甘い判断と罠
大きくて太い女の子による三角絞めが好きです。
「あの、姫様猫撫でられたんですよね?」
「はい、こちらの猫は大きくてかわいらしいですわね」
優しげな微小を浮かべながら姫様はそう言っているが。
この辺でみかける野良猫は半野良みたいな感じで、何件かの家が玄関先に猫の寝床を置いているし、耳も切ってある。さくらねこというやつだったか。
飼い主はいないけど、去勢や避妊をしており保健所に駆除されないという猫で、つまりは自治体がしっかりと管理しているという印なので、触ったりしても比較的安全なものだ。
というのは今は置いておくとして。
そもそも窓を開けて、ベランダから手を伸ばせて触れたってことは。
「姫様は別に部屋から出れないわけではないのですか?」
「…あっ…言われてみれば、その通りかもですね」
何の因果かわからないが、部屋から出ることが出来ない。というのが、私の部屋にいる理由だった。そうでもなければ、この国の公的機関でも頼ることはできるだろう。
あからさまに体型というか縮尺が特殊なそれなのもあって、突拍子の無い話も信じられる可能性があり。下手したら、異世界を観測してパラダイムシフトが起きる可能性だってある。そんなことは横においておいても選択肢は増えるわけだ。
難しい話は置いておいても、厳重な保護をされた場所で生活することは簡単とまでは言い切れないが、安全の確約はできるはずだ。
「……少し試してみましょう」
「え、えぇ……そうですね」
玄関のドアを開けて、周囲に誰もいないことを確認してから。念のために家の前に止めている自転車にかけるカバーを一旦剥して両手で広げる。これで違和感なく目隠しが出来るだろう。
「どうぞ、出てみてください」
外側に立って、ドアを彼女が通れるくらいくらいに開いて脚で止めて促してみる。彼女は履いていたスリッパからこちらに来る時に履いていた、なんなら最初に会ったときも室内で履いていた靴に履き替えて。玄関の敷居をそろりと、ゆっくり恐る恐るという感じで超える。
「…まぁ」
少し驚いたように目の前にちょこんと言う感じで立っている姫様。つまり、普通に外に出られている。
「出れましたね、いったん部屋に戻りましょう」
もう夜といえる時間だが、最近は日も伸びてきて、まだ少しだけ明るい。
そうでなくとも、今は夜でも建物の近くは灯りで明るいのだから。
ドアを閉めて部屋に戻り彼女は私の寝台の上、私はパソコンの前のチェアといつもの定位置となった場所にお互い腰掛ける。
彼女の用の背もたれ付きの座椅子をベッドにおいて座るのは少しシュールだが。もはや慣れてしまった。
「えっと、ひと先ずおめでとうございます?」
「そうですね、これで万が一の場合、悪漢などが入ってきた時に逃げるということが出来るようになりました」
少し考えがまとまらずに、変なお祝いの言葉をかけてしまう。
そもそも論でこの生活は私の、私自身による善意と下心から始まったものだ。当然持ち出しは私だし、必要性もあったから続いてきた。つまりは彼女がわざわざここに留まる理由もなくなったわけで。
「一応、今まで何度か簡単に説明等してきましたが、この国の公的機関は基本的に優秀ですので、保護を求めることは可能ですが」
まぁ、野郎の一人暮らしの家にいるよりかは快適な生活なのは自明の理だろう。最初は慌ただしいであろうが。長い目で見れば誤差だ。
「気が付いたらここに居た、記憶がない。と強弁し続ければなんとかなるとは思います。外見的に尋常な事態でないことはひと目で把握されますでしょうし。必要があれば、私も証言くらいはできますし」
彼女の身分を証明できる存在は居ないため、無国籍プリンセスということになる。この国は先進国の中でもより管理が厳しいので面倒ではあるだろうが……というか、超法規的機関みたいのがあって、彼女みたいな存在を保護している可能性まであるのか。
「……家主様、聞いていただけますか?」
色々と提案していると、考えがまとまったのか、こちらの言葉を遮るように彼女が声をかけてくる。まるで抗弁するかのように、真っ直ぐにこちらを見つめながら、胸の前で手を組み祈るように訴えてきた。
「今まで散々、家主様のご厚意におもねっているような真似をしておりましたが……私は怖いのです…」
「怖い?」
悲しげに目を逸しながら、彼女はそう言っている。よく見ると肩は震えており、目元には若干の涙まで浮かべている。普段見かけない彼女の様に思わずオウム返しのように言葉を返してしまう。
