なに勘違いしてらっしゃるの?
その日は王家主催の夜会だった。
若い令嬢令息を主体として集め、広く交流するようにという意図での夜会なので、下は男爵家から、上は公爵家までが集められる。
ただし暗黙の了解で、低位貴族と高位貴族は各々のエリアで群れ集い、ダンスホールでさえ区分が決まっている。
今は歓談の時間で、ダンスホールは閑散としている。
しかしそこに一組の男女が仁王立ちしたことで、場はざわついた。
演奏されている音楽も歓談を邪魔しない、踊るには不向きな曲だ。
そしてダンスホールは一段高い場所にあるので、大変目立つ。
貴族としての爵位は肩掛けの色で判別がつく。
片方は伯爵家の令嬢。もう片方は侯爵家の令息だ。
要するに、今回の夜会のことをきちんと教育されているはずの身分ということなのだが。
男爵家の令嬢令息でも「今このタイミングで踊ることはない」と分かるシーンでダンスホールに居る。しかも仁王立ちで。という強烈な違和感。
夜会の会場はゆっくりと、二分ほどかけて静かになっていき、演奏さえ止まってしまった。
「オルカ・レザイン!出てこい!」
よりにもよって、レザイン公爵令嬢を呼びつけた。
まさかね……とつぶやいたのは低位貴族の令嬢たちだ。
大衆娯楽の小説本などでは、こういった夜会で、真実の愛を見つけた二人が、愛を阻む悪役令嬢に婚約破棄を叩きつけてハッピーエンド、というものがあるのだ。
ふた昔ほど前に流行ったが現在は流行遅れとなっているその手の話は、古本として手に入りやすいので、低位貴族の令嬢たちも読む機会があるのだ。
特に、そう裕福でない男爵家や子爵家などでは、いっそ笑える「アリエナイ!庶民の考えるサクセスストーリー!」として教本みたいにされていたりする。
なので、よもや?まさか?という顔でダンスホールを見つめる数多の視線。
その中を、何の重圧も感じていない顔でレザイン公爵令嬢は淑やかに歩いていき、ダンスホールに上がった。
「ホムラン伯爵令嬢に、ストーク侯爵令息。ごきげんよう」
「何がごきげんようだ。貴様には言わねばならぬことがある!」
「何用でございましょう?この場でということは、広く知らしめたいことでも?」
「貴様との婚約を破棄するっっ!!我が真実の愛はスカーレットの元にある、貴様などの元にはない!
それを嫉妬し、スカーレットを迫害した罪、償ってもらうぞ!」
うわぁ。
そんな声が会場のあちこちからした。
低位貴族の令嬢でも分かろうものだ。
公爵令嬢がその気になったら、伯爵家程度、たんぽぽの綿毛程の価値も見出されずにプチッ☆だ。
しかもレザイン公爵家は先代の王の妹が降嫁しており、また、定期的に王家の血を受け入れている、いわば王家の予備的な家だ。
故に、その家のご令嬢ともなれば政治的意味合いを重んじ、己の感情だけで物事を決めるなど有り得ない。
だって、何かあれば王家になる家なのだ。
私の部分はその日出される食事の好悪だとか、そういった部分程度でしか出せない家の娘なのだ。
社交シーズン以外で、領地で暮らすときは村娘や村の女衆と大差ない格好で暮らしている家格の令嬢からしたら、公爵令嬢がそんなみみっちいことするわけないだろ!バカにしてんのか!?と唖然だった。
かと言って令息たちもそこに理解が及ばないわけもなく、同じくポカンと口を開けて呆けている。
高位貴族の令嬢令息も言わずもがなである。
中には無表情で冬の氷もかくやといった温度のまなざしを向けている令息もいた。
「まず一つよろしくて?」
「なんだッ!?」
「いつ、わたくしと、ストーク侯爵令息は、婚約いたしましたの?
わたくし、来月にはキングストン国の第二王子殿下に嫁ぐことが決まっておりますのよ。
なのに、あなたとも婚約を?」
第二のポカンが会場を襲う。
「し、しかし、俺の婚約者は「オルカ公爵令嬢」だとっ」
「オルガ公爵令嬢の事ではなくて?
