二人暮らし~家主の備忘録~
大きくて太い女の子に胸板に座ってもらって呼吸できなくなるのが好きです
姫様との奇妙な同居生活が始まってから、2度目の週末が来た。
結局前回の三連休は買い物に次ぐ買い物、その後は家事。
そのあとに、また足りないものを買い物と、やることが多くてあまり休めなかった、
いたしかたないとはいえ、先行投資と考えることにする。願わくば見合ったリターンがあれば良い。
精神的に厳しかったのは、洋服の買い物だ。ネット通販でも良かったのだが、近所に古着屋があったからそちらにしたのだ。若干以上に不審な目で見られつつ、ファッションのfの1画目もわからないそろそろ立つかどうかのおっさんが、サイズの都合上6歳くらいの女の子の服を物色しているのだ。場合によっては通報ものだ。
こういう時は開き直るのが良いとばかりに
『姪っ子と噴水公園に行くんですけど、汚れても良くて動きやすいのってありますかね?』
なんて営業をしてた頃と接客業をしてた頃に培った、純度100の作り笑顔の仮面をかぶって聞いてみれば、勝手に納得してくれたようで、それなりに順調に買えた。
しかし、服のチョイスのせいで、我が家のお姫様はやべー女オタクみたいな女児恰好をしてるのは、少しどうかと思ってもいる。まぁサイズか着心地の関係なのか、服を送った後も最初に渡したYシャツでいることもある。
この1週間、案の定いろいろ問題があった。
ついつけ始めてしまった備忘録代わりの日記のテキストを立ち上げて、今日の分をかきながら思い返す。
まずあれははじめて、買い物以外で彼女を家に残した日、つまり最初の出勤日だった。
慣れない生活だったが、思ったよりは上手くやれているのかとは思う。
ただまぁ、色々思うことはあったわけで────
「今帰りました」
「おかえりなさい、家主様」
帰宅して誰かがいる。そのこと自体は、実家にいたころは別に珍しくはなかったが、今は割と新鮮な気がするから不思議だ。普段私が使っているデスクチェアの高さを一番あげながら、彼女は映画か何かを見ていたようだ。
「何か変わったことはございましたか?」
「いえ、特には。でも、このインターホンですか? 来客を知らせるものが鳴りましたが、言われた通り黙っておりましたので」
宅配便は時間指定かコンビニ受取りにするので、我が家への来客は基本的に宗教か営業か何かだ。言ったことを守ってくれてうれしいが、そもそも彼女は家から出られないらしいし、問題無いだろう。
窓から覗き込まれることが怖いので、カーテンは締めるようにしてあるし。
「急に音がしたので、少しだけ肝が冷えました」
「まぁ早く帰る場合は、その端末にスタンプを送るので。余程の者でない限り窓からのぞきこまれそうにはならないと思いますが」
しかし、我が家にあるのはベランダに直結してる大窓なのと、ここが1階の為。カーテンが無ければよく見えてしまうであろう。
「まぁ、最悪は……その私室、というかスペースにでも隠れてください」
「そうですね」
指をさすのはベッドを少し動かして作った一畳程度の非常に手狭な場所。
この前の買い物で、彼女用のスペースを少しでも作れればと、ハンガーラックと布を使った衝立による仕切りを作った。
気に入っていただけた抱き枕もとい、巨大クッションを130cm奥行の衣装ケースに押し込んで、ベッド代わりにされている。腰とか痛くならないのだろうか?
