すも、ゲートが電波を遮断するようで、無駄に終わった。


 大口径の弾丸がアルトの身体を斜め下から撃ち抜いていく。同時にセキュリティゲートにも穴が穿たれ、その先へと電波が通った。


(まだいてくれた――)


 先程の場所で、清掃用アンドロイドが作業を続けていた。ANETで接続すると、すぐさまブラックボックスの中へと意識を侵入させていく。


 軍用バトロイドのような外見の警備員が放つ弾丸は、その間にもアルトの身体を次々と貫き続ける。頭部に達すると、粉々に打ち砕いた。


〔こちらゲートC6、ハッキングされたらしきアンドロイドを破壊した。調査隊の派遣を求む〕


 構内ネットワークを通して、警備員からの電脳通信が流れた。足元には、先程までアルトだった運搬用アンドロイドの残骸が転がっている。


(自己消去、間に合ってくれたかな……)


 警備員らしき重武装の者たちが集まってきて、アルトの新たなボディの前を通り過ぎていく。


 何食わぬ顔でお辞儀をやめると、彼らが運搬用アンドロイドを調べ始めるのを眺めながら、アルトは手を動かし床の清掃の続きを始めた。


 念のため、新しく入った清掃用アンドロイドの量子ストレージ内を探った。あの突発事態に対応し、清掃しにいくようなルール設定はされていない。


(念には念を、ってとこかしら?)


 集まってきた警備員には、何体か乙類のバトロイドが混じっている。軍用の全身疑似生体にブラックボックスを入れて、自律稼働するようにしたもの。これならば、アルトが入り込める。


意識転送トランセンス開始)


 先程この清掃用アンドロイドの中に移動したときと同様、自身の意識ごとバトロイドのブラックボックス内へと侵入を始めた。元の自意識には、自己消去命令を予約する。


 ほんの一秒ほどで、アルトは警備用バトロイドそのものになっていた。これがアルトの特殊能力・意識転送トランセンス


 手にしたサブマシンガンを、侵入に使った運搬用アンドロイドの残骸へ向ける。自分の意識の断片が残っているかもしれないブラックボックスを破壊すべく、フルオートで連射を始めた。


「な――き、貴様、何をしている!」


 突然のアルトの行動に浮足立つ警備員たちの眼前で、ブラックボックスが砕かれていく。その名の通り漆黒に彩られた破片は、照明を乱反射して輝きながら飛散していった。


 内部にアルトの感覚体験クオリアが残っていても、もう意味のあるデータとしては取り出せない。


(奥のあれが厄介ね……)


 最初の重武装警備員に注意を向けながらアルトは考えた。すでに別のバトロイドに意識転送トランセンスし直し、今撃たせた警備用バトロイドを皆と一緒に攻撃中。なのにあの警備員だけはこちらの戦いには参加しようとせず、セキュリティーゲートの間を守護し続けている。


 この場のバトロイドすべてを使ったとしても、あのクラスのものが何体も出てきたら、さすがに抜けそうにはない。今日のところは、いったん退くしかないようだった。


「他にも乗っ取られてるかもしれん。念のため、バトロイドはすべて稼働不能にしろ!」


 アルトはそう言いながら、バトロイドではなく、隣にいる全身疑似生体の人間の警備員にサブマシンガンを撃ち込んだ。悲鳴と怒号が交錯する。


「馬鹿野郎、俺は人間だぞ!」


「今撃ったこいつがバトロイドだ!」


 混乱を引き起こしたところで、清掃用アンドロイドの中に戻って一息吐いた。改めて、外まで脱出する経路を探す。無線通信のANETだけでは出られない。


 この蓬莱重工の工場は、当然の如くネットワーク分離を行い、特定の有線端末だけが外部と繋がっている。壁はもちろん、扉や窓も電波遮断仕様。どれかのアンドロイドの身体を借りて、物理的に外へ出るしかない。


 各ブラックボックスにアクセスして、通常はオフになっているANETの転送モードを強制的にオンにしていった。そのまま網の目状に経路を張り巡らせ、広範囲を検索する。


(ちょうどいいのがちょうどいい場所に……)


 先ほどマーキングした秘書アンドロイドを見つけると、一気に意識転送トランセンスを行った。


「今の騒ぎの情報は入ったかね?」


 並んで歩くゼネトロン社の営業マンが、そう訊ねてくる。アルトは秘書の量子ストレージを覗いて、どう答えるべきか情報を探した。


「いえ、こちらとは無関係のようでございます。警備演習だと主張しております」


 外への最後の扉をくぐりながら、アルトは秘書になりきって返答した。


 ハッキングなどがあっては、製品の信頼性に疑問符が付く。蓬莱重工側は、侵入者を鎮圧する演習だと説明したようだ。


「そこの二人、止まれ!」


 安心したのも束の間。外に出た途端、周囲に警備員が群がってきた。タイミング的に、この営業マンが疑われてしまったようだ。


 悪いことをしたと思いながらも、アルトは広域無線ネットワークに接続し、意識転送トランセンスを始めた。お土産に、先程の戦乙女ヴァルキュリアシリーズ特機のカタログ一式も盗んでいく。


(殺されてしまったら、後味悪いわね……)


 有名ハッキングテロ集団ブレインシェイカーの犯行を示唆する手掛かりを捏造すると、秘書アンドロイドの量子ストレージ内にさりげなく残す。そしてアルトの意識は、その場を去った。


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