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肌に触れて  作者: Naoki
7/11

小さな幸福 ~僕たちの~

 冬休みが終わり、三学期の始業式が行われる。

生徒数もたいしていない僕の通う学校にもそう言ったお決まりの行事はちゃんとある。

保健室に登校している僕と静穂は他の生徒達の様にクラスの列には並ばず、山口先生と生徒達から少し離れた最後尾に立っていた。

どこの校長先生も話が長く、おもしろくもないとよく言われるけれどこの学校の校長先生の話はまぁまぁおもしろいのではないかと僕は思っている。

このまだまだ寒い時期にも育つ草花があるそうでそんな植物と雪の作り出す世界の話、田舎特有の町での小さな事件などそう言った話をしてくれる。

僕はかなり熱心に聞いていたと思う。むしろ山口先生のほうがあくびをかみ殺していた。

「先生、ちゃんと聞いてなきゃ」僕が小声で注意すると先生は、べーっと小さく舌を出して見せた。

横に立っている静穂がくすくす笑っている。そんな始業式が終わり、僕らはまた保健室に帰ってくる。

「久しぶりな気がするな」

静穂は保健室の中をうろうろと歩き回ってそう言った。

「そう?」僕はそう言っていつもの小さな机の上に読みかけの本を置いた。

寒い寒いと山口先生は灯油ストーブに火を入れ、僕と静穂は二人並んで本を開いた。

良かったと思った。

僕らの王国は未だ存在していた。

この小さな保健室の中の小さな温もりが冬休みの間に消えてしまうのではないかと少しだけ不安だったのだ。

しばらくして、灯油ストーブの上に置いたやかんが音を立て始める。

と、静穂はやおら立ち上がって山口先生の所に行った。

「先生、今日は私がお茶入れてあげる」

「あら、珍しいわね。どうしたの?」棚から急須だのお茶っ葉などを取り出していた先生は驚いたように聞いた。

「なんでもないの」にこにこしながら静穂は先生から急須を受け取った。

静穂が真剣な顔をしてお茶と格闘しているのを眺めながら僕はゆっくりと本のページをめくっていった。

今読んでいるのは原作に近い翻訳がされたピーターパンだ。

文体が古語みたいに難しい表現がしてあったりと難しいけれど慣れてしまえばその独特な表現はとてもおもしろい。

今読んでいる部分はネバーランドの子供たちがフック船長に海賊にならないかと誘われている部分だ。

僕はなぜだかフック船長が好きだった。

子供だけの国、ネバーランド、そんな中でピーター達と壮絶な戦いを繰り広げるフック船長。

僕がネバーランドに思いをはせていると突然、できた!と声が聞こえた。

そちらに目を向けると、静穂が僕の湯呑をお盆に載せてこちらに持ってくるところだった。

彼女は僕の横まで来ると恭しく僕の前に湯呑を置いた。

「どうぞ、旦那さま」

彼女の言葉に僕は本を落としてしまう。旦那さま?