その他には卓上用の3段収納と、小さな鏡がある程度の畳1枚程度のスペースだが、多少は気に入ってもらえた様子だ。
ただでさえ狭い部屋がさらに狭くなったが、そもそも広い部屋に住みたいという欲求がないから1ルームに住んでいる身だ。あまり不便さはない。
「それと、お風呂は先に頂戴してしまいました」
「そうですか、では私も行ってきます」
どこでそんな言い回しを覚えたのだろうと思いつつ、どうせ翻訳の妙だろうと結論付けてから靴下だけ脱いで、最近急速に地位を上げつつある、ルームウェアとバスタオルを手に浴室へと向かう。すこし前まで、風呂上がりは寒くなるまでパンツとシャツだったズボラ野郎からすると大きすぎる進歩だ。
狭いユニットバスで服を脱いで、ふと横に目をやれば浴槽の湯舟に金色の物が光って見えた。
何かと思い手に取ってみると、
「当然だが髪の縮尺小さくなってるのかぁ」
それは姫様のとても細い髪の毛で、強度や質感は髪の毛なのに、恐ろしく細いため作り物のように見える。
ああ、自分以外の人間が、この部屋にいるんだなあと。変なところで実感がわいてきた。そんな一日の終わりだった。
またある時はこんなこともあった。
仕事を終え、今日も給料泥棒をしてやったぞという達成感とともに帰りの電車に乗っていると、間もなく最寄り駅というところで彼女に渡していた端末から、初めてスタンプが飛んできたのだ。
それはあらかじめ決めた、助けを求める非常事態を意味するもので。
一瞬脳が固まって、意味を理解するとタイミングよくホームドアが空いたので、飛び降りながら音声通話をかける。幸いにしてすぐつながった。
階段を駆け下りてホームから改札階へと走り、周囲の視線を気にせずに改札を抜けて家へと走り出す。
「姫様、大丈夫ですか!?」
「家主様! 恐ろしいものが! 恐ろしいものが部屋におります! 」
しっかり会話もできるし声を潜めても居ない、空き巣か何かと鉢合わせしたわけではないのだろう。
なんて、そんな事を冷静に考えられる余裕はなく、結局は後で思い返しただけで、その時はただ帰路を走っていた。
「後五分もあれば着きます!」
「は、早く返って来てください!」
それでも確かこのあたりで恐怖より不安という感じが強いなと、なんとなく感じた。
我が家へと走りきり久々の全力疾走で息が上がっている中、はやる気持ちで鍵を開けて、家へと飛び込んだ。
「姫様! 無事ですか!? 大丈夫ですか!?」
「家主様!」
彼女は私のベッドの上で、私の枕を踏んで壁に寄りかかって立っていた、まるでなにかから距離を置くような仕草だ。顔色が悪く体が震えているのがわかる。
「きょ、巨大なモンスターが! 恐ろしいものが部屋におります! 」
「も、モンスターですか?」
彼女は顔をこちらに向けつつも、視線は椅子の陰を見ている。
全くもって我が家に場違いな発言を聞きながら、また別の某でもやってきたのかとなんて考えながら。
一先ずドアを閉めて靴を脱いでスマホのライトをつけてから、彼女が見ていたほう側を覗き込むと、そこに居たのは。
「おおぅ、軍曹じゃないか」
おなじみ我らの軍曹、長い脚と素早い動きが自慢の頼れる蜘蛛だった。
「えぇ!? 軍人!? 衛士の巡回ですか?」
「あ、いえ。そういう俗称の蜘蛛です。いいわゆる益虫で、部屋のゴキブリとかを退治してくれるんですよ。人間には被害を出しません」
「こ、こんな巨大なモンスターが!? しゅ、集団で人を襲ったりするのでは?」
一先ず安心したらどっと疲れが出来たので。床に座ってまだベッドに立っているお姫様を下から眺める。
労働の対価としては安すぎる位な気もしなくはないが。
「基本1匹でしか活動しませんし、部屋の害虫がされば消えますよ。本来は臆病で人前には姿を現しませんし」
私も別段詳しくはないが、まだ少年だったころに自室に出て驚いてしまい、生態をよく調べたから覚えている。
多くの日本人にとって、ゴキブリが出るより、軍曹が来てくれたほうが嬉しいはずだ。
まぁ、確かに軍曹さんの外見は少し、インパクトがある。
悪夢に出てくるタイプの蜘蛛の化け物ではある。そして大きい。
ああ、そうか────
「姫様から見たら、軍曹は足広げると大体顔のサイズですね」
「そうですよっ! 急に足がを何かが触ったと思って覗き込んだら! 一面に見えたときは、死を覚えました!」
単純計算で、1.5倍のサイズの軍曹が、事前知識なしで目の前に出たらまぁ。
「やぁ、いい天気だね」と小粋な挨拶をかわしたい気分にはならないだろう。
ようやっと落ち着いたのか、その場で座り込むようにずるずると壁に背を預けながら腰を落としていく姫様。
よほど怖かった様子だ。
「変な汗をかいてしまいましたので、申し訳ないですが、お風呂頂戴します」
「ど、どうぞ」
そう言って、彼女は自分の服を取り出して、シャワーへと向かう。我が家のように過ごしてくれるのはありがたくもあるが、走って帰ってきた私はトイレに行ってないのを思い出したので、一度近くのコンビニに向かうのだった。
「あ、軍曹ベランダに逃がすの忘れた。まぁいいか」
入れ替わって、シャワーを私が浴びている間、また、彼女の悲鳴が聞こえたのは、ご愛嬌である。
「家主様、少々宜しいでしょうか?」
「何ですか、改まって」
またある日の夜、
彼女のために借りてきた、日本の観光地の写真集を読んでいるのを横目に、パソコンでログボ勢になってしまったソシャゲのログボの回収をしているとき、急に姫様が話しかけてきた。
「私を持ち上げていただけますか?」
「は? 持ち上げる?」
特に彼女の物は上の方の収納にしまっていなかったはずだ。
どういった要件なのであろうか?
