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第七話 狼狽と笑顔

 あの、クロエって娘、船務長ってことは、軍用艦なら上級士官。

並ぶのは航法長とか砲雷長とか、そのクラスか。

 見た目は高校生ぐらいだが、実際の年齢は怖くて聞けないな。


 タクヤは映画で得た知識と照らし合わせた。


 貨物室に(しつら)えられた客室に戻ると、まずはシャワーで汗を流す。髪を洗いながら、クロエの姿を思い出す。

 赤みがかった金髪を短く切りそろえた髪型は、彼女のキリリとした美貌を引き立てている。長身で、やや細身ながらもバネの効きそうな身体は、十分に鍛え込まれているに違いない。


 その姿に、ある欲求がムクムクと盛り上がる。


 いかんな、高校生ぐらいの少女に。いや、実年齢はもっと上だろうから問題は無いはずだ。それに、直に女性を見たのは三百数十年ぶりだ。この反応も仕方ない。


 タクヤはトイレで用を足す前に賢者になった。筋トレ後は避けていたのだが……。


           ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 クロエはVRルームの清掃完了を確認し、トレーニングルームへ向かう。その道すがらも、タクヤの姿が頭から離れない。


 この時代ではあまり見かけないダークブラウンの髪。それよりはやや明るい色の瞳。太い眉……。

 体つきは、まず骨格の大きさが違う。明らかに違うのは肩幅だ。全身を厚い筋肉が覆っている。胸の厚み、腕や脚の太さ、首から背中にかけて、腰と尻……。

 自身もかなり恵まれた体躯だが、そのレベルが違う。戦うまでもなく、勝ち目がないことが判る。




 トレーニングを始めたが、あの姿がチラついて集中できない。


 彼はこれらを最大負荷で使っていたと言うが……。


 クロエは負荷を最大に設定した。

 力を込めるが、バーは途中で止まり、それ以上動かせない。


「これで、もの足りないですって?」




 更に数日、タクヤのデータを収集・分析する。

 一人の戦士として見れば、タクヤは軍人でもトップクラスだ。徒手格闘は言うまでもないが、射撃や戦闘艦の操縦技術も優れている。特に小型艦の操縦技術は、各駐屯地のエース級と比べても遜色が無いだろう。軍用艦で今すぐにでも主任操舵士が務まるに違いない。


 かつて人類の半数近くが男性だった時代、軍が男社会だったというのも頷ける。


 実際のところ、操縦技術と白兵戦技はタクヤの最も得意とするところであったが、それが平均的なレベルなのか、あるいは軍人としても一流だったのか、クロエには知る由も無かった。




 タクヤの能力については、クロエが直接言葉を交わしてしまった件と併せ、船長には報告済みだった。船長からは他のクルーとの接触に注意するよう厳命されたが、それ以上の注意は無かった。

 予定では、あと六日で寄港地に着く。そこでタクヤ氏を船から降ろすことになるだろうから、さしたる問題では無い。


 クロエは接触と、その報告が遅れたことに対する叱責を覚悟していたが、拍子抜けする結果に安堵した。

 しかし、安堵すると同時に、タクヤの姿をもう一度見てみたいという欲求を覚えていた。


           ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 その日もタクヤはVRルームで汗を流していた。いつになればこの軟禁状態から解放されるのか……。不安はあるが、極力考えないことにしていた。そのために、VRルームで身体を疲れさせる毎日だった。


 その日は、ホログラムを用いた、戦闘用バイオロイド相手の戦闘訓練だ。『安全プロトコル』による保護で怪我をすることはないが、衝撃やそれに伴う痛みはある。

 仮想とは言え、命のやり取りに心は(たか)ぶる。




 膝が揺れるほどの激しい訓練を終え、VRルームを出たところで、クロエとばったり出会った。接触はマズいと前回同様、道を譲ろうとしたが、疲れた下半身がついてこない。

 バランスを崩し、クロエを巻き込んでもつれるように転倒した。


 クロエを自分の下敷きにするわけにはいかない。


 タクヤはとっさに身体を入れ替え、背中で受け身をとった。その上にクロエが倒れ込む。


 タクヤは胸にあたる柔らかな感触に慌てたが、クロエが上半身を起こすと伴に離れてゆくことに名残惜しさも覚える。


「す、済みません! 決してそういう(よこしま)な気持ちではなく、純粋な事故で、決して……」


 人類最強クラスの戦士が、跨がられてしどろもどろになる様子に、クロエは可笑しさがこみ上げる。


 一方のタクヤは、クロエの笑顔によって、一時の動転と狼狽からようやく解放された。と同時に、クロエがタクヤの腰の上に跨がっているという状況に気づく。

 訓練による昂ぶり、転倒後の狼狽、安堵、既にタクヤの感情はかなり揺さぶられた後のこの状況。当然の結果として、初めてクロエを見たときと同じ欲求が、より力を増してムクムクと現れる。


 マズい!


 タクヤは、慌ててクロエを自分の上から降ろすと、通路を一目散に走った。




 客室に戻り、羞恥と自己嫌悪に頭を抱える。


 マズい、マズいぞ、マズいですよ。

 絶対、気づかれた。

 でも、これは、事故だ。

 意思でどうにかなるものではない。

 男の生理だ。

 でも、男がいる時代でさえ、女は理解できないのに……。

 男がいない世界では……。




 もう、どうにでもなれだ。

 タクヤは、トイレで賢者になった後、シャワーで汗を流した。


           ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 クロエは走り去るタクヤを呆気にとられて見送った。

 その姿を見送るとよろよろと立ち上がり、起こったことを思い出した。

 倒れ込んだときに、クロエが下敷きにならない配慮。

 そのときに感じた匂い。

 意外と胸の筋肉が柔らかかったこと。

 思わず笑ってしまったこと。

 ウエストを掴んで、ひょいと持ち上げられた感触。

 その直前、彼の交接器付近から感じた異変。


 彼が言うように、あれは単なる事故だ。なぜ、あれほど狼狽したのだろう?

 そう言えば、思わず笑ってしまったのは、久しぶりだ。




 クロエはVRルームの自動清掃機能を起動させた。

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