「あらあら、いつの間にか彼氏からランクアップ?」山口先生が悪戯好きのティンカー・ベルみたいな顔をして言った。

「私とは結婚できないとでも言うわけ?」何故だか静穂が怒ったように言う。

「いや、だって、さ」僕はどうしようもなくうろたえてしまう。

僕らはまだ小学四年生だ、いくらなんでもそれは話が早すぎるだろう。

結婚も、大人の恋愛というものだってまだ知らない僕にそんなことを言われても困る。

それとも僕が変なのだろうか、むしろ僕ぐらいの年齢だったら結婚だなんだと好き勝手に言えるのが普通なのか。

「どうも、直君は考えがおっさんくさいからねぇ」山口先生がにやにやとしながら言う。

「どうして?私じゃ嫌?」静穂はもう少し涙目だ。

「嫌じゃないけどさ、どうしたの?突然」僕は彼女の潤んだ瞳によけいにたじたじになってしまう。

さっきまでネバーランドの素敵な冒険に浸っていた僕はやたら生々しい困った事態に陥っていた。

「ひどい、キスまでしたのに。私のことは遊びだったのね」よよと崩れ落ちる静穂。

「あら、そんなところまで二人の仲は進展していたの?直君たら奥手に見えて以外にやるのね」山口先生は楽しそうだ。

「ほっぺだけでしょ?それに先生も、教師なんだからそこはそう言うこと言わないで。僕達まだ小学四年生なんだよ?」

僕はもうパニックだった。そしてしばらく僕が訳のわからないことを喚いていると、崩れ落ちたはずの静穂の肩が震えているのが見えた。

「静穂?」僕は少し嫌な予感がして静穂の名前を呼んだ。

彼女は答えない。彼女のそばへ寄って彼女の顔を覗き込むと僕はかっと顔が熱くなるのがわかった。

彼女はこっそり笑っていたのだった。山口先生も静穂も僕をからかっていたのだ。

僕は恥ずかしいやら悔しいやらで

「なんだよ」とだけつぶやいて椅子に乱暴に腰掛けた。少し冷めかけたお茶を一気に飲み干す。

僕を見ていた二人は耐えきれないとでも言うように大爆笑し、僕は自分の顔がまだ赤いのを感じていた。

しばらくして、笑いがようやく納まった先生がしみじみと言う。

「それにしてもほっぺにチューか」

「なんなんですか」未だにぶすっとしている僕はそう言って先生を睨んだ。

「もう、怒らないの。冗談じゃないの」山口先生はそう言って取り合わない。

静穂は僕の横でまだくすくすと笑っていた。

山口先生だけじゃなくて静穂もティンクになってしまったようだ。

静穂がの肩に手をおいて僕の顔を覗き込んでくる。

「まだ、怒ってる?」

「怒ってる。ウェンディーだと思っていた静穂が実はティンクだなんて」僕はぶっきらぼうに言ってそっぽを向いた。

あんまりだ。

機嫌直してよと言いよる静穂を無視してネバーランドに戻る。

実はと言えば、僕はもうそんなに怒ってはいなかった。

けれど気恥しいのもあって素直に怒っていないとは言えなかったのだ。

「もう」静穂が軽くため息をついたかと思うと突然、静穂が僕の頬にキスをした。

二度目とはいえ、まったく慣れないその感触に僕の時間が止まってしまう。

「これで機嫌直して」静穂は僕の首に手をまわして妙にしなを作って言った。

結局僕は首を縦に振らざる負えなかった。

絶対に、それは反則だと僕は思う。

「あらあら、こりゃ尻にしかれるな」山口先生が呆れたように言う。

尻にしかれるのは嫌だなと僕は思った。

もう、手遅れかもしれないけれど。


 私達は無事に五年生になり、保健室は学年が変わってもいつもの通り穏やかでやさしい私達のクラスであり続けた。

友恵先生には転勤の話もあったそうなのだけれど無理を言ってこの学校に残ったと噂で聞いた。

それは間違いなく私達のためで、それを思うと友恵先生のために何かしたいと思わずにはいられなかった。

五月五日は友恵先生の誕生日だったので私と直君は先生にこっそり作ったビーズのイヤリングをプレゼントした。

プレゼントを受け取った先生はしばらく驚いていて、その後、あわててトイレへと逃げて行った。

保健室を出る時にはもうすでに先生の目からは大粒の涙がこぼれていたからトイレへ行ったところで先生がうれし泣きしているのはばれていたのだけれど私と直くんは黙っていた。

私は幸せだなと思う。

大好きな直君と大好きな先生と、三人で毎日を大切に、やさしく生きていければそれはとてつもなくかけがえのないものになると信じていた。

今までも、そしてこれからも。

けれどそんな毎日ももうすぐ終わる。

五年生が終われば次は最終学年だ。

直君とは同じ中学に行けば会えるかもしれない、けれど先生と三人で過ごすこの保健室の生活は卒業してしまったらもう二度と戻ってこない。

私はどうすればよいのかわからないままただ毎日毎日を一生懸命に過ごしていた。

それにしても、保健室の先生(子供のための先生)がこどもの日に生まれたというのは、いかがなものかしら?


時間はどんどん流れて行きます。

そんな中彼らはやっと見つけた幸せに必死にしがみつきます。

子供らしくない考え方と、子供らしい力の無さの狭間でそれでも二人は。

次話をご期待ください。

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