二人暮らし~姫様の優雅な午後~
大きくて太い女の子のお腹をひたすら愛でるのが好きです。
なし崩しに奇妙な形で始まった共同生活。
というよりも別世界に迷い込んだ方がよほど奇妙とも言える。
彼女はそう独り言ちながら、静かに笑う。
家主の持つ万能魔道具による警告音が鳴り響く。それは、この家における新しい朝の始まりの合図だ。
彼女は少し前に半分覚醒していながら揺蕩っていた意識をそのまま起こし、流れるように寝台から起き上がり大きく伸びをする。傷も曇りもない割に装飾が簡素な鏡を覗き込みながら簡単に身支度を整える。
先週までは何人かの侍女がいて適当に任せていたのだが、だからといって別に自分でできないわけではない。その理由の大きなところは、自身の造形へのこだわりが薄いからではあるが。
最低限の体裁を整えて自身の敷居から出る。彼女のいた場所は持っていた天蓋付きの寝台よりも狭い場所だが、こちらも不満はない。この暮らしが始まった時にした想定よりも良いくらいなのだから。
「おはようございます、家主様」
「おはようございます。姫様」
挨拶を返しながら彼は既に、ちゃぶ台を出して、その上に簡易的な朝食を用意している。メニューは焼いた四角く平たいパンと、実家から送られてきたという赤い果実のジャム、そして牛乳を発酵させてできたという半固体のもの《《ヨーグルト》》というらしい。故郷に似たものはあったがこれは甘いので驚いた。
たった2品だけの簡素な朝食だ。
しかし元より特に朝は食が細いため、彼女に不満などない。
紅い果物のジャムはルバーブというらしく酸味が程よい。パンも家主は彼女の食べる量を心得ているのか、半分に切られた分だけだ。
用意されたそれらをゆっくりと口に運びつつ、目の前に座る家主の食事風景を眺める。やや虚ろな目で無感動に口に運んでいくそれは、どこか機械的であった。しかしこうしてみるとやはり大きい。巨大な熊や何かのねぐらにいる気分になる。
なにせ、ともすれば彼女の顔よりも大きいパンが数口で消えるという食べるペース。これだけ大きいものをという感覚だが、ここでは普通なのだろう。
しかしながら彼は
「朝は何も食べないのが普通でしたけど、さすがに」
ということで、朝食を簡易的なものでも用意しているのだ。彼女からしてメニューにも量にも不満などなかった。
食事中に短く何度か繰り返されるやや高い音がなる。先程から既にごぼごぼといった音が繰り返しており、なにより部屋に漂う香ばしい香りで、彼と最初に話した時に飲んだ飲み物だとわかる。
その音に反応するように、既にヨーグルトへと取り掛かっていた家主は立ち上がり、彼女の分の非常に軽くデフォルメされた動物が書かれた|表面がつるつるとした不思議な器と、彼の山賊の長が使っていそうな、巨大な金属のジョッキに注いでいる。
ゆっくりとまずは砂糖もなにも入れずに口に運びながら観察してると、せかせかと残りを食べ終えた家主は、正装と思われる妙にきれいな服を抱えて、バスルームに消える。
彼女はぼーっとコーヒーの香りを楽しみ、今度はジャムを入れたヨーグルトを口に運びながらのんびりしていると、彼は身支度を整えて出てくる。そのまま、残りのコーヒーを2つの魔法瓶という保温に優れた容器に移し替える。
片方をカバンにしまい、もう片方をちゃぶ台の横においた後は、靴を履いて彼女へと向き直る。
「それでは行ってきます」
「はい、どうかお気をつけて」
ドアが閉まるまで手を振って、彼がいなくなるのを見送った後、しばらくして彼女は、ようやっと食事を終える。
また、大きく伸びをしてから、食器を流しに持っていき水につける。それが彼女の朝食時に与えられた役目である、
こうすれば帰ってきた彼が後で洗ってくれるのだ。
口をきれいにした後、彼が用意してくれたコーヒーの入った容器を片手に、自身のベッドより枕を取り出して、彼の寝台の方に向かう。
机の横にある、彼が時たま使っている匂いを消す噴霧器を彼の寝台に何度も振りかける。
比較的すぐに乾くのでその間はぼーっと待つ、遠くの喧騒にでも耳を傾けながら。
適当に手で触ってよしと判断すると、自身のそれよりも随分広い寝台に自身の枕と共に横になる。
「それにしても、コーヒーを飲むとよく眠れますね」
早速追加で二口程飲んでから、電気を消すと彼女は再び夢の世界へと旅立つ。
