第五話 軟禁状態
「コンピュータ、タクヤ氏の様子は?」
「起床し、食事をとった後、映画の続きを観ています」
「どのようなものを食べていました?」
クロエはそのリストを見て、眉根を寄せる。
「これを全部食べたの?」
「はい。人生四回分の断食の後ですから、それでも控えめな方かと思われます」
「あら、いつの間にそんな冗談口を憶えたのかしら?」
「私が食べきれるかどうか確認したとき、タクヤ氏がそのように応えました」
「で、本当にこれだけ食べたの?」
「残さず食べました。
しかし、推定される代謝量には、やや過剰と思われます」
「やや?」
「はい。タクヤ氏は成人男性です。筋肉量も女性とは異なり、基礎代謝も違います」
クロエは考える。
自身もクルーの中ではトップクラスに代謝量が大きい。それは、軍でも上級指揮官になるべく調整された大柄な骨格と筋肉による。アカデミー時代には、恵まれた体格を活かし、格闘技選手権で準優勝もしている。
その姿は周囲の憧れを集め、クロエとパートナーシップをと望む少女も少なくなかった。
「私とタクヤ氏が戦った場合、どちらが有利かしら?」
「有利不利という点に限れば、クロエさんが有利です。三百年以上前、一般的な男性は、女性に力を振るうことには躊躇しました。
しかし、純粋な戦闘能力では、勝負になりません」
「私でも?」
コンピュータは説明を続けた。
確かにクロエの肉体は、一般女性よりも強い。とは言え、その違いは飼い猫とヤマネコ程度のものだ。
対してタクヤは男性で従軍経験もある。IDによると予備役大尉、つまり士官としての教育や訓練を受けている。それには格闘技も含まれていたはずだ。
全くの素人ならばともかく、それなりに心得がある以上、体格の差は埋められない。
タクヤとの戦闘能力の違いは、トラやヒョウとまでは言わないまでも、大人と子どもほどに違う。
「そこまで差があるのね」
「その通りです。
ボクシングなら階級が違います。彼にとっての牽制の軽いパンチも、この船の大半のクルーにとっては、渾身の一撃に匹敵します。
おそらく、戦闘用バイオロイドでも、一対一の徒手格闘では分が悪いでしょう」
「つまりこの船には、彼を取り押さえられるクルーはいないということ?」
「その通りです」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
タクヤは退屈な映画を観流していた。
画面の中では二人の少女――に見える二十代半ばの女性――が仲睦まじくショッピングを楽しんでいた。この時代、ドラッグストアは雑貨屋も兼ねているようだ。
二人は奇妙なものを選び合っていた。
「アイちゃん、あれはなんだ?」
「『プラグ』です。男性であるタクヤさんには不要ですが」
「どのようなモノだ?」
タクヤは資料に目を通した。
『プラグ』とは、内分泌系の調整と生殖細胞の採取、そして子宮内膜の排出を、外科的な方法によらずに個人で容易に行うための器具である。
通常は仕事のパフォーマンスを落とさないために、任務期間中に用いられるが、常用している者も多い。
直径一・五センチ弱、全長八センチ程のプラグには、ナノマシンとプローブが内蔵されている。それを概ね二週間ごとに数日、所定の位置に装着することで、自動的に動作する。
その工程をスムーズに行うことを目的に、リラクゼーションのためのマッサージ機能など、いろいろと『充実』している。初めて使う人向けの説明書には、ゼリーやローションの使い方などが、事細かに記載されていた。
コレ、本来以外の使い方が主じゃないのか?
タクヤはそう考え、無論それは正しかった。
資料によると、このプラグはデザインやサイズ、オプション機能等のカスタマイズが可能らしい。ラインナップは直径三・五センチ、全長十四センチまでが準備されているが、それを超える寸法での制作も可能だという。(ただし小さい寸法は不可)
そして、リモートでオプション機能の操作が可能なものや、繋がれた一対を向かい合わせで使用可能なもの――パートナーとの一体感を高める効果を謳っている――まで存在する。
さらにタクヤを驚かせたことは、パートナーシップを結ぶ前段階で、互いにそれを選んで贈り合い、あるいは装着させ合う文化まであるらしい。
タクヤは天井を見上げた。
救助後四日が過ぎたが、タクヤは未だ軟禁状態だった。
暇つぶしに、過去の歴史について調べてはいるが、過去の出来事は輪郭ないし概要以上のことは分からなかった。
また、過去の文化、特に男性が関係することを調べることは『倫理プロトコル』なるものに触れるらしい。一時的にそれを解除することは可能だが、記録に残るためあまり推奨されないそうだ。
「何が『倫理プロトコル』だよ……」
俺に言わせりゃ『プラグ』の方がヤベー。まんまアレの代用品だ。それに三人以上のパートナーシップって、アレを三人以上でお互いに使うということだろ。
タクヤと同時代の男性なら、大半がそう考えるに違いない。
「アイちゃん。
いい加減、この部屋の景色にも飽きてきたんだが……」
「タクヤさんには船内の自由行動は許されておりません」
「いや、まぁ、事情は十分判るよ。隔離の目的が『検疫』じゃないことも理解してる。
せめて、ホロVRで操縦訓練とか、トレーニング設備とか。短時間でも使えないかな? ウデが鈍ってしまう」
「それについては、船長および船務長に連絡し、検討します」
「期待させてもらうよ」
「こちらからも、タクヤさんに一つ提案、と言うより、お願いがあります」
「なんだい?」
「遺伝子サンプルを提供して下さい」
「は?」
「現在、人類のほぼ全てが遺伝子調整を受けており、原種の、まして男性の遺伝子は貴重です。
今後の人類存続と多様性確保のためにも、生殖細胞のサンプルを提供していただければと」
「ど、どうやって?」
「ホログラムの女性と生殖行動をしていただきます。
お望みなら、そのデザイン変更も可能です。
モバイル・ホロ・エミッターでは処理能力が不足しますが、それは私が補えます」
「なんで、その方法だよ。
そもそも、それは『倫理プロトコル』に抵触しないのか?」
「一つ目の『方法』の選択についてですが、生殖細胞がその後の処理に最も適していること、採取方法もより自然に近い、あるいは現実に則した形が望ましく、放出された生殖細胞を外気に触れることなく採取できる利点もあります。
二つ目の『倫理プロトコル』ですが、これには全く抵触しません。採取は純粋に医療行為であり、『プラグ』による卵細胞採取と何ら異なるところはありません」
「違うだろ? プラグと対になるのはソケットだろ?」
「純粋に、ハードウェアの機能としてはその通りです。
しかし、女性の生殖細胞排出は内分泌系が支配的ですが、男性のそれは外的な刺激と中枢神経の相互作用が支配的です。
従って、排出を適切に促すための刺激方法選択という点と、排出後にそれを無駄なく採取できることの二点で、私の提案が妥当だと判断します」
「とりあえず、今は保留とさせてくれ。
魅力的な提案だが、……今は保留だ」
「人類の未来のため、前向きな検討をお願いします」