「はい。未だにあの日、家主様とお会いする前の日の事をふとすれば思い出すのです」
「それは……」
何度か聞いたが、彼女は民に追放する形で落ち延びてきた。だいぶヘビーな異世界なんだなって他人事のように聞いていたが、確かにそういっていたはずだ。普通に考えればそれはトラウマになってもおかしくない出来事だろう。
「そんな中、私はこの部屋に来てからようやっと肩の荷を下ろせました。勝手の異なることばかりで、戸惑ったり少しばかり窮屈ではありましたが、今日までとても心休まる時間でした……」
「そう思っていただけたのならば何よりです」
姫というたちばからいきなりこんなワンルームに来れば、それはもう何もかもが異なるだろう。ギャグとしてそういった作品をみてきたが、底に書かれているだけじゃない苦労もあるだろうから。
「元より、私はここ以外に行く当てなどない身……」
「ひ、姫様?」
先程まで寝台の上に居たはずの姫様が、いつの間にか私の座る椅子の前まで来ている。全く気がつかないまま、まるで魔法のように違和感のない移動であった。そして私の脚の間に膝をついて見上げてくるのだ。
しゅるりと布がこすれる音がしたと思えば、彼女の白魚のような指が、形の良い両の手が膝の上に乗せていた私の手に重ねられている。プールサイドから床に上がるような姿勢だが、彼女のその手に力はさほど込められていないのがわかる。なのにその柔らかな手は少しばかり冷たさを感じ取れるほどで。
彼女の纏うYシャツのボタンも最近は少し暑いからなのか、2つも外しており。何とは言わないが見えそう、というより正直言うと少し見えているような気がする。そこから視線を外そうとするべきだと頭では分かっているが、彼女の顔とそこなる2つをフォーカスが往復しているという意識だけあり、制御を手中におさめられていない。
所作自体は普通だが、彼女が狙ってやっているのか、それともただ私と彼女の双方の大きさの差がある為こうなったのかはわからないが。
「家主様、どうか私めに。もう少しばかりのお慈悲を……」
その言葉を耳で聞いた認識はあった。視界は半ばジャックされているから思考したというより、ただ反応したというのに近い。それでもそんな状況から進展したのは、置かれている彼女の冷たい手が少しばかり震えているのを、私の手がそして遅れて脳が認識したからだ。
それは彼女が、ただでさえ拠り所がない彼女は、この家に多少なりとも愛着を覚えてくれたということと。この家以外に不安があるということだけは、私にも感じ取れた。
その瞬間、むやみに興奮してしまった自分を急に恥ずかしく思えてきて。
「前も申し上げました通り、好きなだけ居てくださって構いませんよ」
そんな風に、少しばかり誤魔化すように笑って言うしかなかった。
「まぁ! でしたら!?」
「はい、これまで通りですかね」
口元に手を当ててぱぁっと花が咲いたかのように笑う姫様。なんとなくそれが意図して浮かべたものであるというのはわかるのだが、それでも嬉しく思ってしまうのは、男の性というやつだろう。
まぁ、実際にいなくなるというのならば、最大限彼女の意思を尊重するか、逃げられないように縛って力づくで手籠めにするかしてしまうだろうが。そこまでしなくても良いというか、残ってくれるのならば言うべきことはない。
既に今が僥倖というほかない事態なのだから、それがどれだけ続くかも不明なのである。ある日突然帰らなければと元の世界に戻ることだってありえる。
「…それじゃあ、仲直り? というか新たな門出? というのも変ですが、折角ですので、お祝でもしましょうか」
「えぇ! いいですね」
誤魔化すようにそう言いながら、捨てずにとっておいた近所のケーキ屋のチラシを取り出して、彼女の前に置くと、先程よりも柔らかい笑顔で彼女はそう返してきた。
今はまだ、このくらいの距離間でいいのだ。
そんな日も過去となり、流石に樹には残っていなかったが、道を歩けば道路にこびりついて汚れた桜の花びらがあった頃に始まった、奇妙な姫様との共同生活もそろそろ1月を超えるほどになった。
少し前に発覚した姫様が外出できるという事実も、結局その後も特に変わったことはない。
いやないとは言い切れないか。
彼女が我が家から出ない、いや出れないのという点は変わらずだ。
そもそも外見上仕方ないし、出たところですることもないのだから。
なにが起こっているかというと、簡単に言えば、彼女との距離が近くなった気がする。
いや事実近くなった。
