第一話 遭難
ついてなかった。それに尽きる。
シールドジェネレータが不調だったのも、デブリと衝突して船外アンテナが破損したのも。
タクヤはつぶやきながら、コンソールを見る。緑色の部分より、赤く点滅している部分の方が多い。幸い動力と推進系は――今のところ――生きている。
タクヤはしがない星間運送業者。フリーランスと言えば聞こえはいいが、この業界、五年で半数近くが廃業する。
主に辺境星域で活動しているが、開拓最前線や資源が豊富な星域ではない。採算ギリギリの開拓星域で、生活必需品を運んでいた。積み荷には希少価値も無く、運賃も安いが、宙賊に狙われる心配も少ない。
駆け出しの仕事は、大抵ここから始まる。
ここからステップアップし、連邦の中央星域――治安が良いが、作業品質も求められる――を経て、より大きな実入りを求める者は、資源星域、さらには開拓最前線へと仕事の舞台を移す。
それに伴って、船も大きな、あるいは重武装なものに換えてゆく。
彼はようやく駆け出しを終えただろうか。中古の輸送船を駆り、寄港に伴う税や経費が安い宙域で、生活必需品の輸送をしていた。
二十七歳という若さでローンを完済、名実ともにシップオーナーとなったが、その分船にはムリをさせてきた。
「……メンテを伸ばしたのは失敗だったな」
独り呟くが、後の祭りだ。
その間もコンソールを操作する。構造維持フィールドを強化し、シールドジェネレータへ動力を迂回する。
迂回で効率は半分以下になるが、隣接する恒星系まではなんとか行けるだろう。そこで最低限の補修をして、中央星域でメンテ、と言うより修理を受けなくてはならない。
「また、ローン確定だな」
構造維持フィールドとシールドを限界まで使い、船体強度を上げる。
質量の大半を亜空間に沈めることで、慣性を極限まで小さくした船体は、反動推進のみでもその速度は光速に迫る。
速度が上昇するにつれ、正面スクリーンの中央に光が集まり、同心円の色彩が描かれる見慣れた光景。彼自身は実際に見たことは無いが、それは惑星住みに言わせると「虹のよう」らしい。
いつもより長い光の乱舞は、超空間航行に遷った瞬間、唐突に終わった。
「いまの状態じゃ、五ヘクが限度だな」
幸い二光年先に開拓予定星域がある。そこで最低限の補修を受けられれば、更に十二光年先のハブとなっている星系で補給し、中央へ向かえる。
安全のため、限度の半分ほどの速度で三日間。星系外縁で反動推進に切り替えて減速を始めた。
いつもなら、速度を光速の一割程まで落としたら標準時信号で時計を合わせ、星域の情報を得るはずだが、推進エンジンが一機死んでいる。当然、対称な位置の推進エンジンも使えない――使えば船体が水平錐揉みを始める――ため、制動力は本来の六割強だ。
突然、船体が揺れる。デブリが衝突したらしい。
本来なら制動のための推進パルスが前方シールドとなってデブリを吹き飛ばしてくれるのだが、エンジンを二機使えない状況だったため、どちらかのエンジンにデブリが衝突したのだろう。
既に死んでいる方に当たっていてくれれば。
そう思いながらも、構わず制動を続ける。どのみち、船体を停めないことにはどうにもならない。
船体構造が崩壊する一歩手前の制動をかけ続け、ようやく船は停止した。恒星からの距離は、既に惑星の軌道内だ。
「ローンに加えて、事故報告書か……」
呟いた瞬間、警報が鳴り響く。エンジンコアがオーバーロードし、プラズマを封じた力場が崩壊しそうだ。
既に緊急停止できる状況ではない。メインコアを船外に射出する。
しばらくして、コアの爆発による衝撃波が船体を揺らす。
タクヤは頭を抱えた。
構造崩壊寸前の船体、失われたエンジンコア……、積み荷が無く違約金が発生しないのが幸いか。しかし、保険でどこまで賄えるだろう?
とりあえず、船体の破損状況を調べる。
コクピットと隣接する部分を除く、ほぼ全てのデッキが減圧している。隔壁が破損し、遮蔽力場も使えない今、デッキ間の移動にもノーマルスーツが必須だ。
「廃船、だな」
タクヤはがっくりと肩を落とした。
フリーランスとして三年間ムリをしてきたが、再び雇われパイロットか。あるいは軍に戻るか?
標準時信号で時計を合わせる。
併せて、救難信号を発信する。もっとも、外部アンテナが失われ、補修部品も無い今、FTLは使えない。通常電波は星系内でしか意味が無い。
天文観測で現在地を特定し、星系の情報を取得する。
現在地は、一応、予定していたエルス星系。
即時可住惑星があり、五年後に入植準備開始予定だが、現在はコロニーも常駐員も無い、無人の星系だ。
要するに遭難である。
最も近い星系まで十二光年、それは通常電波による救難信号が届くのに十二年かかるということ。船に残された物資では十二年間も生活できるはずがない。そしてエンジンコアを失った船では、居住可能惑星までたどり着けない。
「コールドスリープか」
長期の漂流は、救難ポッドではデブリの心配がある。コクピットモジュールごと脱出する方が、生存を見込める。
タクヤは準備を始めた。身分証を身につけると、船体からコクピットモジュールを分離する。モジュール後部に格納されたポッドに入り、改めて救難信号の発信を確認する。
ポッドのパワーだけでも、五百年間はコールドスリープを維持できる。もっとも、安全に蘇生できるのは安全をみて三百年が限度だと言われているが。
タクヤはカプセルに身体を横たえた。
入植準備の船団が来るまで五年の辛抱だ。
コールドスリープは当人にとっては時間が止まるようなものらしく、実感としてはうたた寝に近いらしい。
無針注射器による鎮静剤によって意識が薄らいでゆく。
コールドスリープに入る前に、シャワーを浴びとけば良かったな。
最後にそう考え、意識を失った。