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竜を喰らう:悪食の魔女 “ドラゴン・イーター” は忌み嫌われる  作者: 春泥
第五章 ヌガキヤ村の惨劇(フルバージョン)
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第十三話 魔女 VS ドラゴン VS ???

 魔女の頑丈な歯がドラゴンの首の肉を食いちぎった。通常の剣では文字通り歯が立たない鱗をものともせず、まるで丸焼きの豚に豪快に噛みつき口の周りを脂でべとべとにしながら毟り取ったかのように。

 ねっとりと黒みを帯びた鮮血がほとばしり、ドラゴンは空中で身をよじって魔女を振り落とそうとする。


 ドラゴンが咆哮するたび、森に身を潜めているシロと村長は耳を塞ぐ。脳髄に(きり)を突き立てられるような不快感に鼓膜があとどれくらい耐えられるものか。


 毟り取った肉を、頑丈な顎で素早く噛み砕き、さらなる肉を求めて齧りつく。全身に返り血を浴びた魔女の姿は惨憺たるものだが、不思議なことに、火炎で焼失した豊かな髪がたっぷり血を吸って風になびいており、赤黒く焼けていた皮膚も元通りのすべすべした白さを取り戻し、今はドラゴンの流血にまみれテラテラと光っている。あたかも自分より何倍も体の大きな獲物を呑み込む蛇のように顎が大きく開いて、ドラゴンの引き裂かれた肉に食らいついている。青い瞳は恍惚に酔いしれているかのように輝き、肉を食いちぎり咀嚼するのももどかしく嚥下するたびに、人間らしい知性を失っていく。


 あれが、昼なお暗き森の魔女


 自分の母親も同じ出自であったことをシロはぼんやりと考えている。目の前の残酷な光景から目が離せず、体が痺れ心も麻痺している。


 空中で捻じれのたうっていたドラゴンが轟音を響かせ地面に墜落した。頑丈な歯と顎で獲物の体に食らいついていた魔女は、激突の直前にひらりと地面に飛び降りたが、地に叩きつけられた巨体が巻き起こした突風にあおられて地面をごろごろと転がった。


「うわっ」


 突風は村人が隠れている森にも達し、枝をしならせ葉をもぎ取りながら奥まで進んでいった。耳を塞ぐために木の幹から両手を離していたシロは、風に煽られて後ろ向きに飛ばされた。


「シロ」


 必死で幹にしがみついていた村長には、長身の若者が吹き飛ばされるのを視界の端に捉えて見送る以外成す術がなかった。

 あちこちの木に体をぶつけながら、地面に落下してもまだ勢いは収まらず転がりながらさらにあちこちにぶつかったシロは、最後に比較的弾力のあるものに激突して止まった。


「うわっ、なんだ」

「いったあーい」


 いささか間の抜けた声を上げたのは、緩衝材としてシロの体を受け止めて彼の体の下敷きになった男女二人。ぐったりしたシロの体の下から這い出してきたのは、

「あっ、シロ聖人じゃありませんか。突然現れるなんて、ミラクルですわ!」

「何がミラクルだ。デカい図体で無様に吹っ飛ばされやがって」

「無骨なスレイヤーなんかと違って、聖人様は繊細なんですよ。炭焼きの子として生を受け、木を切り倒して炭焼き小屋に運ぶ以外の肉体労働なんてしたことのないお方なんです」

「立派な肉体労働者じゃないか。そっちの炭焼きより、子供の心配をしてやれよ。お前が助けろって言ったんだぞ」


 シロがぶつかった拍子に、二人がかりで運んでいた子供はどこかに吹き飛ばされてしまったようで、姿が見えなかった。ヘルシはぶつぶつ文句を言いながら、昼だというのに薄暗い森のなかを見渡した。

 うん?

 茂みの向こうが、仄かに光っていた。その輝きには見覚えがあった。ヘルシの心臓の鼓動が大きくなった。


「助けてくれえ」


 突然の叫び声は、ヘルシとシスターが目指していた森の出口の方からだった。


「助けてえ、誰かあ」


 悲痛な声だけではなく、ぼきぼきばりばりと木々が倒れる音も混じっていた。そして、鼓膜を引き裂くような、不快な咆哮。ヘルシの全身を震えが走った。

 頭頂が禿げ上がった男が、威厳もなにもなく死に物狂いで走ってくる。その背後には、巨大な――といっても、熟練のスレイヤーであるヘルシはドラゴンにしては小さくまだ若い個体であることを即座に見抜いた――爬虫類が、森の木々をへし折りながら、長い首を伸ばして男に噛みつこうとしていた。


 ヘルシとシスターは知る由もないが、恥も外聞もなく助けを持てめている男は、ヌガキヤ村の村長だった。


 茂みの向こうの光が強くなった。ヘルシは踵を返して茂みを目指し身を躍らせた。茂みの向こう側では、シロにぶつかられて吹き飛ばされたトロちゃんが、胸に剣を載せて倒れていた。光を発しているのは、その剣だった。シロと一緒に吹き飛ばされた、スレイヤーの剣。

 光の眩しさにトロちゃんは眼を開けた。

 しばらくの間は、視界はぼやけ、周囲の騒々しい物音も意味をなさなかった。胸に乗っかっている重いものを無意識のうちに両手で抱き抱え、ふらふらと立ち上がったトロちゃんは、羽つき蜥蜴の親玉のようなバケモノが、年老いたヒトを食べようと大きな口を開けているのを見た。


「おい小僧、剣を寄越せ」


 知らない男の声がしたが、無視した。ぼやけた視界の焦点が定まると、年老いたヒトは、もっと大きな体のヒトの上に倒れかかっていることがわかった。大きなヒトはまったく動いておらず横たわっている。彼の体に年老いたヒトがつまずいて転んだのだろう。あれでは、二人ともバケモノに食べられてしまう――


 ――シロ


 トロちゃんのグリーンの瞳が大きく見開かれたと同時に、体が動いていた。胸に抱いていた邪魔な剣を放り投げ、目の前の邪魔な茂みを蹴散らして躍り出ると、怒りの声を上げた。それはトロールにしてはか細すぎる声だったが、怒りでいっぱいのトロちゃんは、そんなことには気づかなかったし、自分がもはやトロールではないことも忘れていた。


「オレの大事な人間のトモダチに何するんだよー!」


 そう叫びながら、トロちゃんは小さな頼りない拳を思い切りバケモノの顔面に叩きつけた。バケモノの体は弾かれたようにもんどりうって後ろに倒れた。


「えっ」

「えっ」


 シスターと村長が同時に声をあげた。か弱い子供――よく見るとそれは青年のようでありまだ少年のようでもある年齢不詳の小柄な男性――が一体何をしたのか、我が目が信じられなかった。

 ようやく剣を拾い上げたヘルシも、しばし呆然と立ち尽くして無様に打ちすえられたドラゴンと子供とを見比べた。剣は彼の手の中で、やはり強力な光を発していた。


「こんなに小さくて無力なヒトをいじめるなんてー、オレは許さないー。ヒトっていうのは、ちょっと小突いただけで壊れてしまう、弱っちいイキモノなんだよー!」トロちゃんが怒りの雄叫びをあげながら、ドラゴンにむしゃぶりついていく。


「はい?」

「はあ?」


 事情を知らないシスターと村長は同時に首を傾げた。

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