夕食後、今まで彼女は私が図書館から借りてきていた写真集などを眺めるか、こちらと話すなどをするのが通常の日課となっていたが。最近は平日の夜、時間が空くと、ボードゲームなんかをやったりしている。
それら自体は私が最近購入してきたものだ。理由は簡単で、何故か我が家にオフラインで対人が出来る電源ゲームがなかったので、いっそ開き直って非電源ゲームを買うことにしたのである。
「……投了です」
「はい、私の勝ちです。家主様」
そして、普通に負け越している。これは別に接待プレイをしているとかではなく、単純に彼女が強すぎるのだ。最初の数回はルールを覚えるためにこちらが勝つが、すぐにコツを掴んでボコボコにされる。
というよりも、私も初見のゲームをお互いルールを読みながらすれば、普通に最初から負けるので、単純に私がこの手のゲームが弱いというのもあるかもしれない。
そんな風に楽しく? 少なくとも平和にすごしているのだが。しかし、最近悩んでいることがある。
「ふふっ、家主様?」
「……何ですか」
いままで用事があったら、普通に声で呼んでいた彼女が、こちらの手を引いたり、体を持たれかけるように、こちらの手元を覗き込んでくるのである。とにもかくにも、全体的にこちらのパーソナルスペースが侵略されている。
他にも顕著なことがある。それは、私がパソコンで作業をする時に、何故か姫様とともに見ているという形だ。SNSやらソシャゲの周回から、映画やらアニメを見るまでも。
別にそれは多少私のタイムラインに流れてくる肌色な推し絵師を別のリストにでも避難させれば問題はなかったが、彼女の見ている場所が問題だった。
この場合の場所はウェブサイトというわけではなく、物理的に肉体のある場所のほうだ。
改めて我が家にはチェアは一脚しかない。ベッドからモニタは見えなくもないが、当然やや距離がある。彼女の縮尺に直せば、普通に遠いとのことだ。
そのため姫様は、私の股の間に、私を背もたれにして座るようになったのである。
いや、どうしてそうなったのかという困惑が大きい。気がついたらいたのだ、それが翌日も続き、いつの間にか習慣になったのである。
実際に物理的なスペースには問題がないし、椅子の耐荷重も余裕はあるが、シンプルに私の精神的な負担が増えている。
鼻孔をくすぐる彼女の髪から漂う香りも、自分のシャンプーとコンディショナーと同じなのが、目眩がするほど効いてくる。
映画を見ているときは静かだが、完全に背もたれのように使われる上に、太ももはアームレスト扱いであり。時折力を込めて握ってきたり、手慰みに撫でられたりと不意打ちが飛んでくる。
数少ない救いなのは、さすがにYシャツの時は控えて、しっかりとしたそれ以外の服を着ているときだけの時の行為であることだ。背もたれの意見としては、ベルトでもしているのか彼女の腰あたりの硬いものが当たる感覚で、割と冷静になれる。
他にも開き直ったのか、ベランダの物干し竿にかかる物干しハンガーに、踏み台を使って干したであろう、彼女の下着まで並ぶようになってきた。
こちらも露骨に女児の下着なので、色気はあまりないのだが……とにかく、なんというか遠慮がなくなった。
他にも細かいところをあげれば、私がベッドで本を読んでいると背中を背もたれにされたり、こちらが床の拭き掃除をしていると、目の前で足を組み替えたりいたずら気に蹴ったり足置きにされたりと。
まぁ、露骨にからかわれている。それ自体は別に悪い気もしないのだが……溜まるものがあるのも事実で。
だから、ここのところは残業をしている体で、帰宅までに古のサラリーマンたちが利用している、ビデオ個室を利用するのも仕方ないのである。偶発的に恋に落ちるのは、彼女の同居で寂しくなった懐には少し厳しいゆえに。
最近妙に『ミニマム』とか『小悪魔』とかいう、前はあまり興味がなかったパッケージの文字が目に留まるようになった自分に気づきながら。
どうしてこんな回りくどいことをする羽目になったかを考えながら、今日も私は息抜きをしてから帰るのだった。
「ねぇ家主様、お願いがあるのですが?」
自身の甘えによって発生してしまった危機を乗り越えた後に、最近攻勢をかけている彼女の脳裏にあるのは一つ、あ、こいつは本当にちょろいな。というものだ。
理念自体は何も変わっていない。自分に溺れさせて、自分の色に染め上げれば、もはやここでの生活は安泰である。
