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肌に触れて  作者: Naoki
6/11

小さな幸福 ~はじめての~

 静穂は毎日、保健室に通うようになった。

山口先生はあきれたように溜息をついていたけど、どこか嬉しそうだった。

「若いっていいわねぇ、私も彼氏ほしいわ」

冷やかすようにそう言う先生はいつも少しだけ目を細めて僕達を見るのだ。

「あら、先生だってまだ若いわ。きっと素敵な人が見つかるわよ」ちょっとおませな静穂はそう言ってウィンクする。

僕はそんな女の人達のやりとりにちょっぴりどきどきしてしまう。

「生意気―」先生は大声で笑うといつも静穂の頭をぐりぐりやるのだ。

痛い、痛いと逃げる静穂にしてもちっとも痛そうじゃない。

「直君、彼氏ならこういう時、自分の彼女を助けるんじゃない?」

何度となく繰り返している先生と静穂の、このじゃれあいの後は必ずそう言って静穂は僕の横で腰に手を当てて呆れたふりをするのだ。

僕は軽く彼女の頭をなでて、それで御終い、読書に戻る。

子供扱いしないでと拗ねる静穂はそれでもしばらくすれば僕の横に座って本を読み始める。

飽きることなく繰り返されるそんな馬鹿らしいくらいなんでもないやり取りは僕の心の奥を芯から温かくさせる。

このまま、永遠にこんなやり取りをして、こんな何でもない時間が続いていけばいいのにと思ってしまう。

冬休みはもう明日に迫っていた。

僕は忘れていた。

僕が小学生でいられるのもあとわずかだということに。


 冬休みの間、僕と静穂は電話をたくさんした。年賀状もちゃんと書いたし、初詣も一緒に行った。

小さな田舎なので神社には町の人のほとんどがやって来る。

待ち合わせをする必要もなかったのだけれど僕と静穂は時間を合わせて鳥居の前で落ち合って初詣に出かけたのだ。

静穂は愛らしい赤を基調とした振袖でやって来た。

「お母さんに着付けしてもらったの」

嬉しそうに笑う彼女の髪はきれいに結い上げてあって真っ白なうなじがまぶしかった。

僕らは手をつないで境内の人込みを歩いた。僕はいつものように長袖長ズボンでフードを目深にかぶっていた。

けれどフードはあっという間に静穂に脱がされてしまった。

なんとなくそういうことになる気がした僕は持ってきたベースボールキャップを代わりに被り、母が痒くならないようにと慎重に素材を選んでくれたマフラーに鼻まで顔を埋めた。

気にしなくていいのにと静穂は膨れたけれど気になるものは気になるのだ。

僕らはそれでも手袋だけは外したまま手をつないでいた。彼女の手はとても温かくてなんだか泣きたくなった。

「御神籤、御神籤」

さっきまで膨れていた静穂はあっという間に機嫌を直して御神籤売場まで僕を引っ張っていく。

巫女さんの衣装を着たお姉さんに御神籤をもらうと境内の隅の大きな石に二人で腰かけてお互いの御神籤を見せ合った。僕は末吉、彼女は小吉だった。二人は薄い紙を見つめて一言、微妙だと言った。

「当たるも八卦、当たらぬも八卦」僕がそう言うと彼女はくすくす笑って、

「そうね」と嬉しそうに言った。

しばらく境内をぐるぐると回った後、屋台で少しばかり買い食いをして、普段食事制限を受けている僕も今夜は特別だった、その後は家に帰るだけとなる。

夜道を二人で歩く。

子供だけでなんて都会の人からしたら危ないと思うかもしれないけれど、町の人々がたいてい知り合いのここの土地柄なら問題なかった。

僕の場合それが悪い時もあるのだけれど。

静穂の方はきっといろんな人から可愛がられているだろうし、大丈夫だ。

手をつないで街灯もまばらにしか灯っていない道を歩く。

静穂は少し静かになっていてどこか顔もうつむきがちになっていた。

「どうしたの?」僕は心配になって彼女の顔を覗き込んだ。

「もっと、直君と遊んでいたかったな」ぽつりとそんなことを言う。

「そうだね。でも、夜も遅いから」僕は自分まで悲しい顔をしてしまいそうになるのを抑えて言った。

僕だってこのままずっと静穂と手をつないでいたい。けれど彼女の家はもうすぐだ。

僕らはできるだけゆっくり歩いたけれど、それでもすぐに彼女の家の前に着いてしまう。

彼女の家の玄関先の小さな電灯に照らされた僕らは泣きそうな表情で向かい合っていた。お互いに手を放そうとしない。また学校が始まれば毎日会えるのに、今ここで手を放してしまったら一生会えなくなってしまうような気がした。

「直君、」静穂は何かを言いかけたけれど結局何も言えずに口を閉じてしまう。

「明日か明後日には年賀状が届くよ。そして三箇日が終わったら二人で遊ぼう。それでその後はすぐ学校だ。大丈夫だよ」

何が大丈夫なのか分からなかったけれどそれでも僕はそう言った。

「うん」少しだけ元気を取り戻してくれた彼女はそう言ってなんとか笑顔を浮かべることに成功した。

「じゃぁ、行くね」僕が振り絞るようにそう言うと静穂はそれを拒む様に僕の手をぎゅっと握った。

彼女も分かっている、全部分かっていて、それでも離れるのが嫌なのだ。

考えてみれば、今まで僕らは学校以外で会うことがなかったからこう言った遊びに出かけた後のお別れには慣れてなかった。

下校する時に一緒に帰るなんてのはよくあったけれどそれは明日には学校で会えると知っていたからそれほど辛くなかった。

世の中の大人たちはどうやって自分の恋人とこんな時を乗り越えているのだろう。

それとも大人になれば別に気にしなくなるのだろうか。まだ子供の僕にはさっぱりわからなかった。

僕が少しの間考え事に気を取られていると突然静穂が僕のそばに寄った。

「直君、またね」とても小さな声でそう言った静穂は僕の頬にその小さな唇を押しあてるとそのままあわてた様に彼女の家に入って行った。

それはずるいと、僕は思った。

僕は彼女の唇の感触がまだ少し残っている自分の頬に手をあてたまましばらく彼女の家を眺めていた。


少しだけ背伸びをした直と静穂。

ふたりの幸せな時間は・・・。

次話をご期待ください。

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