彼の用意した食事を取って、見送った後にするこの二度寝までが彼女の朝のルーティーンであった。
正午を告げる公共放送の音楽で彼女は目を覚ます。
元より比較的浅い眠り故仕方があるまい。どうしても夜の眠りが浅いため、昼に眠れば更に浅くなってしまうのだ。
またもや大きく伸びをすると、さすがに目が覚めたのか慣れた手つきで彼の使っている椅子に寝台から乗り移る。
その際に教わった通りに椅子の高さを最大まで上げる事を忘れない。
そのままだと高さが合わないからである。
そうしてこれまた教わった通り、パソコンを立ち上げると、そのまま彼がせっせとブックマークに入れてくれた時間を潰す用のホームページにはつながるのだが、彼女はまず最初に表示されるようにしてあるニュースサイトを閲覧する。
最近起こった事件から、ゴシップ迄、雑多にあるものからいくつかを読み漁る。
そしてわからない単語があればそれを検索する。検索のやり方は彼の動きを横からのぞいて覚えたのだ。
文字が読めないことになっているので、聞くことができず、映画など暇つぶしの娯楽作品として映画を見ているときに聞いた単語をいくつか彼に投げかけて。彼がその回答に詰まって意味を調べているのを観察したからだ。
さすがにまだ文字は書くことも、ましてやこのキーボードというものでうつことは難しい。
その為片っ端から見かけた文字をコピーして、テキストというものにひらがなの50音を保存したりもしている。
彼のいないこの空いた時間を数日すごした結果彼女は、既にあらかたの国際事情や政治関連の内容について調べを終えていた。軍事力や常識、国際関係などもである。歴史に関してはまだだが、おいおいと読み込むつもりでもいる。
マクロ的な情報はおおよそ把握した結果、この国はまだしばらく民兵まで動員するような戦争をする相手はいないということ程度は理解した。周辺国や、故国に比べて治安が非常に良いことも覚えた。あとは気が向く程度に、ミクロ的な部分を調べていけばよいという判断で午前中は二度寝に費やしているのだ。
「今日は……これでも見ますか」
ニュースの巡回を終えて、彼に教わった通り多くの映像娯楽を掲載しているページを開いて、アタリを付けていたものを見始める。彼や|現代人と呼ばれる彼らが属する集団《デジタル依存症な人たち》は、1日中こんな激しく明滅する映像を見ても、疲れはあまりないとのことだが。彼女からすると、2時間でも結構目が疲れてしまう。こればかりは慣れともいえるか。
今日彼女が選んだのは、戦記物。勇壮な勇士たちがたくさん戦うものがないかと聞いて彼よりおすすめされたものだ。
「神託で戦争の趨勢に口を出してくる……どこも同じですね」
ぼーっと眺めながら、さすがに多少ぬるくなったコーヒーを、今度はミルクと砂糖を入れて飲む。のんびりと誰に責められるわけでもない時間を過ごす、昼下がりの心地よい時間の流れは、至福の一時なのであろう。
「戦って死ぬ兵士を見てると、少しお腹が空きますね」
元より昼食は軽めで、会食やら茶会で食べざるをえない時にあけていた。そのために今でも足りない分は、腹が減ったら食べるようにと買い置きしているお湯を入れるだけで出来るスープやら、芋を薄く切ってあげたお菓子と説明をされた食品はあるものの。彼女自身で説明をこっそり読んでも別段惹かれない。
単純にその分夕食を楽しみにしているのである。
午後5時くらいまでそのように、休み休みのんびり過ごした後は、適当なタイミングでシャワーを浴びる。勢いよく大量に温かいお湯が出てくる喜びをかみしめてから上がるとこれまた適当に着替える。
彼の帰宅まで少し時間が空いたら、低俗な本棚に何か興味が惹かれる本がないかを探したり、家主の引き出しやら収納に興味深いものかがないかを調べたりもするが、風呂上がりの心地よい眠気にまどろみながら、新品のドライヤーという温風を当てて髪を乾かすものを使って乾かす。少しばかり重いが、我慢できないほどではない。
そうしてしばらくすると、家主が返ってくる。
「ただ今帰りました」
「おかえりなさい、家主様」
これが彼女の平均的な一日である。
このように非常に快適な生活を送ることが出来ている彼女だったが、やはり不安な点もあった。
それは持続性だ。一度家主に確認してみたところ、初期投資である程度の持ち出しはあったものの、出費自体は全然問題がないレベルとのことだ。であれば、今以上に贅沢などを考えなければ問題ないというわけである。
