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竜を喰らう:悪食の魔女 “ドラゴン・イーター” は忌み嫌われる  作者: 春泥
第五章 ヌガキヤ村の惨劇(フルバージョン)
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第八話 ドラゴン襲来

 ドラゴンが二匹。

 一匹だけでも持て余すというのに。

「終わりだ。この村はもう、おしまいだ」

 村長が窓から数歩後ろに下がり、膝から崩れ落ちた。シロは窓枠を掴んだまま、立ち尽くしていた。


 窓の外からは、逃げろ逃げろと叫ぶ声が聞こえる。


 二人とも、早急に非難をするべきだった。だが、村長の膝は骨を抜かれたみたいにぐにゃぐにゃで、シロは恐ろしい速さで近づいてくるそれらから目を離すことができなかった。

 既に何十年も前のことのように感じられるが、実際にはほんの数日前に、古都キンシャチでお世話になったハッチョ屋の小僧のことが思い出された。彼の世話をしてくれた少年、名前はキだったか――いや、ク? ケ? 短ければいいというものでは――とにかく、瞳を輝かせてドラゴンを見てみたいと語っていた少年が、これを見たらどうなるのだろう、とシロは半分以上麻痺した脳の片隅で考えていた。


 みよ、あのおぞましく残酷な姿を。


 秋色の薄い青空に、禍々しい光を放つ銀の鱗、蛇のように長く、危険な棘に覆われた尻尾、そして、いやらしい膜のような翼。

 翼から送り出される風がもうすでにこちらに届きそうだ。


 なぜ、よりによって二匹も。


 二十年以上前に王都を襲ったドラゴンでさえ、一匹だった。一匹でも十分に一国を壊滅させる破壊力を持つのがドラゴンだ。近代的な大砲も銃も、この神話的生き物には通用しない。それなのに――


「おわりだ、もう、この村は、おしまいだ」


 ヌー村長の絶望的な呟きを背中で聞きながら窓の外を凝視していたシロの視界をチロチロと光る何かが捕えた。


「村長!」シロはその光るものから目を離さずに叫んだ。「見てください、あれ!」

 シロの言葉で頭を殴られたが如く体を震わせて、村長はふらつきながら立ち上がった。

 開け放たれた窓、シロの指先が指し示すのは、空ではない。もっと低いところ。平らな盆地であるヌガキヤ村の中央にたつ小高い丘――否、実際には、盛り土され火の見櫓が設置されただけで「丘」と呼べるのかどうかも怪しいが、村人には丘と呼ばれる高台――に、その煌めくものは立っていた。


「あれは――」村長が目を細めて、言った。

「リヴァイアです。彼女は、ドラゴンを退治すると言っていた」シロの血の気の失せた顔に幾分赤味がさしていた。

 いや、正確には「骨すら残らないように、あいつを喰らってやる」と言ったのだ。だが、それのどこに問題が? ドラゴンがいなくなれば、村は救われるのだ。


 異様な光を帯びた目でリヴァイアの姿を見つめるシロとは対照的に、ヌー村長の顔色は白を通り越して土気色、死人のそれに近づいていた。

「ドラゴン・イーター……」村長の声はひび割れていた。

「俺たちも避難しましょう、村長。あ」

 高揚した声のトーンが一変したことに、村長は嫌な予感を覚えた。

「どうした、シロ」

 シロは無言でリヴァイアが座っていた椅子の足下にかがみこんだ。体を起こした時、その手にはひとふりの剣が握られていた。

「それは――」

「スレイヤーの剣です」

 シロと村長はしばし無言で見つめ合っていた。



 丘というほどのことはない、盛り土したような高台に立つ女は、二匹のドラゴンが近づいてくるのを潤んだ瞳で瞬きさえ忘れて見つめていた。ドラゴンの鱗で作ったドレスのおかげか、それとも類まれな嗅覚のおかげか、腹ごなしに屋敷の外に出たリヴァイアはいち早くその襲来に気付いていた。

 快晴の抜けるような、しかしこれから冬へと向かう少し色あせた青空を背景に立つ女の姿は、美しかった。黄金の長い髪が風になびき、均整のとれた引き締まった体を包む鈍色にびいろのドレスが、日光を反射して怪しい光を放っている。

 周辺には田畑が広がっている。これから起こることを予測した村人たちが、不眠不休で収穫を済ませたので、作物は殆ど残っていないが、先の二回の襲撃の生々しい跡も、そこかしこに残っている。女の口の端に微かな笑みの痕跡が現れた。


 ラッキーだったわね、村人たち! あなたたちが私の一族になにをしたかなんて、私にはどうだっていいの。こんな森に捕らえられたまま逃げ出そうともしない連中のことなんて、別にどうだっていい。私はただ、あいつを喰らいたいだけ。二十年以上前に、そうできたはずなのに、私はしくじった。あのスレイヤー、それに幼い王女――いいえ、それはもう過去のこと。大切なのは、今、これから、あたしがあのご馳走を骨まで喰らいつくしてやるってこと。しかも二匹も。


 口の端から、つ、としたたり落ちた透明な液体。それは両端から、たらたらととめどなくあふれ出した。体の内側に大きな空洞ができ、魂も体も吸い込まれそうな飢えを感じた。

 こらえ切れないほどの孤独、そして、飢餓。

 彼女の体は、小刻みに震えていた。これから始まる真の宴を思い、歓喜に打ち震えていた。

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