自らこの家に留まることを選んだ以上、些細なことで喧嘩しても自分には避難場所がない。なればこそ、彼をうまいこと自分の手の中で転がせないかと思索試作しているのだ。
先の件でどこまでも甘く、寛容な人物であることを完全なまでに確信し、ならばもう一生とまではいかなくとも、長期の契約をしてもよいだろうと判断して、身体的な接触を増やしてみれば。
彼はそう、面白いまでに反応する。やはり、さも女性経験が無いわけではないように振る舞っているが、別に0ではないだけで1未満であることは変わらない。というか。明言や確約なしに異性に触れたことがないのではないかと訝しむほどだ。
それでも、最初のそういった反応から試算した彼が限界になる時期、その想定よりも耐えてはいるが、その理由も最近分かった。
「(家主様は、外で処理してきてますね)」
今まで7時前には買い物を済ませて変えてきていた彼が、ここのところ毎日のように8時前くらいの帰宅時間になっている。
最初は仕事と聞いて鵜呑みにしていたが、帰宅が遅くなってからは、いつもよりこちらを見る視線が和らいでいるのと、顔つきが良くなっているの事と、浮ついた反応が減る事を考えれば、おのずと結論が出る。
しかし他の女の気配や匂い、残り香はしない。
なので、ようやっと覚えた文字の入力方法(ローマ字というらしい)を使って少し調べれば簡単に分かった。まぁ、彼の検索履歴をさらっと漁っただけでもあるが。
「(映像を見るだけの娼館、変わった形に発展していますね、本当に)」
しかしそうして対策を講じた事で警戒心が緩んでいるのならば、むしろとばかりに、少しばかり湿度が増して熱くなってきたことを言い訳に、服の裾を多少上げて過ごしてみたりとしている。視線の運び方と反応で、二の腕や肩よりも、ふとももと胸がお好みのようだと言うところまで正確に把握しているので、効果的な行動であった。
惜しむべきは、服装が選択肢が少ないことであろう。あとは、一番視線が泳ぐ回数と誤魔化す際の彼の癖であろう一人での手遊びが増えるのが、最初にもらった彼の服の時であることか。
素の反応が良いのであまり変化はないが。
そうして歩み寄って過ごしてみれば、だんだんこちらに対して、対応が更に甘く寛大になって来ていることもわかっている。
夕食も豪華になってきているし、部屋もきれいになった。お土産の頻度も上がっている。
ねだられれば断れないのは、どうやら妹がいるからだということも、彼女は既に聞き出していた。
正直に言えば、彼女からして、家主はここのところ完全に面白いおもちゃのような扱いになっていた。ただでさえ他人を住ませるほどお人好しで、欲望に正直で、それでいてそれを無理に隠そうとしている。
隙だらけで、なおかつ自身がとりつくろえているという確信をもって行動している。そんな滑稽さが接していて楽しいほどに。
繰り返すが、手を出されることの危険性を重々承知している。しかしそのリスクも彼女のからかいを増長させるほどに。スリルというスパイスが、もはや娯楽目的という面まで生み出してしまう。もう完全に家主をからかって遊ぶのがそのまま目的で日課となってしまっている。
こっそりと彼のつけている日記を読んだときは、こちらの行動に対しての、可愛らしいというしかない反応と、取り繕ういじらしさに笑ってしまったくらいだ。
からかうついでに、次はネットショッピングでもできるようにしてもらうか、しかしそれには文字が読めることをばらす必要もある。悩ましいなんて思いながら。
元より外で発散してくる術が無ければ、今週中くらいには陥落したであろう手ごたえがあったが、別に急ぐ必要はない。ゆっくりこの家で検討していこうと彼女は結論付けた。
それはそれとして、彼で遊ぼうと画策しているので、彼からしたら『溜まったもの出ない』のであろう。『溜まったもの出して』いるから耐えられているのだが。
今日も今日とて、彼女は食後に家主が切ってくれた柔らかい果物を口に運ぶ、柔らかい果肉と溢れんばかりの果汁は早採れの桃というらしい。
家主の金銭感覚では値段の割に量が少ないと感じるものも、彼女の食べる分で換算すれば、十分なコストパフォーマンスになると気づいた彼は、帰宅時にスーパーの果物売り場をチェックするのが日課になっているようだ。ついでに果物の旬の時期も覚えつつあった。
彼女は口の中で溶ける甘い果肉を飲み込んだ後、自分の皿が空いていることに気がついてお代わりを要求すべく、ナイフで不器用に皮を剥いている彼に向けて、口を開けて体を乗り出す。
「もう少し待って下さいよ」
