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竜を喰らう:悪食の魔女 “ドラゴン・イーター” は忌み嫌われる  作者: 春泥
第五章 ヌガキヤ村の惨劇(フルバージョン)
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第十六話 闇の中

 卵から孵化したドラゴンが、先ほどまで自分と共に洞窟の闇のなかで行動を共にしていた仲間を喰らっている。


 イーライの脳がそう認識したときには、ヒイラギの身体でまだ食べられずに残存している部位は全体の三分の二にまで減少していた。


 孵化したばかりのヒナといっても、仔ドラゴンの体はイーライの倍以上あった。羽を広げたり尻尾の先まで含めればさらに大きい。ヒイラギの太鼓腹に突っ込んでいた鼻先を持ちあげた仔ドラゴンは、シューっという音を立てて息を吐くと、その残忍な目をイーライに向けた。どこか懐かしさを感じさせる金色の目に、全身の血液が足裏から地面に吸い取られた気がした。眩暈に襲われた彼は、ごつごつとした地面に倒れた。


 とそのとき、淀んだ空気を切り裂くような不快な音が響き渡った。


 イーライに向けて長い首を伸ばしかけた仔ドラゴンは、聞き耳を立てるように頭をもたげた。

 はるか上空からその音は聞こえた。ヒナが飛び出した後の卵の殻を観察していたテキサも同時に視線を上空に彷徨わせた。洞窟内は闇に包まれていたが、どこかに外部に通じる通路があるようだった。

 ヒイラギのシャツの切れ端が歯の間に挟まった口を大きく開けて、仔が耳障りな高音を発した。それは明らかに外からの音に対する応答で、生まれて間もないヒナは、不器用に翼を広げると、羽ばたき始めた。


 親に呼ばれているのだ


 親の呼び声に懸命に応えながら羽をばさばさと動かし、走り始めた仔の体が、ふわりと浮き上がった。

 と同時にテキサも動いていた。

「行かせない!」

 自分よりも三倍はある仔ドラゴンの脚を掴んで引きずりおろすと、無様に地面にたたきつけられて怒りの声をあげているそれの懐に飛び込み、まだ鱗の発達が未熟な喉首に鋭い爪を突き立てた。


   *


 イーライが目を覚まし自分の体がごつごつした岩肌の上に横になっていることを認識したとき、洞窟内は底の見えない闇と静寂に包まれていた。手にしていたはずのランプは失われていた。瞼を開いても閉じても同じ常闇。イーライはパニックを起こしかけていた。

 おぼろげな記憶が蘇ってくる。卵から孵化したドラゴンと、その餌にされたヒイラギ、そして――

 ごつごつした足場に倒れた際に裂けた皮膚から血が流れだすのを感じながら、細切れに耳にしたのは、怒りを滾らせた教授の声と、小型のドラゴンの咆哮。一体何がどうなったのか、彼には理解できなかった。


 あれだけドラゴンを崇めていたマサカー教授が、ドラゴンの仔を殺めようとするなんて、そんなことがあり得るだろうか。


 ドラゴンの生態については未知の部分も多いが、いまや絶滅の危機に瀕しているということで学者の意見は一致している。そして、ドラゴンというのは、滅多に繁殖しないといわれている。未だ解明されていない方法で卵が産み出されるのは何百年、もしかしたら何千年に一度の稀な事象のはずだ。

 さらに、あの小柄でか弱い女性に、幼獣とはいえドラゴンと互角に戦う力があろうとは、到底信じられなかった。

 彼は恐る恐る体を起こし、闇の中で手を伸ばした。真の闇の中では己の手を顔の前で振ってみても何も見えない。胸の内に広がる恐怖をどうにか押さえつける。何もないこと、何かを見つけること、どちらも恐ろしかった。


 力尽きてドラゴンの餌食になった教授の骸が転がっているかもしれない。半分以上喰われたヒイラギの残骸にぶち当たるかも。


 まず、それ自体が巨大な卵の残骸を見つけることだ。それから、その場所を基準にして、元来た道を探る。気の遠くなるような作業だが、それ以外に生き延びる方法はなさそうだ。

 慎重に自分の体の周辺を探りながら進むイーライの手が、ひんやりとしたものに触れた。硬質な感触に心が躍った。だが、それは巨大な卵の殻ではないことが、表面を撫でてみて、わかった。


 ドラゴン


 成獣ではありえない。イーライの体は、彼の意思に反して震えだした。指先がぬるぬるとした裂け目を感じ取った。


 ああ、そんな


「マサカー教授」がくがく震えながら、苦労して喉から絞り出した声は、しゃがれていた。

「教授、どこですか」


 彼の呼びかけにこたえる声はなかった。

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