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出会い

大きくて太い女の子が好きです。

基本的に胸と尻と太ももは太い方がよい。

ウェストは確かにくびれているボディラインも美しいが、太くする為なら多少以上に丸みを帯びていても全く構わない。

肩幅は前後にも左右にもありすぎると少しばかり食指は止まるが、こちら側の住人である以上そのうち多数派である、『肩も丸い方がいいぜ』党に飲み込まれていくであろう。


そんな自分の性癖を見つめ直す。


自分の中の理想のセックスシンボルを詰め合わせた性愛対象というのは、見えざるピンクのユニコーンである。

いわゆるエッチなお姉さんとは、具体性を伴わない抽象的な概念だからエッチなお姉さんであり。

何となくの曖昧な間にいるから魅力的なのだ。

具体性を定義しようとすると急に塩梅が難しくなり、理想ではなく、非常に理想的な異性像の中の一つとなってしまう。


内部的抑圧から発した、性的情動に伴う理想像は、決して結実してはいけないし、ならないのだ。


だからこそ、目の前に出された、その『現実』が理想にどれだけ近いかの減点法ではなく、どれだけ好みかの加点法で、下半身は判断する。


つやつやの肌、麗し気な瞳、白魚のような指。なんて、とりあえず褒めとけみたいな造形は後回し。顔が良い、可愛いでよいのだ。


そもそも論で服の上からでもわかるほどしっかりした肉付きの尻と胸。ワンピースドレスの上に羽織った服も合わせて、カーテンを2か所も作っているのだ。



手足も長く、等身は8は下らないであろう。スーパーモデルも真っ青で、金持ちの家に生まれて、よい食育をなされたのですね。というボディだ。

その上でしっかり足は『相対的ではあるが』健康的以上にムチッとしている。うむ素晴らしい。






しかしながら、彼女は身長が1メートルと少ししかない。


「どうされました?」


「いや、別に……」


そんな美女が目の前にいる。

そんな生活が始まった時のことを 思い出すことにする。

ああ、また性癖が侵略されている。

















コーヒーメーカを起動させると、いつも不安になる。

ちゃんとコーヒーが入るのか、フィルターをセットし忘れてないか、横から漏れてこないのか。前に大惨事を起こしてからしっかりとセットされていても、入れ終わるまで少し気になってしまう。

それは、自分の習慣のようなものである種のルーチンだったが。今日に限っては別の不安があった。


「………どうぞ」


「ありがとうございます」


いつも自分の使っている特大サイズのマグと、洗い物が面倒になったときに使う紙コップに注いだ黒い琥珀色の液体。それを見て覚える不安は、久方ぶりに感じた味への不安。豆に関してはそれなり以上のものを選んではいるが、それが口にあうかどうか、もっと言えば上手に淹れられたかだ。


「あの……これは?」


「えっと、コーヒーですが……存じ上げませんか?」


「はい、寡聞にして」


小さな手で受け取った彼女は、困ったように微笑みながら自分を見上げている。

そもそも他人に飲ませられるような液体など、殆どない我が家で、コーヒーをブラックで出すなどは間違っていたような気もしてきた。水出しの麦茶か、我が国が世界の誇る浄水技術の結晶水道水のみだ。


淹れる前に気づけとの話ではあるが、それだけ気が動転してたことの証左なのかもしれない。

自分のマグのそれを一口飲んで不安を消してから、以前ファミレスからガメてきたガムシロップとミルクを探すため、キッチンへと向かった。


まぁ、苦いですね。と驚いたようにつぶやく『お姫様』の声を背中で聞きながら。

















その日は、何時ものように定時で仕事を終えて、何時ものように片道30分ほどの帰路を経て我が家へと帰宅した、特筆すべき点は何もない日だった。

明日からの3連休に対して、別段特別な予定もないため、職場近くのランチタイムの安い定食屋が利用できないため、食費が多少かかるなと思いを馳せつつ。

残業を嫌って安月給を飲み込む転職した結果、割引の値札がまだはられていない惣菜を若干の抵抗とともに適当に買い込んでからだから、もうすぐ7時になるかどうかという時間だった。


ドアの鍵はしっかりとかかっていたし、後で確認したが窓もしっかり施錠されていた。日当たりが悪く、日中でも電気が必要な手狭なワンルームの我が家に入り、革靴をぞんざいに脱ぎながら玄関の電気をつけると、視界の端に動くものが見えた気がした。


