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竜を喰らう:悪食の魔女 “ドラゴン・イーター” は忌み嫌われる  作者: 春泥
第五章 ヌガキヤ村の惨劇(フルバージョン)
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第十二話 魔女 VS ドラゴン

 丘の上に立つ女の体がぐらりと揺れた。

 彼女に白い火炎を浴びせたドラゴンは、まだ標的が倒れていないことに怒りの声を発しながら下降を続け、鯨よりも大きな体でか細い肉体を粉砕しようと試みた。 

 森の入口に身を隠しているシロと村長は、ドラゴンが上昇と下降を繰り返すたび強風に吹き飛ばされそうになったが、木の幹にすがりついてどうにか耐えている。


 女はブーツが焼けて赤黒く爛れた両足を踏ん張って、吹き飛ばされないよう耐えている。ドラゴンの鱗から作られたというドレスに守られていない腕や顔なども同様に重度の火傷を負い無残な有様だった。豊かな金の髪はなくなり、瞼、鼻、唇が消滅したせいで、ガラス細工の青い眼球を埋め込んだしゃれこうべのようだ。にもかかわらず、全身から煙と肉の焼ける臭いを発しながら、向かってくるドラゴンを睨め付ける姿はふてぶてしい。


 ドラゴン。古の生き物。聖なる遺物。かつては神とあがめられたこともある気高い存在。

 爬虫類独特の無表情な顔でも、それの怒りは明らかだった。昼なお暗き森の魔女。彼女たちのせいで、彼の種は決して一定以上に個体数を増やすことは叶わず、いまや絶滅の危機に瀕している。それもこれもすべて、この下等な魔女のせい。

 魔女の行動原理は、至ってシンプルだ。


 食欲


 世界中のありとあらゆる生き物――ヒトや魔法使いも含めて――が彼らに畏怖の念を抱きひれ伏してきたというのに、この女たちにあるのは、ただひたすら空腹を満たしたいという原始的な欲求。飢餓に突き動かされた女たちは、彼らを恐れることなく向かってくる。ただひたすら、喰らうために。

 忌まわしい原始生物。

 迷いも恐れもなくただ目的を達するためだけ、己の欲求に突き動かされる生き物。一介の人間に過ぎないスレイヤーとは異なり、理屈や知性が踏み込む余地のない相手は厄介だ。


 高度を下げて、女に近づいていく。金色に光る眼が、しゃれこうべの眼窩の中でくるくる動く眼球を捉えた。その目は、喜びに濡れ、輝いていた。もはや動かせる筋肉は顔面にのこっていないはずなのに


 笑っている。


 王都を襲った時には、怯んだような顔をしていた腑抜けの魔女が、剥き出しの上下の歯の間から透明な液体を垂れ流し、喜びに震えている。その光景は、ドラゴンをいっそう怒らせた。


 一直線に自分に向けて下降してくるドラゴン――最古の生き残りゴーガンであることは間違いない――を見つめ恍惚状態に陥りながらも、魔女は視界の片隅にもう一匹の姿を捉えていた。ゴーガンに比べれば体も小さく、まだ若いドラゴンだ。こちらは戦闘にも破壊にも加わらず、離れたところを旋回し、様子を窺っている。

 

 おチビちゃんなら火炙りにして食べてもいいわね。


 頑健な鱗を剥がすのに苦労するだろうが、その価値はあるというものだ。王都の宮殿で料理人をしていた彼女は、生肉よりは調理の手間を加えた肉を好むようになっていた。それというのも


 精悍な顔立ちの男。背が高く頑健な体をした、ヒトの雄。


 あんな見事な食べっぷりでなければ、歯牙にもかけなかったはずの、人間。ヒトなんかにしては、いい胃袋をしていた。珍しい食材で贅をこらしさえすれば満足する俗物の王などと違い、彼には食を楽しむ才覚――つまり舌があった。


「普段はドラゴンを追って山の中だから、ろくなものを口にできないんだが、あんたは優秀な料理人らしい」


 男は、豚の丸焼きをきれいに食べつくして、指を舐めながらそう言った。

 対照的に、彼女の食欲は日に日に衰えていった。

 愚かなことを。今ならそう思えるが、あの時は


 怒りに燃えるドラゴンの醜い顔がぐんぐん近づいてきていた。リヴァイアは過去の記憶をかなぐり捨てた。前回喰いっぱぐれたドラゴンにようやくありつけるという時に一体何をしているのかと己を叱咤する。


 ――ゴーガン


 低い声で女は囁いた。ヒトの言葉ではなく、ドラゴンの言葉で。


 ――今回は逃がさない。絶対に。


 ゴーガンは丘のてっぺんをかすめて火の見櫓の残骸を完全に破壊して再び天高く舞い上がった。

 森の木にしがみついていたシロは、ドラゴンがリヴァイアに達しようという時に風圧で目を開けていられなくなった。そして再び目を開いたときには、女の姿は消えていた。

「リヴィ、どこだ」

 上空を舞う巨体に目を凝らすと、切れ長の目の縁に、なにか細長いものがひらひらとはためいているのが見えた。それを振り落とそうとしているのか、ドラゴンの体は空中で頭を振り身をくねらせ回転し、不規則な動きをみせている。

 片手でぶら下がっているリヴァイアの顔面や腕にへばりついていた燃え残りの肉片が、風圧に剥がれ骨が剥き出しになるが、彼女の骸骨は、不敵な笑みを浮かべていた。


「ねえあんた、わたしがこの二十年、どうやって過ごしてきたか知ってる?」


 もはや、相手が理解できる言葉かどうかはどうでもよかった。なぜならば


「ひたすら食べて、食べて、食べつくして顎や胃を鍛えてきたのよ。あんたを余すところなく食べつくすために」


 リヴァイアはヒトの目では捕らえられない速さでドラゴンの首に齧りついた。はるか下界から見上げていたシロの目には、突然女の口が、現実にありえないほど大きく開き、硬い鱗に歯を突き立てたように見えた。

 苦痛の叫びをあげたドラゴンが猛然と暴れ出した。

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