それでも、家主が方針を変えれば、この暮らしが終わることも分かっているし、彼女は彼からどのような感情を持たれていることも概ね把握している。
言い方は悪いが、既に故郷に帰って故国再興なんて、爪先ほどにも思っていない。
であればこの生活を確約する上で、彼女が現状持っている札の中で、不可逆ではあるが価値の高い手段も、場合によっては彼に許す事をも手段の一つとしては考慮している。
それは、王家という生活する上で依存していたシステムによるものではなく、この場でぐーたらしていたいという彼女自身の意思によるものだからだ。
故に────
「私を持ち上げていただけますか?」
「は? 持ち上げる?」
あえて、自身に身体的接触をさせてみることにしたのだ。彼がどれ程理性的に振る舞えるのか。彼女をどのように扱うのかを調べて見るという意味で。
どうせ彼がヤケを起こせば終わるのだから、余裕のあるうちに安全マージンという物を図りたかった。というわけでもある。
「この部屋の天井、とても高いですよね、上からの眺めを見てみたくて」
「…意味は分かりませんが、意図はわかりました」
高い視点による眺めなど二の次であり、彼が身体的接触に対してどこまで反応をするかを見てみるつもりだったのだ。
このような回りくどいことをしたのは、現状が既に密室で二人きりという状況の為。
もし隣に座って、彼の太ももをなでたりなんてしたら。それもはOKのサインに見られても仕方がないと、彼女は考えていたのである。
かと言って手をつなぐと言うのは社会人は契約の合意という点で行うとのことであり、どちらかというと、触るより触らせるということに対する反応を見るのが大事と考えていた。
抱きかかえられ、改めて彼の大きさと力強さをその身で感じて、
更に、彼の手を手繰り寄せてみても。彼は女性経験のない意気地なしのように、目をそらしてこちらの手を払うばかりだった。
その後すぐに《《不自然な動き》》で横になったのを見るに、意識していないわけではないことも再認識できた。
つまりはただ、こちらに手を出さないことを優しさと考えるような、意気地なしであるということを彼女はしっかりと認識した。
まぁもとより、彼女の美貌に免じて同居を許している男だ。お人好しであることは否定しないが、下心があり更には金はあれども甲斐性なしと。そう彼女は結論付けた。
「また、面白い娯楽が増えましたね」
彼に聞こえないようにそうつぶやく。まぁつまるところ、そういう事である。
適当にからかって遊んでしまう方が、距離感をつかみやすい。
なにせ、もとより彼女は。彼からの好意に阿るしかないのである。力付くで組み伏せられれば抵抗などできず。この場所以外に住むあてもなく、独立のための金銭など銅貨1枚もないのだ。
ならばむしろ、こちらに勢い余って手を出してもらい、責任でも感じてくれる方が、ずっと都合がよい。
理性的かつ悪い意味で紳士的な家主のことだ。彼女が不快と感じたことをされた時、本気で泣き叫べば、彼なら止まるであろうことも、数日の生活で既に分析済みであるのだから。
完全に彼から起因した不意打ちをくらうよりも、こちらが主導権が握れる範囲で誘導できたほうが、操縦性が高いであろう。
そんな、確信をもっていた。
好きでもない相手と、というものは姫として生まれた時に飲み込んだものである。第一子であったため場合によってはどこかの《《姫を娶る》》可能性もあった身であり、利用できるのならばするだけである。
もちろん、嫌悪感や抵抗が少ないに越したことはないのだが。
その後も、あえて自身が無力であることを印象付けるために、本の読み聞かせを頼んだりと。彼女は受け身から状況を掌握すべく動き出した。
最初に渡された、前がボタンで止まった服、膝丈ワンピースを着ているときは、より視線を脚に感じるので、あえてそれを誘うように目の前に置き。
朝の食事の時は少し寝ぼけているふりをしてボタンを1つ余分に外してから出てきたりとである。
その度に露骨に目が泳いでいる家主は見ていて飽きなかった。おもちゃも手に入り、やりたい放題にやっているためか、既にこの三食昼寝付きの狭い住居での生活にだいぶ慣れてしまっていた。
だからこそ、油断が生まれてしまったのである。
「(掃除をする私……)」