寝るときは椅子、それ以外はベッドを往復する畳む気が起きない洗濯物でも崩れたのかとも思ったが、ワイヤレスイヤホンを外すと、鮮明に人の気配のような足音と布擦れの音が聞こえた瞬間、ゾワりと背筋が冷えた。


空き巣なら昼間のうちに帰れよなどと悪態をつければよいのだが、正直言って、瞬間的な恐怖で声がうまく出せず、強張った体でなんとか背負っていたカバンを右手に持ち変える。一歩進んで部屋の電気に手をかけてつけた瞬間、ひょっこりとパソコンのデスクから糸のように流れる何かが出てきた。


「っぁ、だ、だれだ!」


正直怯えてこのような感じの発言になったと思う。もちろん普段から舌足らずな訳では無い。その呼びかけに反応するように、ゆっくりと『それ』は歩いてきた。


「勝手に上がり込んだこと、謹んでお詫び申し上げます。ですが、どうか私の話を聞いて頂けますでしょうか?」


まず目につくのは、白を基調としたワンピースのドレスだ。所謂ファンタジーでゴテゴテな感じではなく、非常に簡素だがちょっとした夜会なら行けるどころか、ややオーバーキル気味なそれは、少しばかり汚れていた。それでも精巧な作りはかなり目立ち、なによりも非日常感が凄まじい。


そして、外見だが黄色人種特有の彫り浅い顔ではない。少し強張っていがよく見ると、アングロサクソン系というよりもアルメニアか小アジアの人のような顔つきだが、純ジャパではないことは火を見るよりも明らかだ。


何よりもその非現実性を高めているのは、スケール感だ。彼女はその外見だけならば、コスプレ会場やらパーティー会場にいれば中心人物として溶け込めるであろうものだ。だが、その身長は明らかにおかしい。

三段になってる自分の本棚と同程度、1メートルと少しばかりほどしかないのだ。ヤーポンにして3ft8.5inというところか。それでいてぬいぐるみやら、フィギュアのような、もっと直截に言えば極端な幼児体型ではなく。縮尺はそのまま大人なのに、背丈や肩幅等のサイズ感が違うのだ


「巨大な魔術師様、どうかこの哀れな姫にお知恵をお授けください」


そんな小さい彼女の口から溢れる、非現実すぎるワードにクラクラしながら、ひとまず構えていた右手のカバンを床に置くのだった。











「姫様、お逃げください」




力強い配下の声に導かれるまま、私は駆けておりました。


城の尖塔の一つである私の部屋から、非常時以外には決して使うことのない外階段を上り、隠し通路へとひた駆けに駆けて、側仕えの屈強な騎士が一人また一人と、殿を務めるべく離れて行き。


ほうほうの体で城から離れ裏手の森を抜けるころには、両の指どころか、もう片手で足りる数の者ばかり。夜の闇が燃える城の炎で照らされる中、王家しか知らない隠れ家に逃げ込もうとすれば、先回りをされており。


イチかバチかと夜の山越えを敢行して、空がそろそろ白む頃に遠くで未だ聞こえる喧騒に怯えている中、一つの山小屋を見つけました。


既に夜中の逃避行の結果、私は疲れ切っておりました。なので、配下の進言に従い一計を案じることにしました。

稚拙ですが、2人だけ残った供回りの片方が、まだ若い細身の騎士でしたので、私がかろうじて着ていた外套をまとい、替え玉となり喧騒をかすめるように山の奥へと逃げてゆきました。


助けは来ます、どうかここで息をひそめていてくださいと。

心にもないであろう言葉と、何より曇りなき忠誠心で進言を受けた後、一人山小屋に取り残された私は。恐怖に震えながら、作業部屋のような趣の小さな間取りの戸を開けると────





「気が付いたときは、この部屋でした」


まるで舞台女優の独白のように語る彼女の身の上話は、そんなわけあるかバカ、というしかないほどの物だった。

しかし自分の中の小学校の図書館で読んだルイス・Cやトールキンから始まるファンタジーのノウハウから、現代日本のインスタント異世界迄を見てきた自分が。なるほど、分かったと超速理解しているのも事実。


部品をばらばらに25Mプールに投げ込んで、水流だけで目覚まし時計が偶然完成する確率よりはありえそうな話ではある。

異世界から美少女が召喚される系のものである。


そう結論づけたのだ。



「周りの物は全て大きく、あまりにも質感が違っておりました。敵の魔術師の罠にでもかかったのかと、背筋が凍りましたが、待てども暮らせどなにも音沙汰がなく。ゆっくりと振り向いてみれば、扉ではなく見知らぬものが。私は、無礼を承知で部屋を調べさせていただきました」



