始まり
小学生編となります。
ある小学校の校庭、校門のそばの一角でランドセルを背負った幼い子供達が輪を作っていた。飛び交っている言葉は喜々としていて、いかにも子供らしい元気に溢れている。しかし、その中心にあるのは純粋であるがゆえの黒い、何か。
「爬虫類」冷たい響きを持つ言葉が発せられる。
その言葉を一身に受けるのは輪の中心で俯き、立っている男の子。彼は長袖、長ズボン、全身を覆い隠す様な格好でご丁寧にもそのパーカーのフードを目深に被っている。
ぼろぼろのランドセル、細い肩にかかっているそれを握りしめた手は僅かだが震えていた。
フードのせいで表情は見えないが彼は今、必死に泣くまいと唇を噛み締めて周りから向けられる悪意に耐えていた。
そのまま、彼は足を校門へと進める。周りの子供達はその周りで野次を飛ばすが、誰も彼に触れようとはしない。
彼らが行う差別とは結局のところ動物の本能に近い。自分達のいる環境でのマイノリティーを、当たり前であると彼らが定義したルールから外れてしまった者を除外する。
野生動物がまれに生まれてくるアルビノ体を排除しようとする行為と通じるものがある。
差別されている男の子はある病気を抱えていた。アトピー性皮膚炎という子供達にとっては得体のしれない疾患、しかもその症状は彼の肌に明確に出ている。差別の対象としては恰好の対象だった。
一方で差別を受ける側の男の子にはそれがまったく理解ができない。何故、自分が。
自分の持つ疾患にしたって何故、自分が。いつも思っていることだった。
何故自分がこんなに辛い想いをしなければならないのか。
ともすれば爆発してしまいそうな感情をその小さな体に必死に抑え込み、今はただ真直ぐに家に帰ることだけを考える。人を信じられない、自分が他人と同じに見えない、世界が自分を憎んでいるかのように思えた。
彼のこの疾患が発症したのは彼が六歳の時、小学校に上がる少し前だった。
それ以前は、今いる地方とは少し離れた所で両親と三人で生活していた。
当時彼は喘息を患っており、医者の勧めで空気の奇麗な田舎へと父親の両親を頼ってこの田舎に引っ込んできたのだった。
この土地に移ってから、だんだんと日が経つにつれて、彼の喘息も落ち着いていき両親も良かった良かったと喜んでいたところだった。
小学校への入学手続きも終わり、彼自身楽しみにしていた小学校生活がこんなことになるなどとその時誰が予想できただろう。
彼の肌の変化は劇的だった。発症当時はなにかに気触れたかなにかだろうと彼の両親は楽観していた。
田舎に引っ込んできて、都会には無いたくさんの動植物に興味を持っていた自分達の息子が不用意に何かに触れたのだと。
ところが肌に現れた疾患は消えるどころか全身にあっという間に広がっていき、そして駆け込んだ病院で、よくあるケースだと医者から聞かされた両親はいったい何が悪かったのかと苦しむことになった。
父親は珍しい事ではないと平坦な顔をしている医者を殴らないように拳を握り締め、耐えた。
母親は誰を恨めばいいのか分からなかった。
息子の異変にすぐに対応しなかったのがいけないのか、息子の喘息にいいからと田舎へ引っ込むことを勧めたあの医者が悪いのか、それともそんな体に息子を産んでしまった自分達が悪いのか。
母親は、涙を流すまいと唇をかんだ。
その日から、その一家に影ができた。ねばついてどろどろとした、そんな不幸の影だった。
アトピー性皮膚炎、完治させる療法は未だ見つかっていない。
川村直、それがその両親の息子の名前だった。
小学生編がスタートとなります。
小学生時代の直、彼がこれから誰と出会い育っていくのか。
次話ご期待ください。