「この部屋の天井、とても高いですよね、上からの眺めを見てみたくて」
「…意味は分かりませんが、意図はわかりました」
姫らしい我儘というか、無茶振りのようなものか。
今まで脈略や、意図がわからない頼み事はなかったために新鮮だ。
念のため、ベッドの上に掛け布団を敷いて、そのうえで彼女を抱えることにする。
「よいしょっと」
腰に手を当てて、まるで子供を抱きかかえるように、腕を上に上げる。
恐ろしく細い腰に違和感と驚きを改めて覚えながら、そのまま腕の力で持ち上げる。
さすがに小さくとも、成人女性の肉体だからか少しばかり重いが。
昔引越しのバイトをしてた時よりかは軽くて持ちやすい。
「やはりいい眺めですね」
「こんな狭い部屋でいわれても」
狭いワンルームで何がいい眺めかはわからないが。
天井2m強というのは、彼女から見たら4m弱というくらいなのだから、ちょっとしたアトラクションなのかもしれない。
まぁでも、自分に置き換えて、異世界に行って巨人族の知り合いが出来たら、抱えてもらいたくなる気持ちはわかるかもしれない。
また一つ知見を得た気がする。
「ありがとうございます。もう結構です」
「はい、それでは下ろしますね」
慎重に、彼女の体を布団の上に下ろしていく。
足がついたのを確認して手を離そうとすれば、彼女に腕を掴まれる。
「重くなかったですか?」
「いえ、全く。羽のようでした」
たとえ重くてもそう言うしか無いのは置いておいて、そう告げても彼女は手を放してくれない。
仕方ないので、こちらも膝をついて視線を合わせる。都会住み会社勤め現代人に田植えみたいな中腰の姿勢は負担が大きい。
「あの、どうしました?」
「……家主様は……とても力強い方ですね」
「え、えぇまぁ」
そりゃ相対的にこれだけの体格差があれば当たり前である。と言うかそろそろ細い腰に当ててる手が不安になってくる。あまりにもそう、彼女は細いのだ。手折ってしまう恐怖が先立つ。
「本当に、素敵なお方」
「姫様? 」
そう呟きながら、目を細めてこちらの腕をつかんでいる手を滑らせて行き、自分の腰を押さえている私の手の甲から、指先をなぞるようになでている。
『そういう』意味なのかと思わなくはないが、あまりにも唐突な流れにどういった意図があるのかを先に考えてしまう。それが表情にでたのか、苦笑したようにこちらに向き直ると口を開いた。
「……すみません、少し戯れが過ぎました」
「構いませんよ」
当然、こちらとしてもその手の誘いであれば、歓迎なのだが。
嫌な気など全くないのだが……
正直、見た目はバチクソに優れたグンバツにマブイチャンネーなので、それ自体に抵抗はない。
だが、せっかくひとつ屋根の下に住むことになったのだから、肉欲的な関係よりかは、恋人になる前の男女の機微的なものを味わいたいと思っている自分もいる。極論性欲は外で金があればいくらでも解消できるが、こういうのはプライスレスなのだから。
もちろん単純に触れてしまうと、その小ささに冷静かつ恐怖心が先立つようになってしまってきているのもある。
たぶん行けるであろうと、壊れてしまったらどうするのだという二律背反を起こすようになってきてしまっているのだ。
「今日はもう寝ますので、姫様もどうぞご自由に」
「はい、おやすみなさい、家主様」
少しだけモヤモヤした気分になりながらも、私は彼女が退いたばかりのベッドに横になる。
迷いはまだ、消えなかった。
またまたある夜。
彼女に頼まれて本を読み聞かせることとなった。
『文字が読めない』彼女が体系だった話を聞くためということで、こちらも図書館より借りてきた子供向けの童話集といった趣のものだ。
「子供向けの話という事でしたが、なかなか新鮮でした」
「そうですか、それは良かった」
営業や会議の時に使う声色を使って読み聞かせていたが、のどの痛みを覚えたので水を飲みながらそう答える。
子供なんてできる予定もないし、親戚の子供とも今日日ゲームとかパソコンのことくらいでしか会話をしないので。まさか自分が本の読み聞かせをすることになるとは思わなかった。
「世界各地にこういった話はあって、宗教観や民族間によって全く異なりますが」
本の内容はヴァリエーション自体はかなりあったかと思う。
だが、どれもこれも正直聞いたか読んだか、似たような話を見たことがあるかといった内容だった。
全文は知らなくても、コピペやら改変やら、場合によっては曲なんかにもなっているので、デジャヴュというか聞き覚えのようなものがる。言い方は悪いが、こういうのも教養なのではないだろうか?
