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第二話 救助

「船長、星系外縁部から微弱な搬送波を確認。救難信号です。

 信号から船籍IDを確認できません。少なくとも十九年以上前のプロトコルです」


「進路を発信源に。長距離センサーをオンラインに。

 発信源を特定しスキャン、生存者の有無を確認して」


「了解。

 方位三三〇、俯角一五、推力四分の一」




 探査船が近づいた先には、船のブリッジらしき物体が漂っている。


「スキャン開始……。

 熱源反応あり。小型反応炉かしら。

 動力の流れから、救命ポッド内にコールドスリープのカプセルと思われる物体を確認。収容しますか?」


「モジュールごと第三貨物室へ。

 遮蔽力場で覆ったら、念のため、まずはAIアバターで調べて」


           ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「お目覚めですか?

 タクヤさん、で宜しいですか?」


「ん? あぁ、タクヤで構わない。

 ありがとう、救助してくれて」


 タクヤは周囲りを見回すが、声の主はいない。


「えーと、出来れば直接、礼を言いたいんだけど……」


「検疫が済むまで、隔離させていただきます。現在、客室モジュールを準備中です。しばらくお待ち下さい。

 謝意は私から船長にお伝えいたします」


「君は、AIかい?」


「その通りです。不自然な点でも?」


「いや、そこまで不自然というワケじゃぁないが……、

 声に色気がなかった」


「恐縮です。

 ……では、このような声では? 周波数の高い倍音を増やしてみました」


「悪くないが、子どもっぽいな。話し方と合わなくて、却って不自然だ。さっきの方がいいと思うよ」


「貴重なご意見、ありがとうございます」




 タクヤは伸びをする。


「コンピュータ」


「はい」


「現在の日付は?」


「連邦歴七二二・〇三・一八です」


「は?」


「連邦歴七二二・〇三・一八です」


「三六〇年?」


「正確には、三六一年と四六日です」


 タクヤが遭難してからおよそ三六〇年眠っていたことになる。

 当然、知人は既に存在しない。かつての同僚や仲間、そして恋人、は、いなかったが……。

 いずれ、時代に取り残されている。


「君のことは、なんて呼べばいい?」


 タクヤはどうしようもない寂しさに、思わずコンピュータに問いかけてしまう。


「私に名前はありません。

 航行支援AI、型式番号STA4487 V5・2 R3、シリアル番号……」


「いや、いい。

 じゃぁ、俺は、君のことをAIの『アイちゃん』と呼ぶよ」


 タクヤはその言葉を遮ると、勝手に呼び名を定めた。


「命名、ありがとうございます。今より私は『アイちゃん』です」




「じゃぁ、アイちゃん。現在の星図(チャート)を見せてもらえるかな?」


 タクヤはホロ・ディスプレイに浮かぶ星図を覧た。

 見慣れた星図とほとんど変わらない。入植域と有人星系は……、むしろ減っている。


 俺が眠っている間に何があった?


           ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 船の一室、長身の女性がいる。化粧気の無い顔は、その筋肉質で細身な身体と相まって、持ち主を中性的にも見せる。年の頃は二十歳に届かないように見える。

 しかし作り物にも見える硬質で整った美貌は、少女たちの憧れを集めるに違いない。

 クロエはこの船の船務長。船長に次ぐ地位にある。


「コンピュータ、第三貨物室の様子は?」


「所持していたIDと本人からの聞き取りによると、救助した人物はタクヤ・ヒガシ、男性。生体情報もIDの登録と一致しています。

 遭難後、コールドスリープで三六一年間漂流。遭難時の年齢は二七歳です」


「『戦前』の男性……、隔離継続の進言も納得ね」


「本船クルーの心理状態に影響を及ぼす確率は九六パーセント。航行に影響が及ぶ確率は七パーセントです」


「……で、今、そのタクヤ氏は何をしているの?」


「星図および遭難後の情報を集めています。

 現在、『汎銀河戦争』勃発の経緯とバイオロイドに関する資料を閲覧中です」


「私たちと同じ認識に立ってからなら、ある程度の自由行動を許しても?」


「今しばらく観察が必要と思われます。トレーニング施設だけは共用が必要ですが、クルーとの無用な接触を避けるため、使用時間を分けるべきでしょう」


           ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 タクヤは過去の資料を前に考え込んでいた。


 人類はおよそ一四〇年前の戦争で激減した。

 現在の人口は、三六〇年前と比較して六割近くまで回復したが、最盛期の半分に届かない。

 いや、戦後一〇〇年強で五倍なら、これでも回復した方だろう。しかしその領域は縮小し、文明は停滞している。




 戦争の発端は、バイオロイドにあるといわれているが、資料に目を通した今、タクヤはそれに懐疑的だ。


 五〇〇年以上前、既に遺伝子の編集による『デザインされた』人類を造ることは技術的に十分可能だった。しかしそれには倫理上の問題があることから,法によって禁じられていた。

 クローンも臓器単位、あるいは組織単位に限られ、全身はもちろん、中枢神経の『製造』も法によって禁じられていた。


 しかし、人類の生存域拡大に伴い、人手不足が問題となった。ロボットや当時のAIアバターでは困難な作業、あるいは人間が直接していた軽作業を肩代わりするものが必要になった。

 それを担ったのがバイオロイドである。




 当初は、中枢神経の能力も制限され、AIの補助によって稼働するアバターに近いものだった。稼働寿命は最大でも二〇年程度、定期的なアンチエイジング処置無しには三ヶ月も生きられず、無論、生殖能力も無い。

 身体能力は、ロボットやアバターよりも機敏さや身軽さが求められたため、肉体の年齢を男性型は十代後半、女性型は十代半ばを標準として『製造』された。

 実際のところ、男性型は育成期間が長く、発生途中で生命活動を停止してしまう割合も高かった。女性型より『歩留まり』が悪い男性型の製造数は全体の一割にも満たなかった。


 バイオロイドは、その利便性・汎用性から、徐々に能力の制限も緩められていったが、寿命、生殖能力、自我や知性の制限は外されることはなかった。


 その彼等が、本来とは異なる用途に『使用』されたのは、ある意味当然の成り行きだったかも知れない。あるいは、自我を持たず生殖能力も無いことは、それに好都合だっただろう。


 これまでは、人を不快にさせないために没個性の容貌だったが、愛玩用に『製造』された彼等は、その『デザイン』も希少価値を主張できるものへと変更された。


「俺がこの時代の宇宙船暮らしだったら、買ったかも知れないな。

 年齢や体格はある程度カスタム可能らしいから、こんな子どもでなく、もう少し年齢が上で……」


 資料映像の、見目麗しい少女を見て、タクヤは呟いた。その呟きもAIによってモニタされていることをタクヤは知らない。




 愛玩用のバイオロイドが普及する一方で、遺棄され、野良となり、適切な処置を受けられずに死んでゆくバイオロイドも増加した。


 ここに来て、バイオロイドにも人権をという動きが現れた。他方、その主張には、作り物の『人形』に心を奪われたからだ、という批判もあった。




 それが単なる事故なのか意図的なものなのか、今では調べようがない。

 あるとき、生殖能力こそないものの、寿命やアンチエイジング処置の縛りがなく、自我を持ったバイオロイドが現れた。

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