ある日の彼女は、そんなことを思い立った。
普段より世話になっているということもあるが、比較的暇だったということが大きい。
「(帰ってきた部屋の綺麗さに驚く家主様、大変に感謝される私……)」
そう内心でつぶやきながら彼女は意を決して、玄関近くの大きな箱の魔道具の横に置いてある長い掃除用の器具を手に取ってみる。
「(感謝のあまり、おいしい果物やケーキなどを買ってきてくれる家主様……)」
それは、なによりも物欲のために。
そうして掃除機を手に、彼のやっていたようにいざ動こうとすれば、それは彼女にとってあまりにも重かった。
「こ、これは少々扱いづらいですね」
最新式の軽い強力静かでコードレスなんてものではなく、型落ちの掃除機は彼女にはあまりにも荷が重かったのである。当然のことである。仕方ないので、その横に立てかけてある箒を持てば────
「私の背と同じ程ですね……」
持つことも持ち上げることも、動かすこともできた。しかしこれでは完全に振り回されるだけだ。万が一にも何かを壊してしまった場合、彼女に弁済能力など全くないため。扱うにはリスクが高かった。
「で、では布で拭き掃除を……」
今度は雑巾を手に流し台の前の踏み台を登り、水を含ませる。そして思いっきり絞り上げるが……
「……びしょ濡れですね」
不思議なことに、全力で絞ろうと殆ど水は切れなかった。彼女は首を傾げる。ここまで自身は非力ではなかったはずだから。
羽をもがれたように根本からこちらの世界の法則と自身の世界のそれが異なるような、そんな確信を得たように考察をはじめようとするが。
「今日のところは勘弁してあげましょう」
結局面倒になって取りやめるのだった。
せめて何かをやろうという残った僅かな気持ちで、逃避行の際につけていた穴の空いた下着を手洗いでもしようと、自分のスペースへと戻るのであった。
代わりの服はもらっても、それが一番合うために。そして流石にそれを家主に洗わせることに忌避感を覚える程度の感性はあったために。
「あら? なんでしょうこの声」
そして、何時ものようにニュース記事でも読んでいると、人の声や車の音などの生活騒音には、かなり耳が慣れた彼女に、珍しく聞いたことのない音が聞こえる。雨音がしているなか、急に音域が違うそれがしたために、偶然聞き取れたのである。
「────ッ」
「窓の方からですね」
そろりと慎重に、少しだけ息を殺しながら窓際へと向かう。体を隠しながら隙間からこっそりとのぞき込めば、人の気配はない。今は平日の昼過ぎであり、町に人口が最も少なくなる時間帯だ。更に雨も降っている。
「まぁ!」
「ミャー」
念入りに人気がないことを確認して、よりのぞき込むとそこにいたのは、黒い成猫だった。彼女からしてみると、とてもとても大きな猫である。
「これは、猫ですね! こんなに大きいとは」
「ニャー」
思わずといった形で、さらに左右を確認してから、だれもいないことを確信すると、彼女は窓を開けてベランダへと出る。ベランダの側面の柵の向こうで、不思議そうにこちらを見ている猫へと、恐る恐る手を伸ばす。
「少し湿ってますね」
「ニー」
恐らく雨宿りをしに来たのであろう。大人しく撫でさせるから、ここにいさせろと言わんばかりのふてぶてしさがあった。
黒い毛並みに黄色い瞳と、彼女の知る猫の範疇に収まる外見だ。首輪もつけていないが野良の猫だろうか? 片耳に人為的に切りそろえられたような痕があるが、何かの呪術的なものだろうか?
彼女は久方ぶりに猫をなでて心の充足を得ながら、もう少しばかり猫と戯れる。もとよりこの隠居生活とも言える彼女の生活に、猫が加わればもはや欲しい物など数えるほどになるのだから。
近くの家の住人の気配がして、慌てて部屋に引っ込むまで彼女は至福の一時を楽しんだ。
「ということがございまして、とても可愛かったです」
夕餉の席で思わずそう家主に漏らしてしまったのは、先にも述べた通り完全に油断だったのだろう。急な緊張状態から、完全に開放されたと錯覚した彼女の心の緩みであった。
「猫を撫でることができた……? 姫様はベランダに、外に出れたんですか?」
なにせ、家主は意気地なしだが、愚かではなかったのだから。
※本作に儚げな姫様はいません。
家事分担表
姫様:皿を流しに運ぶ、炊飯器のボタンを押す、自分の下着の洗濯
家主:その他