「全体的に、勧善懲悪や実直な努力、滅私奉公に献身といったものを尊ぶものが多いですのね」
「まぁ、確かにそういうのは人気あります。というか、子供に聞かせたい親が多いのでしょうね」
わが国では30年くらい、子供たちのアイドルである、自己犠牲と献身の化身みたいな丸いヒーローを思い浮かべながら。納得する。
「私のいた国や近隣ではあまりこういうのは好かれませんでした。知恵や力で出し抜いて、困難を乗り越えるものなどが多かったですね」
「なるほど、そういうのもありますね」
時代の違いだろうか?だが、冒険譚というのはわかりやすく人気なのも事実だ。閉じ込められた部屋がどんどんジャングルになっていったり、助けた竜を故郷に返す話なんかを思い浮かべながら首肯する。
「世界は探検しつくされて、未知の敵というのがあまりいないですからね。この国というか、この時代は」
「そういうものなのですね」
旅人というのは、昔は情報を持って帰ったり、知見を深めたりと尊敬される立派な仕事だったと聞く。島国のこの国では少しぴんと来ないところはあるが。
今この時代に旅人は写真家だったり、ジャーナリストだったり、ストリーマーといった方のサブジョブみたいなもの緒がほとんどだし、そういうものだろう。
「怪物や邪な化身達と人間が、友達や番になる類の話は、あまりないのですね」
「いえ、なくはないですよ、私も好きでしたし。何ならこの国は神様というか化身というか、そういうのと結婚したりする話までたくさん残っている方の国ですし」
民間レベルの話にはなるが、そういうのは多い。
「有名なのは鶴やら妖怪。魔神なんかもありますね、ただこの本にはなかっただけです」
「色々な国の話が出てきましたからね」
「この国風にアレンジしているのも多いですからね」
一度懐に入ってきた異文化を、それに影響されず自国を保つというのが、文化的融和の効きづらい国という考えが根底にあった、西欧社会からして。
一旦懐に入ったものは、もう自分たちの文化だからと、わかりやすく呑み込んでしまうこの国は、同化政策をしてたら変な風に作用したと首をひねられたとかなんとか。
それはまぁ季節の行事を見ればわかるだろう。
「混ざりやすい国ですからね」
「…いいですね、異文化や異なる存在を排斥しない国ですか」
厳密には、むしろものすごい排斥する傾向にあるんだけど、まぁポジティブに見てくれるならば黙っておこう。
この国は何でもかんでも入り口を厳しくさえすればよいと思っている節はあるから。制度だったり試験だったりモノの流れだったりと。
ああ、私と姫様の関係も、そういえばそうかもしれない。
最初だけかなり手間取ったが。大筋ではよくやれているのだから。
「なにか、他に話のリクエストはございますか?」
「でしたら、魔の者が人と結ばれるか、結ばれそうになる話を」
異類婚姻譚が好きなのかと、納得なような尊敬なような微妙な気持ちを感じながらも、
私の考えや視線が適当な方向に話が散漫するのは、相変わらず時々部屋着として着る、私のお古のYシャツの裾よりきれいな健康的な太さの足が、揺れて覗くからである。
やはり、視覚情報としては、なかなか以上に惹かれ来るものがあるのだと実感してしまう。
そんな夜のひと時。