「ふふっ、はしたなくてすみません。でも、とてもおいしいのですから、つい」
「はぁ……どうぞ」
そう言いつつも、彼は自身の更に残っている桃を更に半分に切って、串をさして差し出してくる。
それを見て、また彼女の悪戯心にぽっと火が灯った。
姫は満足気に、彼の顔を下から除き込むように近づいて、彼に一度目線を送ってからその桃に頬張ると、一口で食べきれるであろうに、あえて串に半分残して、ゆっくりと咀嚼する。
蠱惑的な微笑を浮かべつつ、わざと自身の顎と喉の動きが見えるように、少しばかり大げさに動かしながらゆっくりと咀嚼してじっと味わってみる。品のないことをしているという自覚で自然と少しだけ頬が紅潮しているのも、勿論計算づくだ。
しびれを切らしている彼からの串を持つ手が少し震える、横目で彼の視線が口元にあることを気づかれぬままに確認したら、少しだけ反省したという悪戯気な笑みの表情を作ってから、残り半分を口に含むために啄む。
今度はひな鳥のように口を前に出すだけでなく、両の掌で彼の大きな右手の親指の付け根とゴツゴツとした手の甲の縁を挟み込むよう抱え込んでの頬張りだ。
「んっ……」
さも、おいしい桃に夢中ですという表情を作り、あえて彼から視線を外して、美味しくてつい我を忘れたかのように、咀嚼を続け。そして名残惜しそうにゆっくりと飲み干す。
それを見て安心したように、少しだけ彼の手が引かれる力を、重ねた両の手でしっかりと認識するが。そのまま離させないで、またも彼の顔を一度のぞき込む。
困惑からこちらの意図を掴みかねて、彼の意識に空白が生まれた隙を見計らい。しっかりと彼が意思を口に出して拒絶するまでが好機とばかりに、彼女は串から口を引いて、今度はたっぷりと果実の蜜が付着した彼の親指の腹を直接伸ばした舌で舐め取る。
「んなっ!」
「ん、甘い、とても美味ですね」
固まった彼をこっそりと観察しつつ、舌で優しく彼の指をなぞっていく。舌先でちょんと触りピクリとしたらゆっくりとおろして左右にチロチロと動かして。
甘みが薄れてきたら親指の次は一本飛ばして中指も同様に、そして一つ戻って人差し指と。
まるで母親の乳房から乳をねだる動物の赤子のように、舌で彼の指紋を感じ取るように丁寧になぞり舐める。
爪と肉の境目に沿うように這わせたと思えば、くすぐったそうにする彼の指をそのまま、体の大きさの割に少しばかり肉厚で形の良い唇で、ふわりと包み込み。
そのまま彼の指をむにむにと挟み込んで楽しむ。唇をそのまま押し付けて、彼の指の感触に柔らかさを学習させるように吸い付いていく。
「大きぃ……」
そんな動きに緊張してきたのか、それとも興奮から少し震えている彼の指に、そっといたずらっぽく前歯を立ててみる。今度はその大きな手に彼女の歯の小ささを教え込ませて、歯で固定した指先を舌で挨拶するようにつつく。
「あっ……」
ぐっと彼の手を引く力が強くなり、流石に大きく拒絶されるなと、察知した彼女は、内心にんまりと笑いながら、最後に少しだけ水音を立てて、指に吸い付いてから、彼が意識して手を抜いたと認識させないように、ゆっくりと顔を離す。
つーっと、一筋だけ彼の指と彼女の唇に唾液の糸が引かれているのを確認して、そして彼がその糸を見たのを認識したら。さも、糸に『気づいていないように』ただ果物が美味しくて思わずしてしまいました。という体で恥じらう顔を作り、口元を抑えてみる。
「も、申し訳ございません、つい……」
「あ、いえ、その、はいっ」
甘い果物に夢中で我を忘れてしまった恥じらうお姫様の前に、彼は文句も問い詰めることもできないようで、その様子もまた彼女の嗜虐心をくすぐる。耳まで真っ赤にして目は泳いで、言葉は意味をなしてない。
彼女は自身の本性がだいぶ覗いてきている自覚もしているし、家主と彼女が逆の立場ならば、自分はすぐにでも押し倒されて、欲望のはけ口に使われるであろうことも、しっかり認識した上で、それでもこの遊びがやめられない。
退屈でのんびりした時間は、時たまスパイスをかけるからこそ生きるのだ。
それが彼女の生を楽しむコツだった。
「え、あ、はい、あ! 手! 手を洗ってきますねっ!」
「はい、申し訳ございません」
「気にしないで下さい!」
殊勝に謝って見せつつ、先ほどの『彼の味』を口の中で転がしながら、彼女は立ち上がり難そうにこの場を去っていった、家主の背を見つめて。
血が騒いでいるのを自覚しながらも口が裂けるように、にんまりと笑みを浮かべるのだった。