儚げに語る彼女は、まさに亡国の姫様という感じだ。造形は人間のそれなのに、縮尺が小さい分、人形劇を見ているのような、そんな倒錯を覚えるほどに。


「椅子や寝台の大きさ、窓のカギの位置から、すぐにここには巨人族の方の住まいかとも思いました。数百年も昔に姿が見えなくなった彼らがなぜ今とも思ったのですが。いざ窓を開けようとしたら、開かなかったのです。玄関の扉もそうで、上位魔法の結界まで貼ってあるのかと驚いてしまいました」


流石にドアノブや鍵まで届かないほど小さくないため、理由は後で考えるにしろ、兎にも角にも、この部屋に残って様子を見ることにしたということだ。


「なるほど、要約すると気が付いた時にはこの部屋にいたということですね」


「はい、仰るとおりです」


敵意も害意も、何よりも自分に対する身体的な優位性もないと判断できてからは、気持ちがだいぶ落ち着いた。


後に知ったことだが、小柄な彼女の体重は米10kgを含む食料品を買い貯めした時のエコバッグと大差ないほどで。

力関係という言葉そのままの意味で捉えるのならば、こちらのほうが圧倒している。


何よりもシンプルにビジュアルが好みであり、警戒よりも先に興奮が来てしまっている。コーヒーを入れているときはなるべく意識の外においていたが、所謂美女にカテゴライズされる存在が我が家にいるのだ。1時間15,000円を払ったわけでもないのにである。


「まとめるのならば、追手の手より逃げ延びた先、見たこともないものが並ぶ魔術師様のお住まいにおりました」


彼女はそう言って、改めて我が部屋の唯一の収納であるクローゼットを指差す。近寄って開けてみるが、何も変哲もない。上半分は仕事着のスーツがかけてあり、下半分に衣装ケースがあるだけだ。


「それで、帰る当ては?」


「恥ずかしながら、全くございません。魔術師様こそご存知ではないのですが?」


一先ずはということでそう声をかけつつ、部屋に一つしかないデスクチェアに腰掛け直す。ソファもテレビもないこの部屋には、パソコン用のデスクと、今彼女が腰掛けているベッドしかない。


「私は魔術師ではないです。お姫様は恐らく別の世界から我々の世界に来てしまったのでしょう」


「別世界……そんな、神世の話ですね」


「この世界の住人からすると、あなたの存在がそれに当たるのですが」



少し驚いたように目を丸くするお姫様。よくあるフィクションに当てはめれば、意味不明な魔道具に囲まれているのに、なんで? というところなのかもしれないが。

この世界は『魔道具』は量産されエンドユーザーには仕組みすら大まかにすらわからないのである。別世界に行くワープゲートはないが、膨大なお金さえあれば魔力がない多少訓練された平民が宇宙に行けるというのは、魔法世界から見ればファンタジーが過ぎるのかもしれない。


「それで話を戻しますが、今後の予定は……」


「……何も。恐らく少しばかり持っている通貨も使えないのでしょう? トラペジーテースやジャフハズに繋ぎはございますか?」


「両替か何かのことですか? 難しいでしょうね」


そもそも論で今言葉が通じているのも謎であるのだ。まぁ言語の問題は基本的に無視されるのが約束だ。2周目で言語の意味がわかるとネタバレになる聖ヨト語でもない限り、考えたら負けだ。


「……魔術師様、お願いがございます」


「良いですよ。あてが見つかるまで宿を貸すくらい」


「え? 」


まっすぐこちらを見つめながら、神妙な顔で切り出す彼女に向けて。こちらが返せる言葉はこのくらいだ。

この今が実のところ僥倖に零幸を重ねたものだ。下心は100%以上にあるが、彼女がなにか困っているなら、一先ずファーストコンタクトである自分を頼るだけ頼ってもらう。

好機は逃がすべからず。


「その、お支払いできる対価は、無いのですが……」


「この国の言葉に情けは人の為ならずというものがございます。少なくとも常識や世俗を覚えるまで、ぜひ我が家で過ごせば良いと」


「……そんな、それは……」


あとひと押しだ。


「構いません。結婚もしてない男のひとり暮らし故、大したおもてなしもできませんし、暮らしの質は落ちてしまいますでしょうが」



「……そうですか……それでは、お願いいたします、家主様」


「はい、姫様」



こうして、私の部屋に不法入国な滞在者が増えた。


そうして始まる生活が思っていたよりもずっと面倒で、大変なものだと、このときはわからなかった。

下半身に流された、哀れな男のお笑い話だ。


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