足掻き
「無理を言っているのは分かっています。けれど、どうか」辰巳はそう言って頭を下げた。
辰巳の前には困った顔をした相川夫妻がいた。
相川大輔、さつき、二人は静穂の両親だ。
ある日突然訪ねてきた川村直の父親は頭を下げて静穂と直の仲を裂かないでほしいと言い出したのだ。
お互いに一児の親である以上、お互いの考えなど分り切っているというのにそれでもと頭を下げる辰巳。
あれ以来、直と静穂は会っていない。
直が一方的に静穂を避けることで成り立っている事だった。
「あの子は、直は、自分の愛する者を守ってみせると言ってあれから学校にも行っていません。静穂ちゃんが訪ねてきても顔もみせません。けれどあの子は人には見せませんが泣いているんです。手前勝手なのは分かっていますが、それでも私は耐えられない。たった十一歳の子供が背負うにはあまりにも重すぎる」
辰巳は通された和室の畳に頭を擦りつけて頼み込む。
静穂と直の仲を認めてやってほしいと。
あと一年、小学校を卒業すれば周りの環境はまた違ってくる。
直はもうすでに少し離れた私立の中学に進学するつもりでいる。
静穂が同じ学校に進学するかどうかは分らないがそれでも子供達の活動の場は今とは違ってこの地域から他の場所に変わる。そうなればもう、この土地の差別におびえる必要はなくなるかもしれない。
辰巳は直の中学進学を期に引っ越しも考えていた。
直の通学にいいように進学先の土地に引っ越すつもりだ。
そこは今いる土地よりは栄えていて差別もそこまでは酷くないはずだ。
結局のところあと一年、その一年の間に静穂に差別の目が向くのか向かないのか、そこが問題だった。
「一年は結構長いですよ。川村さん」そう言ったのは静穂の父、大輔だ。
「一年間、お宅の息子さんを信用して静穂を任せてそれでもし静穂まで差別の対象にされたらそこから先、静穂はどうやって生きていけばいいんですか?直君は一年でここを離れるのかもしれない。けれど残された静穂は?」
あんまりな言い様に妻であるさつきが大輔を止めようとするが今さらだと言って大輔は聞く耳持たない。
結局のところ、大輔とさつきにとっては静穂のことが一番優先させることであり、辰巳の方にしたって直のことだけを考えての行動である以上お互いが納得するなどありえなかった。
「正直に言えば、こんな自分が不甲斐無いとは思いますけどね」そう言って溜息を吐く大輔の眉間には深い皺が寄せられていた。
「まさか娘の初恋がこんなにも辛いものになろうとは」
辰巳は大人しく引き下がるしかなかった。
娘のいない彼には大輔の気持ちはわからないが、それでも大輔が直のことを少しは認めてくれているのは理解できた。
他の大人たちのように差別して、というわけではないと。
それでも周りの環境が許さない。
結局のところ、双方共に息子、娘を守るのに精いっぱいで相手にまでそれが及ばないだけなのだと思い知らされた。
普通の田舎よりも特殊なこの土地の環境がただ、憎らしかった。
お互いに不幸だったとしか言いようがなかった。
長いブランクがあいてしまいましたが続きです。
次話にご期待ください