でもおかしいですわね、彼女は去年、肺炎で儚くなられたと伺っております。葬儀にも参列いたしましたわ。
ですからあなたは、そこから何もないなら婚約者のおらぬ身であるはずです」
「ええ、妹の事を勘違いした上で蔑ろにした男に、次は有り得ぬと申し付けたのは当家です」
いつの間にかダンスホールに上がっていたのは、怜悧な美貌の青年だった。
彼はオルガ公爵令嬢の双子の兄であり、内気で大人しい妹が唯一愚痴を言えた相手だったので、すべてを知っているのだ。
「顔合わせにも来ない。その後の交流もなし。誕生日に野花の一本さえ届かない。
オルガはあなたにきちんと贈り物と手紙を届けていたにも関わらず、だ。
故に、こちらが噂を広めない条件として、そちらの男を廃嫡し、放逐することで話がまとまったのです」
「まぁ。オルガ様のご葬儀の時には、そんな話があったなんて露知らず……さぞオルガ様は無念だったでしょうね」
「いえ。それよりも、レディ。関係のないあなたが巻き添えになったこと、深くお詫び申し上げます」
「いいえ。わたくしは特には。だって、勘違いなさっていただけですもの」
顔を赤くしたり青くしたりで忙しい二人をそっちのけで話をする。
そもそも、この国では広く婚約関係を知らしめることはない。
社交の場で同伴しているのが婚約者、あるいは肉親という扱いであり、それを見て判断するのだ。
わざわざ「あの家とウチって婚約してるんすよ~!」なんて言わない。
オルカ・レザインは常に弟を同伴者にしていた。
それを「何らかの理由があって婚約者とは出られないのだろうな」と周囲は受け取っていた。
だって、王家の血筋を引く上に完璧令嬢なオルカ・レザインに、婚約者がいないなんて有り得ないから。
その理由が「他国の王子で、国元を離れられないから」であるなら納得である。
一応、当の王子がこちらに来たことは何度かある。
記念式典などで訪問してきた時は、言われてみれば確かにオルカ・レザインが同伴者として隣にいた。
しかし他国の王子であったこと、姫がいないのでその次に身分の高いオルカが適役に思えたことで、誰しもが二人が婚約関係にあると思っていなかったのである。
そんなわけで。
勘違いから公爵令嬢にとんだ無礼を働いた一組の男女は、密かに応援を呼んでいた騎士たちによって連行され、貴族牢にぶちこまれた。
多少のヤンチャであれば主催の王家も許してくれたろうが、よりにもよってオルカ・レザイン相手に、これ以上なく無礼な事をしたとなれば話は違ってくる。
しかも醜聞になりそうなことだ。
伝言ゲームが重なって、二重に婚約していた、だなんて先方に伝わりでもしてみろ。国交に問題が出てきてもおかしくない。
なので、二人の実家は取り潰しとなり、資産も銅貨一枚に至るまで取り上げられることとなった。
そのうえで、実質刑務所と同じ扱いの炭鉱に放り込まれた。
衣食住の面倒は見てくれるが、朝は早く、夜は遅くまでひたすらツルハシを振るい、成果物を運ぶ肉体労働の職場である。
一応、十年働けば解放してもらえる。対価として三か月ほどなら切り詰めれば暮らしていけるだけの金銭も添えて。
しかし事故やら何やらで死亡率がとんでもなく高い職場である。
処刑よりちょっぴり酷いが、少しでも国に貢献して死ねという考えからこうなっているので仕方ない。
ちなみに。
夜会での騒動は皆が黙っていたし、噂にもしなかったので、広まることもなかった。
噂にしようものならレザイン家もそうだが王家も黙ってはいないことくらい、いい歳こいた彼らは分かっていたのだ。
その火元となって一家没落だなど冗談ではない。
しかも痴情のもつれでさえない。
アホが勘違いしてやらかした笑えない笑い話などのせいで、死にたくはなかったのだ。
で、オルカ・レザインはというと。
無事婚約者の元に旅立っていき、婚姻を果たした。
夫に与えられた公爵家を見事に切り盛りし、分け与えられた領地の経営を頑張る夫を支え、よき夫人として生涯を終えた。
あの夜会の翌日。専属侍女が彼女に夜会はどうでしたか?と聞いた際には
「めったにない芝居があったけど、面白くはなかったわね」
と、淑女の笑みで答えたそうだ。